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乙女は成功の葛藤に

作者: 香川 かな

 少年と少女は絵が好きで二人で仲良く毎日描いてばかりいた。

 好きという共有は大人が介入して競争に変化してしまう日が訪れて。

 少女と少年はいつだって好敵手として互いの存在を高めあっていた。

 けれども、結果を残すのは少年で、少女は彼に悔しそうに眺めながらいつも笑顔で賛辞を送る。

 長年のライバルだからできる、親愛の笑みと皆に言われて来た。 

 ある日までは。


 私には勝利を得る才能が決定的に欠けている。


 少女がそれに気付いたのは自分の二番目だらけの賞状を見返したときだった。

 賞状を火にくべて、浮かべた表情は肩の荷が降りたような世辞の無い無表情。

 その日から少女は笑みを人に向けることはなくなった。

 

 最優秀賞の名は少年ではなく、少女の名が呼ばれたが会場に彼女の姿はない。

 初めて二番目を味わった少年は受け取った賞状を会場の外で握りつぶして少女を捜した。

 会場となった美術館の中を探せば、展示室の壁に背を預けて灰色の世界で周りを固める少女がいた。

 お仕着せのドレスは青と黒のワンピース、脱ぎ捨てられた靴はエナメルの黒。

 周囲を構成するは鉛筆とわら半紙で灰色に素描された大量のスケッチ。

 微かに浮かべられた口元の笑みが彼女が彼に気付いていないことを示していた。

 誰もいなかった美術館に少年は踏み入れたようだと、心がざわりと警告を発する。

 スケッチには大量の笑顔が描かれていた。

 知人や家族の肖像も中には存在していたが、何一つ見知った笑顔ではなく。

 本人だけではなく他人さえも否定する狂気や死、破壊をはらんだ笑顔が描かれている。

 けれども絵の人物が誰だかわかるということは、それが絵の本人の本物の表情のひとつであることの証明。

 少女は鉛筆が無くなったところで少年に気付く。

「おめでとう。やったな初めての最優秀賞」

 かつて少女がいつも言っていたような言葉を少年は震える声で小さく呟いた。

 しかしここは美術館で小さな音でもよくとおる。

「……」

 興味がないとでも言うように少女がストックの鉛筆に手を伸ばす。

「待てよ、お前最近愛想がなさすぎ」

 少年が声をかけても少女は反応せず、ただ少年の方を向いた。

 その手にはスケッチボードとわら半紙と鉛筆。

 少年がのばした手を止めると少女はその指を鉛筆でゆっくりなぞってから彼を描き始める。

 自分が少女に描かれるのに、恐怖をくっつけられた気がしたが逃げるのは嫌だった。

 仮にも何も自分より人を惹き付ける絵を描いた事実は消えないのだから。

 少女は絵の中の少年に笑みを向け、しばらく鉛筆の動く音が響く。


 ことり、と少女が鉛筆を置いた。

 短い時間なのにかがんでいた足腰が鈍く痛く麻痺して来た少年に少女は紙を渡して立ち上がる。

 描写されたのは少年がいつだって賞を取った時に少女に向けて来た笑みだった。

 自信と優位、上から自分の認めた下の人間に笑いかけられて返して来た笑顔。

「私、君の笑顔好きだった」

 少女は初めて口を開いて、固まった少年にそう言葉を述べた。

「でもそれ、下衆な男の笑顔と何も変わらないわ」

「ちがう……」

「私が好きだったのは君の昔の笑顔だった」

 少女が無表情で道具をそのまま踵を返した時、少年は彼女の利き手をがしりと掴む。


 俺はどこで彼女に愛情を伝え間違ってしまったんだろうか。

 

 少年は自問自答を繰り返したが、それに気付いたのは遅すぎた。

 振りほどかれた手はかつて並んで歩いていたときはいつだって繋いでいたものだったのに。

 いつだって隣で笑ってくれていると思っていた。


 少女が残したわら半紙を少年は一人拾い上げてまとめ、先ほどまで少女が座っていた場所に置いた。

 その上に、渡そうと思っていた少女へのプレゼントをペーパーウェイト代わりにのせる。

 きっと今これを贈っても少女のなかでの価値はそれぐらいのものにしかならないとわかったから。

「……あきらめきれるかよ」

 少年は少女が消えた方向を見定めて駆け出した。

 自分が伝え間違ったなら訂正して、もう一度彼女に笑ってもらう。

 どんなに他人に評価される絵にかける時間よりも、少年にとってそちらの時間のほうが今は大切だった。

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