第四話 空の下 side碧
今まで極力人と関わらないようにしていた。
だが、彼女が現れた。
彼女が入院してかれこれ1週間が経とうとしている…。
彼女こと、時雨 樹碧は、俺に唯一近づいてきた人だった。ほかの人は気味悪がって近寄らない。
時雨は廊下で声を掛けてきたり、いきなり俺のベットを囲んでいるカーテンを開いたりと、彼女は想像もしないようなことをしでかしてくる。
それをきっかけに、俺は時雨とよく話すようになった。
時雨からの紹介で、同室の芙蓉さん、蒼龍さんとも話すことが出来た。
俺の担当の医者。桐谷さんも、最近俺が明るくなったと言っている。
それに時雨は俺に二つ条件を出してきた。
一つ目は、帽子とマスクを外すこと。
そして俺の素顔を見た芙蓉さんが可愛ぃ〜、と言いながら抱きついてきたりと、色々あったが、自分でも息苦しくなくてなんとなく清々しいと思う。
そしてもう一つは、俺のベットを仕切っているカーテンを寝るとき以外は開けること。
この二つの条件を俺は呑むことにした。
理由?そんなの無い。そう、ただ何となく…。
この条件とは別に俺は一日の日課に一つ付け加えた。
それは、
一日一回は、空の下に出ること。
早速俺は屋上に行くことにした。
屋上には、ベットで使われていたシーツなどが干してある。
そのほかに木製のベンチが幾つか在って。その幾つかあるベンチの中で一番屋上の入り口から一番遠いベンチが、俺のお気に入りの席だ。
その席からは、正面に大きな海がよく見える。そしてその海から仄かに潮風流れ込んできたり、カモメの鳴き声が聞こえたりもする。でも流石に潮風は冷たかった。
なにせ季節は今、冬と春の中間の3月上旬……。
屋上に来ていることは誰1人と知っている人は居ない。
何故なら屋上に来る時間帯は、みんな眠っているから。
人に教える気もないし、知られたくもない。
だって、ここが……。
気が付くと俺はベンチで眠ってしまっていた。
たまに着けている腕時計見てみると、既に朝食の時間をとっくに過ぎていた。
帰ったら時雨達に怒られるだろうな………。
その前に看護婦に怒られるか。
ふと、その時誰かが屋上のドアを開けた音がした。
だが、干されているシーツでドアは見えない。
足音が徐々に俺の方に近寄ってくる。
俺は気にもしないで、再び海に目を向けた。
「あのォ……。」
俺の後ろから女の子の声がした。
「ん?」
俺は振り向きもせずに答えた。
「隣、いいですか?」
未だ振り向かない俺に緊張しながら質問してきた。
「どうぞ。」
俺が答えるとベンチからキシと軋んだ音が聞こえた。
「ここで何を?」
「海、眺めてただけだよ。」
俺は少し笑いながら答えた。
女の子もこの景色を眺めに来たのだろうか?
しかし今までここには俺以外来る人を見たことがない。
「君は?ここに何しに?」
俺は始めて隣に座っている女の子の顔を見た。
綺麗な顔立ち、大きく、クリッとした瞳、黒混じりの茶髪の長い髪の毛。
思えば俺は樹碧の顔をちゃんと見た覚えがない。今度見てみよう…。
「私は昨日入院したんです。」
「そっか。」
「え〜!なんで理由聞かないんですかァ!?」
なんだ?急にさっきまでの雰囲気が変わった?
「理由を聞いても答える事は一つだから。」
女の子は、ムッと口を膨らませた。
なるほど。近づく為の演技か、さっきのは。そして今がこの子の本性。
「それでも聞いてくれるのが優しさなんじゃないですか?」
「それが逆に相手を傷つける事になるかもしれない。」
「あ……。」
彼女は少し落ち込んだ様に顔を沈めた。
「悪いかったね、ちょっときつく言い過ぎた。」
俺の言ったことが嬉しかったのか、彼女の顔が明るくなった。
「こっちこそ。あ、」
彼女は何かを思いだしたようだ。
「名前、教えてくれませんか?」
なんだ、そんなことか。
「澄那岐 碧。適当に呼んでいいよ。」
「碧さんかァ…。言い名前…。」
言い名前って……。色だぞ?
「あ、私は桜花 奈緒です。私のことは出来れば奈緒ちゃんで。」
「じゃあ、桜花さんで。」
「うゥ〜、意地悪ゥ〜。」
彼女の膨れっ面を見たら可笑しくなった。
「なに笑ってるんですかァ。」
桜花さんの話し方は独特だ。
語尾の殆どを伸ばす。
ちょっと間抜けに聞こえるぞ。オイ。
「んじゃ、俺行くわ。」
「もう行っちゃうんですかァ?」
何が不満なんだ?
「俺、朝飯とか食べてないから同室の人に怒られそうで。」
そっか、と溜め息を付いて、
「今度はいつここに来ますか?」
「俺は七時にはここに来るな。」
「ひえぇ〜。早起きなんですね。って、今までここにいたんだ……。」
不意に答えてしまったが、何故そんなことを聞く?まさか……。
「それじゃ、私も毎日七時に来ますねッ!」
デジャブ……。
俺はゆっくりとドアを開け、階段を降り始めた。
あいつ等、怒ってるだろうな……。何て言い訳をしようか……。