5. with the moon light
「ねぇ、ティラ?」
「なに?」
シャクラが眉間に皺を寄せて私の顔を覗き込む。
「なんだか、随分とレオンに優しいみたいだけど……僕の気のせいかな?」
カーテンを開けっ放しにしている窓から満月の明りが照明を落とした部屋にいるシャクラの背中を照らす。
どうしてシャクラがそんなことを言いだすのかよく分からなくて、私はしばらくシャクラの赤い瞳をじっと見つめた。
「そんな目で見ても許してあげないよ」
目を見つめただけで、なにをどう勘違いしたのかシャクラは私がレオンに優しくしていると思いこんでしまったようだ。
「そんな、気のせいよ?普通に接してるもの」
「ふうん」
私はシャクラにだけは誤解をされたくなくて、慌てて答えるがシャクラは納得していないような声を漏らしてベッドに腰かける私から離れて行く。
「どうしたの?」
「別に」
珍しく拗ねるシャクラの後ろ姿を見ているとなんだかとても愛らしくなって、私はベッドから腰をあげるとシャクラの広い背中にしがみついた。
「っ……!?ティラ?」
「シャクラったら可愛いんだもの」
「か、かわいいって……」
こんなに余裕のないシャクラはなかなかお目にかかれない、そう思って後ろから顔を覗き込もうと身体をよじるがシャクラは片手で顔を覆ってしまう。
「シャクラー?顔見せてよっ」
私は頬がだらしなく緩むのを感じながらシャクラにしがみついたまま暴れる。
シャクラは細いけれど、それなりに男らしい骨格をしていて改めてびっくりした。
私が暴走するのに疲れたころ、シャクラが顔から手を離して私のほうを向いた……うっとりするくらいの微笑を浮かべて。
「男をからかって遊ぶなんて、ティラはいつの間に悪い子になってしまったの?」
いつものシャクラに戻ったことが分かると私は本能的に後退りをする。
「からかってなんかないわ」
「ふーん。無意識なほうがたちが悪いよ」
妖しい雰囲気を醸し出しながら一歩一歩後ずさる私をシャクラの長い足が一歩一歩とゆっくりと追いつめる。
「ご、ごめんなさい……」
上ずった声で謝る私をシャクラは妖艶な笑みで見つめる。
後ろが壁でもうどこにも行けなくなった時、シャクラの手が私の後ろの壁を押さえた。
「っ……」
「悪い子にはお仕置きしなくちゃね?」
くいっと細長い指で私の顎を持ち上げるとシャクラは楽しそうに微笑む。その顔だけ見ていればなんとも優しげでとても少女を壁際に追い詰め、よからぬことを企んでいるとは思えない。
私は覚悟を決めると目を瞑った。
近づいてくるシャクラの息を感じる……。
「でも……、邪魔がはいったかな」
唇と唇が触れそうなところまで来るとシャクラはそう言い、私から離れる気配がした。
「え?」
私は瞼を上げるとだるそうに首を回すシャクラがいた。
「邪魔って……」
「レオン、いつまでそこにいる気?」
シャクラが振り向いたほうに目をやると扉の近くで腕と足を組んで壁にもたれているレオンがいた。
「レオンっ」
「いつまでも?」
私を無視してレオンはシャクラを鼻で笑う。
「悪趣味だね」
「普通に入ってきたのに、どんどんいちゃつき始めたのはそっちだろう」
「いつ出て行くかと思ってたんだけど、ちっともどこかに行きそうにないからさ」
月明かりに照らされたレオンの瞳は深い海の色をしていて、私はふたりの言い争いをよそに感心して眺めていた。
「で、ティラ?どうしてレオンに見惚れてるの?」
しばらくしてシャクラがぼんやりしている私のほうを見て鋭い口調をとばす。
「見惚れてなんかないわ。ただ、瞳が綺麗って思ってた……だけよ」
自分で言いながら、見惚れていたことに気付く。
「はぁ」
シャクラはわざとらしく溜め息を吐くと私の長い黒髪を撫でた。
「レオンはなんの用だったの?」
「……いや、シャクラに話があったんだ。でも、もういい」
レオンらしくない歯切れの悪い答えに私は首を傾げた。
「でも、」
「それなら、すぐ出て行ってくれないかな」
言いかけた私の言葉をさえぎるようにシャクラは冷たく言い放つ。
「あぁ。ティラ、おやすみ」
「え?あっ。おやすみなさい、レオン」
珍しくつっかからないレオンにますます私の疑問は募ったがレオンはさっさと部屋を出て行った。
「なんだったのかしら」
「……。どうでもいいことだったんだろ」
シャクラは少しの沈黙の後に優しい微笑みを浮かべて答えた。
私は見慣れたその微笑みになぜだか嫌な予感がし、胸とお腹の辺りがとてもざわついた。
「もう寝る時間だよ。ティラ」
「そんな、シャクラこそ最近は体調がいいからって調子にのって夜更かししちゃだめよ」
シャクラは、ははっと笑って頷いた。
私がベッドに潜りこむと隣にシャクラもはいってきた。
私たちは互いに仰向けになりながら手をどちらからともなく繋ぐ。
シャクラの少し低い体温が私に伝わってくる。
こうして一緒のベッドで寝れるだけ幸せだと感じる。
シャクラの病気が感染するものではなかったことだけに感謝することにした。
もし、感染病だったらシャクラは決して私を近付けないと分かっているから……。
でも、時々思ってしまう事がある。
私が近くにいない時に所構わず膝を崩し、背中を丸め、痛みに耐えている彼を見ると彼の痛みを共有したいと思ってしまう。
ただ、一緒に同じように苦しみ死への恐怖を受け入れたい……と思ってしまう。
それなのに、シャクラは私の姿が見えると必死にそれを隠し優しく微笑むから、私の心はずきずきと痛み、彼が私を愛しそうに抱きしめる時に自分の考えの愚かさに気付く。
「ティラ」
シャクラがそう呟いた。
「シャクラ」
私も天井を眺めたまま小さく呟く。
返事は返ってこなかった。きっと寝ているのだろう。
私はゆっくりと横を向いてシャクラの穏やかな寝顔を確認すると自然と笑みがこぼれた。
「おやすみなさい。シャクラ」