23. home of wizard
「どう思う?」
「どうって?」
「ルナだと……思うか」
僕は椅子に深く腰掛けている目の前の美青年に苛立ちを覚える。
何を言おうとしているのか分かっているくせに、こいつはわざと分からないふりをする癖があるのかもしれない。
「ああ、その可能性はあるな。俺だって聞いたことしかないから正直よく分からない」
レオンは返事をしながら羨ましいほどストレートの金髪を人差し指で掬って耳にかけた。
「それは僕だって同じだ。ルナは代々魔法学を守る一族の中に稀に現れるんだろう。魔法なんてもの伝説か神格の悪戯だとしか思っていなかったけれど、確かにティラは……」
そこまで言って口を閉じる。
「神格や魔族を惹きつける。あいつ自身は気付いてないだろうが、この城の男たちもティラの姿を見た瞬間自分の欲望と闘っているように見えた。誰かがついていないと襲われかねないな」
確かにそうなのだ。
小さい頃からティラを見て来た僕は彼女が成長するにつれ人間ではないものを引き寄せる魅力が高まっていることをよく知っている。
不思議だとは思っていたがそれは単にティラの独特な雰囲気と可憐な容姿のせいだと思い込んでいた僕はもうすでに彼女に骨抜きにされているのかもしれない。
「君はどうなの?」
「は?」
レオンが紺色をした瞳を僕に向けた。
「ティラに誘われて一角獣の姿のまま現れたんじゃないの?」
僕が冷たい声でいうとレオンの表情は一瞬凍りついた。
「忘れた。でも、俺はティラがルナとしての魅力があるから好きになったんじゃないっ」
途端に必死になって叫ぶレオンは珍しく取り乱していて僕は自分の頭に血が上る感覚を感じる。
こんなにはっきりとレオンの気持ちを聞いたことはあったろうか。
「可笑しいことを言うね。ルナとして好きになったのか、ティラとして好きになったのかどうすれば分かるっていうの?」
自分も例外ではないことを頭の隅に置きながらレオンにだけ尋ねる自分は卑怯だと分かっているけれど、どうしても問わずにはいられない。
「そんなこと知らねえよ。ただ、あいつが神格でも人間でも魔族でも、その間に立つ者でも俺の気持ちは変わることはないってことだ」
なるほど……と思う。レオンは正直で言葉になにか飾りをつけたり霧で隠すようなことはできない。
だからこそこんなに一言一言が心に響くのだ。
そしてその答えは僕自身の心を映しているようだった。
「僕もだよ。でも、まだティラがルナだと決まったわけじゃない。少し調べてみる必要があるよ」
そういって僕は座っていた長椅子から腰をあげると皺にならないように黒いパンツのお尻を叩く。
するとレオンも慌てたように立ち上がった。
「おいっ、俺も……強力してやってもいいぞ」
「くすっ。じゃあ是非お願いするよ」
レオンが満足気に頷くとつけたした。
「勘違いすんな。俺はただ確かめたいだけだ……本当に人間でも神格でも魔族でもない奴らがいるのか」
「奴ら、だなんて本当に彼らがいたらすごく失礼なことだよ。神格と魔族、そして人間を見張る神に最も信頼されている種族なのだから」
僕はレオンの着ている古風な布を一瞥する。どうしてこんな昔の服を着たがるのだろう。
自分の姿を見下ろすと真っ白いカッターシャツに黒の細身のパンツ。
どこまでも人間らしい格好だと自分でも分かっているしこの城ではめずらしいものだということも理解している。
「さあ、ティラの実家に行くよ」
「ああ」
アンドレアにふたりの外出用のコートを頼もうとすれば、彼はもうすでに両手に黒い布を持っていた。
「インペラトル様にはお伝えしなくてもよろしいでしょうか」
アンドレアはその質問の答えを求めているようには見えない。
僕が口角を上げてアンドレアの深緑の瞳を見つめると引き締まった顔を下に向け深く頭を下げた。
「おふたりが共に回廊を渡り外に向かわれますと女どもが……失礼、侍女たちが騒ぎたてますので、
どうかそちらからいってらっしゃいませ」
頭を下げたままアンドレアは言葉を選びながら言った。
おや、と僕は思う。
