7. someone's unreciprocated affection
「うっ……」
急にシャクラが苦しみ始めたのは今朝で昨晩まであんなに元気で調子が良かった彼の影も見当たらない。
「シャクラっ!?」
「どうした」
「シャクラ様?」
「どうされましたっ?」
屋敷の者が全員シャクラが寝ているベッドに集まり、彼の容態を確認する。
『……』
しかし、苦しんでいる彼を目の前に私たちは何もできない無力感を実感するだけで、私はシャクラの枕元で手を握りしめ祈ることしかできない。
しばらく返事もできないくらい苦しんでいたシャクラが額に汗を浮かべながら寝息をたてたのを合図にレオンが低い声で切りだした。
「俺たち全員がここにいても何もできない。ふたりは仕事に戻ってくれ」
屋敷の主でもない者に指示され戸惑うふたりは私に目をやる。
「お願い」
私が頷くとふたりは心配そうな顔を隠そうともせず部屋から出て行った。
「どうして急に……」
「……こいつは頑固者でよっぽど我慢強いんだろうな」
レオンはぽつりと言う。
その通りだ。シャクラは頑固で我慢強くて人に迷惑をかけるのを極端に嫌がる。
こちらからすればそれは迷惑ではなく信頼の証しなのに、それすらも拒むのだ。
「レオン……どうすればいいの」
「言っただろ。シャクラ次第だって」
レオンの返答なんて頭に入ってこない。
シャクラが隠すこともできないくらい苦しんでいる姿を直視するのは初めてで、悲しみより先に恐怖が私を襲っていた。
シャクラがこのまま、と考えるだけで私の目の前は真っ暗になる。
それ以上なにも考えたくない。
私とレオンは日が暮れるまでずっと無言でシャクラの傍についていた。
シャクラの顔を唇を噛みながら見ていると、握りしめた指がぴくりと動いた。
「シャクラ?大丈夫よ。ずっとここにいるから」
目を開けたシャクラが私の姿を捕えて悲しそうな顔をした。
「泣かないで……」
「ごめんな、さい」
涙が枯れるなんていうのは嘘で一日中私の目からは涙が流れていた。
「君を傷つけることしかしてないな。僕は」
悲しそうに笑うシャクラの身体にそっと抱きつくと首を振った。
シャクラの身体がぴくんと跳ねる。
「そんなことないわ。そんなこと言わないでっ」
「離れろっ」
「え?きゃっ」
さっきまで弱弱しかったシャクラが急に大声を上げた。
それにすぐ反応したのはレオンで私をシャクラから引きはがす。
「シャ、クラ?」
「ティラ……。もう構わないでくれ」
「なに言ってるの?」
私はいつも優しいシャクラを完全に見失っていた。
目を見開き、反対を向いているシャクラの頭を見る。
「……ごめん。当分、僕に近寄るのはやめてほしいんだ。今日からは別の部屋で寝てくれないかな」
少しずついつものシャクラの口調に戻っているが言っている意味が私には全然理解できない。
「嫌よっ。私、シャクラの苦しんでいるところちゃんと見なくちゃいけないの。あなたをひとりで苦しめたくない!」
シャクラの元へ行こうとする私をレオンが後ろから抑える。
「ティラ、病人の言う事は聞けよ」
「レオンまでなによっ」
「落ち着けって」
レオンの私を押さえる力が強まる。
「治ったらまた一緒にいられるから、お願い」
シャクラは後ろを向いたまま言う。
その表情を見たいと思った。
「でもっ」
治らなかったら……という言葉が喉元まで出てくる。
「レオン」
シャクラは命ずるようにレオンの名を呼んだ。
「わかった」
レオンはなにも言わなくても理解したというように私を無理矢理部屋の外に連れ出そうとする。
「シャクラ、どうしちゃったの……っ」
「自分でも限界が分からなくて怖いんだ。君を傷つけたくない」
――パタン
その言葉だけ最後に聞くと私は部屋の外にへたりと座り込んでいた。
「……悪い。痛かったか?」
レオンが座り込んだ私の腕にそっと触れた。
「……っ」
私はレオンの手を振り払うと扉を見つめる。
どうか、シャクラが出てきてさっきのは嘘だよ、一緒に寝てくれないと寂しいよと言って抱きしめてほしいと願う。
そう思っただけでまた涙が零れおちた。
レオンはゆっくり私の頬に伝った涙を指で拭うと頭を掴んで自分のほうへ私を引き寄せた。
もう抵抗する力もなくて、私はじっとしていた。
「そんなにあいつが大事なら言う事は聞いてやれよ。あいつはお前のことを一番に考えてる。それくらい俺にだって分かるんだ」
レオンがビビアンたちにも私をシャクラに近づけるなと言ったのか、私が部屋の方へ向かおうとすると止めにはいってくる。
でも、私はどうしてもシャクラの傍にいたかった。
近くにいないと心配で心配でたまらない。
レオンは夜な夜な私がシャクラの部屋へ忍び込もうとしているところを捕まえる。
「もう、お前はここで寝ろ」
あまりにも私がしつこいので痺れを切らしたレオンは自分の部屋へ私を押し込んだ。
「レオンは入れてどうして私はだめなの?ビビアンだって食事を運んでるわ。私はあれからシャクラの後ろ姿さえ見れてないのよっ」
シャクラがそれを望んだからと言ってもあまりにもひどすぎる。
なにか悪いことをしたのか、シャクラに厄介に思われてしまったのか、と考える。
「あいつがお前を傷つけたくないからだっ」
レオンも声を荒げて言う。
「でもっ」
私の言葉を遮るようにレオンは私をベッドの上へ乱暴に押し倒す。
「いい加減にしろっ!自分のことしか考えていないのは誰なのか考えろ」
大きな声を近くで出されて私は自分の肩が震えるのを感じた。
いや、震えているのは声のせいだけでなく、きっとレオンの言葉のせいだ。
「……。ごめんなさい」
「頼む……。俺だってお前が傷つくのは見たくないんだ」
小さな声でそう吐き出すように呟くとレオンは私の身体を抱きしめた。
突然のことに驚いて私は動くことができない。
「お前が幸せなら、誰と一緒でも構わない」
「レオン……?」
レオンの声が震えているのに気がついて私はもぞもぞと動いてレオンの様子を窺おうとするが、動けば動くほどレオンの抱きしめる力は強くなっていく。
レオンの胸板に私の顔は押し付けられ、息も苦しくなってくる。
「馬鹿は馬鹿なりになにも考えずぼやっとしてればいいんだ」
しばらくしてから、レオンは私からさっと離れるとすぐに後ろを向いてバスルームへ向かった。
レオンらしい皮肉を聞いても私はなんだか言い返せずにレオンのサラサラな金髪が揺れながら扉の向こうに消えていくのを見ていた。