9. show their true colors
「ティラ、ちゃんと食えよ」
レオンは私が手をつけようとしないトーストを手で掴むと私の口元に押し付ける。
ぱくりと一口かじりつくがなんの味もしないトーストは口の中に入るや水分を欲しがる。
「おい、いつまで咀嚼してんだよ」
ひたすらトーストを噛んでいたら口の中は唾液のほうが多くなっていて、どろどろのペースト状の食物になっていた。
それを意を決して飲み込むと紅茶で口の中を綺麗にした。
「お腹がすかないのよ」
朝から明らかに調子のおかしい主人を気遣ってビビアンは私の大好きなメニューをテーブルに並べてくれたけれど、とても食べる気にはなれなかった。
レオンは相変わらず周りにある食べ物をすごい勢いで食べつくそうとしている。
食欲のすごい人の食べっぷりは見ていて気持ちがいいとこんな時もそう思い、私はレオンが食事を終えるまで紅茶をすすっていた。
「ティラ。散歩でも行くか」
食べ終わるとレオンは食べながらなにか考えていたのか、急に立ち上がると私に手を差し出す。
差し出された手をしばらく眺めてから、私は素直にその手をとった。
「そうね」
「案内さしてやるよ」
レオンが私の手をひっぱって椅子から立たせるとレオンらしい偉そうな態度で言った。
「さしてやるって……ふふっ」
「ほら、ちゃんと笑える。悲しい顔してたってなにも良い方には転がらないんだ。笑ってる方が自分も周りの奴も幸せになるだろ」
「……うん。そうね」
言っておきながらレオンは恥ずかしいのか私から顔を逸らす。横顔の頬がほんのり桃色に染まっていた。
「で、ここが私の秘密の場所」
私は街に出るのをやめて、人のいないところを散歩コースに選んだ。
人に会えばみんなシャクラのことを聞くに決まっているし、私はなんと答えていいのか分からなかったから。
先日まで回復してきたシャクラが急に苦しみ出したと言えばみんな心配するだろうし、それに昨夜のシャクラの様子はなんだったのか自分でも分からないし、レオンもなにも言おうとしないから。
「いい所だな」
レオンは泉の畔に腰を下ろすと私の方を向いて隣をぽんぽんと叩いた。
泉の色は優しい水色でレオンの瞳と一緒だと今気付いた。
私はレオンの傍に座ると、手を伸ばして水に触れた。
「そうでしょ。ここに来たら心が落ち着くの」
「確かにな」
レオンも私と同じように水に触れた。
「レオンってすごいわ」
「は?」
レオンがこちらを振り向く。
その顔は不審そうに形のよい眉を歪ませている。
「だって、どんなときも動揺したり悩んだりしないじゃない」
昨日だって、レオンはそこまで驚いたり感情を露わにしていなかった。
レオンにはなにか揺るがない芯のようなものがしっかりと身体の中心を貫いているようだ。
パシャっ
「わっ」
レオンが急に手に触れていた水を私のほうに投げた。
水の玉が太陽の光に当たりキラキラと輝きながら、私の顔や髪にかかった。
「なにするのよっ」
私は顔を拭いながら立ちあがった。
「あ?」
レオンは立ちあがった私を見上げると薄い唇を不敵に吊り上げた。
「もうっ!人が真剣に悩んでるって言うのに!」
私は泉の水を両手ですくうとレオンに思いっきりかけた。
レオンの美しい金髪は水に濡れ顔にくっつく。
目を咄嗟に閉じたレオンのその顔がとても魅力的ではっとした。
「お前なぁ、両手は卑怯だろっ」
「卑怯なのはそっちよ、急に……きゃぁっ」
私たちはお互いにびしょびしょになるまで水をかけ合うことになった。
最後はお互いの酷い姿を見、笑い合っていた。
「お前、髪の毛すごいことんなってるぞ」
「うるさいわねっ」
くすくすと笑いあいながら疲れ切った私は草の上にぺたりと座りこんだ。
「動揺したり悩んだりしてなにが悪いんだ?俺は無表情な奴より怒ったり悲しんだり笑ったり素直にできる奴のほうがかっこいいと思う」
くすくす笑いが一通り収まるとレオンがぽつりと言った。
「え?」
「俺はそれができないだけだ。表にでないんだ……小さい頃から感情を表に出すと叱られたからな。癖だ、癖」
レオンの昔話なんて今まで一度も聞いたことがなくて私は自然と好奇心がわいてきた。
「どうしてそんなことで叱られるの?」
「俺は個人的な感情を持っちゃだめなんだって思ってた。でも……そんなの無理なことだよな」
私の質問を無視して話し続けるレオンの横顔を見つめた。
目がしらから流れているのは泉の水でなく涙なのかもしれない。
それなのに、レオンは表情ひとつ変えずに真っすぐ前を見ていた。
「無理よ」
私もレオンが見ている方向を見た、真っすぐ。
「だって、生きてるんだもの。嫌なことがあったら悲しいし、優しくされたら胸が温かくなったり、周りの人を慕ったりするのは自分では止められないわ」
「……あぁ。そうだな」
「レオン」
「ん?」
レオンは顔を腕で拭うと私のほうを見る。
「シャクラとあなたのこと、なにを隠してるのかもう教えてくれない?」
私は真っすぐに前を見据えたまま言葉を吐き出す。
ずっと聞きたかったことだ。
レオンが息を呑むのが分かる。
「なんのことだ」
「馬鹿にしないでちょうだい。そこまで鈍感じゃないわ」
私は首をひねってレオンの顔を睨みつけた。
泉の色をした瞳が見開かれる。
「ねえ、昨日のシャクラはなんだったの?」
「……」
「答えて」
私は草の上で拳を握りしめる。
「あれが本当のあいつだ」
「本当のシャクラ?」
「本能を取り戻した姿だ。病気なんかにかかっているんじゃない」
病気じゃない?私は息をするも忘れ、レオンの言葉を理解しようとする。
「目覚めようとしてるんだ。それに抗うからあんなに苦しむことになる。正直、あいつを見た時は驚いたよ、あんなに理性を保つことのできるやついないだろ。いままで必死に耐えてたんだろ、飢えに」
次から次へと出てくるレオンの発する意味の分からない言葉に私の頭は破裂しそうになる。
「ちょ、ちょっと待ってよ。シャクラの本能ってなに?飢えってなに?シャクラは食事をきちんとしてたわ」
レオンは視線を落とし、しばらく考えてから言った。
「お前と俺たちは同じ生き物じゃないんだ」