第一話 一室の一角 side樹碧
私は、交通事故で入院している。
私が病院で過ごす部屋は、見通しが良く、春には、窓から少し下を覗けば大きな桜並木が見え、その奥には、広大に青い海が広がっている。
この世とは思えないほど幻想的な景色だと思う。
入院しときながら呑気なことを言ってる場合じゃないんですけどね。
私こと、時雨 樹碧15歳、の他にこの病室には3人の人が入院している。
1人は、私のことをレミと呼んでいて、私の良き同室者のお姉さん、芙蓉 可憐さん、21歳。芙蓉さんのベッドは私の隣。(私は窓側)
2人目は、明るくて、いつも元気を分けてくれるお兄さんの、蒼龍 空さん、23歳。空さんのベッドは芙蓉さんの前。
そして3人目の人は、ちょっと変わり者で、病院の中で有名の澄那岐 碧さん、私の一つ年上で、16歳。私の前にベッドが置いてあるのだけれど……。一度も澄那岐さんの顔を見たことがないんです。他の2人も同じく、この病院で彼の顔を見たことがある人は看護婦の人や、ドクターの先生方だけらしい。ちなみに名前は病室の名札で解った。あァ……見たいなァ…顔。
そして彼は俗に言う、不思議少年である……。例えばベッドはいつもカーテンで仕切られているし、咳払い以外の声を出さないし、テレビも見ないし、話しかけても何の返答もないのである。数を挙げれば切りがな……いや切りはあるけど、とにかく不思議なのだ。
私は小声で芙蓉さんに、
「ねーねー、芙蓉さん。あの澄那岐さんって人どんな感じなの?」
と聞いていた。
「そうねェ……、私も顔を見たことは無いし、それに……って言ってもあまりあなた達と余り変わらない情報しか持ってないわ。」
「そーなのですか……。」
私はジッとカーテンが仕切られている一角を眺めていた。
夜何時くらいだろう。私はトイレに行きたくなって、ベットから抜け出し、廊下を歩いていると前からスリッパを履いた人の足音がした。
私は目を細めてよーくみてみると、あの不思議少年が歩いてきた。
私はトイレに行く、と言う目的を忘れ、それ以上に彼と話をしてみたい、と思っていた。
彼は私の横を幽霊みたいにス〜っと歩いていった。そして私は咄嗟に、
「あのッ!」
彼は歩くのを止め、こちらに振り向いた。
彼は室内にかかわらず、深々と帽子を被り、マスクをしていて、顔は全く見えなかった。
そして彼は、
「何か用?」
と言った……、言った?………喋った!!!と心の中で喜んでいた。いやむしろそれより少し低い音程で、男前の声が聞こえた。……少し色っぽい……。
「用が無いなら行っていい?」
彼は返事をしない私に声を掛けてきた。
「あッ!い、いえ……。あの…同じ部屋なのに顔を見たこともないなァ〜なんて……。」
私は少し恥じらいながら答えた。って何で恥じらってんの?
「それで?なに?」
え?!
「い、いえ……それ以外何も……。」
それを聞いた彼はあっそと呟き、病室に戻っていった。
あ〜あ、折角お話出来たのにな〜。……ってか夜の病院…って……コワッ!
次の日
芙蓉さんに昨日の出来事を話した。
「ウッソ!ホント!?あの子が喋ったの!!??」
もの凄く興味があったのか、芙蓉さんは私のベットに入り込んで聞いてきた。
「そうなんですよォ〜。顔見れなかったけど……。」
上出来よ!と興奮している芙蓉さんと私の元に空さんがやってきた。
「な〜んのおっはなっしかなァ?俺も混ぜてよ。」
それを聞いた芙蓉さんが、昨日の私の武勇伝?を空さんに話してた。その話を隣で相槌をしながら聞いていたら、カーテンがピシャッと音を立てながら開いた。
澄那岐さんだ。
彼は、黙ってトコトコと廊下に出ていった。
「あれ?私のせい?」
「そんなことはないかと………。」
そして10分後、彼は雑誌を持って帰ってきた。
そこですかさず私が声を掛けた。
「あ、あの!」
彼は昨日と全く同じようにこっちに振り向く。
「さっき…、あの、騒いでて……すみませんでしたッ!」
私はペコリと頭を下げた。いや、私が騒いでいた訳でもないんだけど……。
「別に。」
とだけ言った彼はまたカーテンを閉めてしまった。
閉まったのを確認して芙蓉さんが抱きついてきた。
「やっるじゃな〜いッ!あの子と口聞くなんて!」
「そうでしょうか?……私には……。」
芙蓉さんは不思議そうにこっちを見ている。
「なんでもないです。」
そう、私には彼から生きた心地が全く感じられなかった……。
まるで……、抜け殻の様………。