幼い頃にレオンに付き添っていたアンドレアはすごく丁寧で紳士な教育係だったのに今なにか不自然な単語が聞えた気がしたからだ。
「分かってる。アンドレア、俺がいない間にその毒舌封印していただろうな?」
レオンは涼しい口元をほころばせる。
「はい。もちろんでございます」
「よかった。いってくる」
レオンは先に部屋についている一番大きな窓へ向かう。
この城には各階に食堂があり、ここは二階だ。
二階といっても一階の造りは無駄に空間を上にも横にももたせているので窓の下にある庭までは結構な高さがある。
「ペガサスみたいな真似はしたくないんだけど……」
ぽつりと呟くとレオンがきりっと睨む。
「贅沢言ってる場合かよ」
そう言うと窓からひょいっと飛び降りたかと思えば青空の上のほうに眩く光る透明の羽をつけた一角獣が飛んで行った。
「はあ」
仕方なくレオンに続く。
ティラが本当にメデイアの子孫だったとすれば……好都合なのかどうなのか僕にも分からない。
それより、もしそうだったのならなぜティラの両親はそのことを黙っていて、さらに一角獣である僕とティラを一緒にいさせたのだろう……。
ティラの住む村まで行く途中ずっと考えていたが結局分からないことは聞くしかない。
ビビアンとウィルが僕とティラが一角獣の城に行ったことはとうに伝えてあるだろう、ふたりは怒っているのか悲しんでいるのか……。
ティラの屋敷がどんどん大きく見えてくるにつれ僕の心配はそっちのほうが大きくなっていった。
「あら、シャクラ。おかえり」
屋敷に着くと人間の姿に戻った僕を見てティラの母上であるイオさんはいつもと変わらない笑顔で迎えてくれた。
「ただいま帰りました」
僕はまるで自分のことを本当の息子のように扱ってくれるイオさんが大好きだ。
母が亡くなってもティラの家族と過ごすようになって母親を恋しくなったことはほとんどない。
なにより、イオさんがいつものように接してくれることがいまは嬉しい。
「そっちの男前くんは?もしかして弟さん?」
レオンは見事に当てられ驚いたように背筋をぴんと伸ばしてティラとよく似たまんまるく大きな瞳をもったイオさんを見つめた。
「あ、はい……いや、その母親は違いますけど」
レオンが狼狽するなんて珍しい。
確かにイオさんを見て驚く気持ちはよく分かる。
ティラの雰囲気によく似ている。いや、ティラがイオさんに似ているのだろう。
黒い豊かな髪はティラよりウェーブがかかっており、背中を覆い隠している。
真っ白な皮膚はどこまでも透き通っていて頬だけがほんのりと桃色をしている。
「まあ、一角獣の王家じゃそんなことも珍しくないのでしょうね」
イオさんが苦い顔をすると口元と眉の間に皺が出来た。
「ティラは……シャクラたちの城に置いてきても大丈夫なのか?」
屋敷の扉からダプニスさんが姿を現した。
「まあ、大丈夫に決まっているじゃない。シャクラが信用できないの?」
「んん……そうだね。ごめんね、シャクラ」
ダプニスさんは褐色の肌にしっかりした体格には似合わずすごく繊細だ。
特にティラのこととなると僕くらい神経質になる。
「紹介します。僕の弟のレオンです」
「レオンくんね」
「良い名前だ」
ふたりが同時に笑顔を見せる。
夫婦が似てくるというのは本当のことだと僕はふたりを見ていて分かった。
ダプニスさんは男らしい端整な顔をしていて、イオさんは繊細で美しい顔をしているのに笑顔になると一瞬どっちがどっちか分からなくなるほど似ているのだ。
細かな皺や目尻の下がり方、口元の緩みが酷似しているがなにより雰囲気が同じなのだ。
「ティラがお世話になったみたいだね」
「いえ、こっちのほうが……」
レオンはダプニスさんに話しかけられ顔を真っ赤にした。
その後に続く言葉は僕には想像できた。簡単に。
「そうかそうか。まあ、とりあえずあがりなさい」
僕は頷いたが、レオンはまだダプニスさんとイオさんを交互に見つめていた。
まるで、ティラから発せられる「美しい者」を惹きつける力を探すように、そしてそれは見つからないことを僕は知っている。