22. angel or ...
「……ん」
身体が暖かくて気持ちいい……と思い目を開けると近くに顔があった。
肉薄の顔は無駄なものが一切ついておらず凛々しい眉は太めで眉間に皺が少し見て取れる。
瞼は閉じているが鼻筋の通った高くしっかりした鼻に薄く形の整った唇、伏せられた瞼の隅から伸びる長い睫毛は黄金色で美しく、どこにも文句のつけようのない顔をしている。
さらに横を向いて眠っている彼の頬や瞼に真っすぐで絡まることを知らないような綺麗な金髪がはらはらとかかっていて男らしい色気と男とは思えないような可憐さを醸し出している。
レオン……?そういえば、昨日は一緒にベッドにはいってきたんだった。
くすりと笑うと私の両手がふさがっているのに気がついた。
「ずっと握っていたのかしら?ふふっ」
ゆっくりと身体の向きを変えるとちょうど私の胸にうずくまるようにしてシャクラが寝ている。
ふわふわで癖っ毛の茶色い髪が肌蹴た胸元にあたってこそばゆい。
顔をうずめているのでよく見えないが、シャクラを上から見ることはないのでここぞとばかりにシャクラを観察する。
ふさふさの睫毛はレオンと違い量が多い。鼻筋の通った鼻は小ぶりでそれが余計にシャクラの顔に気品を与えている。
少し赤みをおびた白い皮膚が美しく、唇は上から見てもぷっくりとしていて愛らしい。
喋らなければ赤ん坊のように幼く見えるのが不思議である。
シャクラの唇が動けば動くほど彼を知的に見せてくれる。
「黙っていればこんなに可愛いのね」
「……」
「……きゃっ!!」
シャクラの頭が急に動き私を見上げた。
「お、おおおお、起きてたの!?」
「おはよう、ティラ」
上目遣いでその寝ぼけたような表情は反則かもしれない、いや反則に違いない。
「おはよ……う」
「で?」
シャクラの身体がもぞもぞと動き私と同じ目線になる。
「黙ってれば……なんだっけ?」
「ひっ」
恐ろしさで身体がびくりと跳ねた。
真っ黒な笑顔はきっと他の人が見ればそれはそれは美しい笑顔なのだろう。
しかし、このいつもより活き活きした笑顔はシャクラが私をいじめるときにしか見せることはないものだ。
「ん?言えないようなことなの?」
さっきまで赤ん坊のように可愛らしい寝息を出していた本人とは思えないくらいの気迫と色気で私の顔を真っ赤にさせる。
「いいだろ、寝てれば可愛いって言われたんだ。喜べよ」
私が硬直していると後ろから私を庇うように筋肉質のしなやかな腕が伸びてきて私の身体を包みこんだ。
「君は寝てても可愛くないから妬いてるの?」
「女に可愛いなんて言われて喜んでる奴は男じゃないだろ」
「……どうでもいいけど、僕のティラから早く離れてくれない?」
「誰がお前のだって……?」
不穏な空気が辺り一面に漂い出し、ふたりが睨みあいを始めると私はするりとレオンの腕から抜け出し、ベッドから降りた。
「ティラちゃん、こっちへいらっしゃい」
食事を食べ終え、言い合いをしているシャクラとレオンを食堂に残し、城の廊下をきょろきょろしながらひとりで歩いているとセネアさんがひょこっと出て来た。
「セネアさん!おはようございます」
この城で話をした人といえばシャクラとレオンのお父さんとセネアさんしかいないけれど王の姿はどこにも見られず(そもそも発見したところで話すことができるとも思わないが)知った人がおらず寂しかった私は思わずセネアさんの元に駆け寄った。
セネアさんは向日葵のような大きな笑顔で私を細い両腕で抱きしめてくれた。
「本当に可愛らしいお嬢さんね。ごめんね、この城にいる者はあまり愛想が良くないでしょう」
愛想が良くない、というよりは女の人たちは冷たく鋭い視線と女性特有のこそこそと内輪だけで話をする陰険さが漂っていたし、男の人たちは私を好奇の眼差しで無遠慮に舐めまわすように見てくる。
皆、見ている分には男性も女性も端整な顔立ちをしているのが余計に私を圧迫してくるように感じていた。
「そ、んなことないです。人間がこんなとこにいるのは珍しいから……ですよ」
セネアさんの暮らしている城の中で悲しい顔はしたくなかったので私は鼻に皺を寄せて笑って見せる。
「ティラちゃん……。あっ、そうだわ私の部屋にいらっしゃい」
そう言うと私の手をとって廊下を進みだした。
ついた部屋はシャクラのものより少し小さいが、それでも十分広い部屋だった。
「好きなところに座って頂戴」
部屋に入ると柔らかそうな肘掛椅子と長椅子があったので、私は長椅子の端に腰かけた。
「ビス、お茶をお願い。それとお菓子もね」
セネアさんが後ろについていた女の人にいうと彼女は部屋の隅にある扉の奥に消えて言った。
「居ずらいでしょう」
私はこの部屋のことか城のことを聞かれているのか分からなくて反射的に首を横に振った。
「いいのよ、私の部屋ではなんでも正直に言っても」
「少し……皆さんが私をよく思っていないのが悲しいです」
セネアさんは肘掛椅子に腰かけると長い足を組んで溜め息を吐いた。
すごく自然な動作で思わず見とれてしまう。
「シャクラくんがティラちゃんのことを大切な人と言ったでしょう?ここの女たちは皆シャクラくんの側室の座を狙ってるのよ、そこへ一角獣でも神格でもないティラちゃんがシャクラくんに大事にされていると知ったら……ね」
「そうですか……」
「それにうちの子にも惚れられてるなんて知れ渡ったんだもの、もっと嫉妬の対象になっちゃうわね」
レオンが惚れている?
「その顔じゃあ、本当に天然なのね。可愛いっ」
ころころと笑うセネアさんこと可愛いと思う。
「セネアさんってすごく素敵です」
私がそう言うとセネアさんがぴたりと表情を凍らせた。
「?」
「あははっ!あはははっ」
私が首を傾げると同時に豪快なセネアさんの笑い声が部屋に響く。
「え?私なにか変なこと言いましたか?」
「素敵です、なんて面と向かって言われたのは初めてよ……ふふふっ」
セネアさんが小さい顔を笑顔でいっぱいにして私のほうを優しく見つめる。
「え?どうしてです?こんなに素敵なのに」
「ありがとう。ティラちゃんの言葉は真っすぐだから本当に嬉しい」
私は今まで見てきた女性の中でセネアさんは断然魅力的なのに、素敵だと言われたことがないなんて不思議で仕方がない。
「人間は神格は美しくて神秘的で素晴らしい存在だと思っているでしょう。でも、私からすればここにいるのは腹黒い欲望に塗れた悪魔。私も含めて、ね」
「そんなこと言わないでください」
「え?」
セネアさんは自分の周りにいる人のことをどうして悪魔だなんて言ってしまうのだろう。
「私はここのお城にいる人たちのことよく知りませんけどシャクラとレオン、それにセネアさんは私にとって天使ですよ」
「……ティラちゃん。本当にレオンの正室になってほしいわ」
「おまたせ致しました」
いつの間にか両手にティーポットと可愛らしい小さなケーキが乗ったお盆を持ってきた。
「ふわぁ、美味しそうっ。ビスさん、ありがとうございますっ」
私がケーキを見つめながらそう言って、顔をあげると銀色の短い髪をしたビスさんが驚いたような顔をしていた。
「天使はティラちゃんよ」
セネアさんが小さく呟いたが私はケーキに夢中であまり頭にはいってこなかった。