20. old tale
「お母様もお父様もシャクラのことを知っていた!?」
シャクラの話を聞き終わると私はヒステリックに甲高い声で叫んでいた。
「その時が来ればティラに話そうと決めていると言っていたよ」
シャクラの話に驚くのは私だけではない、レオンもまた目をまるくしていた。
「でも、どうして?シャクラは自分が一角獣だって言ったの?」
自分は一角獣だなんて言うとどんなに優しく信頼している人間でも目の色を変えるに決まっているではないか。
私は自分の両親がそんなことをすることはないと分かっているけれど、血も繋がっていないシャクラがわざわざ自分から一角獣であることを暴露する意味が分からない。
「それが、僕がティラに連れられて二人のいる屋敷に行った時にすぐ一角獣であることを見抜いていたんだ。本当の姿を一度見せてくれないか、って急に頼まれて僕もすごく驚いたし警戒したよ」
「……なぜ見抜かれたんだ」
驚きながらも静かに会話を聞いていたレオンが口を挟んだ。
「僕もしつこく訊ねたんだけど、一角獣と一緒に暮らしていたことがあるって言うだけで……」
お母様たちが一角獣と関わりを持っていたなんて初耳だ。
ふたりは神格たちの古風な制度を批判はしたけれど、その物言いはまるっきり関係のない人間だからこそできるように聞えていたのに……。
「それ以外になにか言ってなかったのか?」
「うん。ふたりの言動には気になっていたんだけど毎回はぐらかされてしまって……。そもそも一角獣である僕とティラをふたりの目に届かない屋敷に置いておくだなんて普通じゃない」
「それは、シャクラが本当に信頼されている証拠でしょ。皆分かってるもの。シャクラはとても優しくて頼りになる良い子だって」
「それでも……おかしいよ。僕のことを一目で一角獣と見抜けたということは一角獣にすごく詳しいんだろう。それなら一角獣が理性を失えば歯止めのきかない化け物になってしまうことも知っていたはずだ」
「知っていながら、ひとり娘をその一角獣の元に置いておく親……か。うちの父親と互角なくらい冷酷だな」
レオンは皮肉めいた口調でそう言うがシャクラは首を横に振った。
「ふたりはとてもティラを愛しているよ」
それは娘である私がいちばんよく知っていた。
シャクラが口にする疑問を黙って聞きながら頭のなかで疑問を反復させると、理解できない想いが体中を支配する。
いますぐ屋敷に戻って問い詰めたい。
なぜ、シャクラのことを黙っていたのか。
ふたりが一角獣と一緒に暮らしていたのはどうしてか。
「あっ……」
昔の記憶をたどっていた私は小さく声をもらした。
「どうした」
「ティラ?」
考えをぶつけあっていたレオンとシャクラはびっくりしてこちらを見た。
「おばあさまが昔、教えてくれたの」
一角獣と関係がある話とは思えないが、記憶をたどっているうちに急に視界が開けたようにその記憶が飛び込んできた。
あれは、シャクラと出会うもっと前。そう、おばあさまがまだ私の傍にいていつもお話を聞かせてくれていた頃だった。
「おばあさまー」
おばあさまが大好きだった私はいつでもどこでもおばあさまの姿を探した。
そして、おばあさまもいつでも私を受け止めてくれた。
「ティラ、そんなふうに走っちゃだめじゃないか」
おばあさまがそう注意するのも構わずに私は迷わず彼女の腕の中に飛び込んだ。
「お前は本当に元気だねえ」
おばあさまのしわくちゃの手が私の顔を愛しいように撫でまわす。
まるで犬になったような気分だけれど、とても心地よくてずっと触っていてほしいと思う。
「うんっ!あたし、おっきくなったらたいようになるんだもんっ」
「ふふっ。そうかいそうかい。じゃあ、今日はお前に大切なことを教えようね」
おばあさまが私を離す。
「なあに?」
「ティラは美しい者に魅入られやすい。無理矢理お前を攫おうとする輩も出てくるじゃろう」
私は難しい言葉でおばあさまの言っていることが理解できなかったが、さらわれるという言葉に顔をしかめると、おばあさまの服をぎゅうっと握りしめた。
「そういう性質なのじゃ。これ、泣くでない。太陽の子はもっと強いぞ?」
「うぅっ……。ひっく」
私は嗚咽を微かにもらしながらも必死で涙をこらえた。
「そうじゃ。ティラは本当に強い子じゃのう。しかし、ひとりでは美しい者たちから逃れることは難しいじゃろ。お前の盾になる者と共に輝くのじゃよ」
「美しい者に魅入られやすい?盾になる者?」
レオンは考え込むように骨ばった指を顎にあてた。
「ティラ、太陽になるってどういうこと?」
シャクラは私の昔話を目を細めて聴いていた。
「小さい頃から、ティラは太陽になるのよって皆に言われてたの。明るく元気な子って意味よ?」
「ふうん……」
「なにか関係があるかしら?」
レオンは母親譲りの美しい金髪を揺らして薄い唇を開いた。
「……ソルの話を知っているか?」
「そる?」
私は首を傾げたが、シャクラははっとしたように茶色の瞳をさらにまんまるくする。
「ティラ?ティラのおばあさまの名はもしかしてふたつあった?」
「おばあさまはリノールって名前よ?」
おばあさまについていた側近がリノール様、とよく呼んでいた。美しい名前で私も時々リノールおばあさまと呼んでみたりもしたものだった。
「他に誰かから別の名前で呼ばれていたことは?」
レオンが素早く質問をする。
「……」
おばあさまは色々な人に慕われていて毎日たくさんの人がおばあさまを訪ねてきていた。
それはおばあさまが物知りで慈悲深くて皆に的確な忠告や助言ができるからだと思っていたけれど、他のお年寄りもたくさんいたはずだ。
おばあさまを訪ねる人には2種類あって、ひとつは普通の格好をした村の住民たち。もうひとつは黒いマントにフードを被った背の高い人たちだ。
相談に来る人はあまり相談に来たことを知られたくないから顔を隠しているのだと思っていた。
「ルナ……っ!何度か、おばあさまがルナ様と呼ばれていたわっ」
黒フードの人たちが帰り際におばあさまに深く頭を下げて言っていた。
『ルナ様、それでは……』と。
「本当かっ!?」
レオンは私の肩を強く揺さぶった。
「う、うん。時々そう呼ばれていたわ」
「シャクラ……」
レオンはシャクラに目くばせする。
シャクラは空を見つめてから、レオンの方を向いてゆっくりと頷いた。
「ティラの盾は僕とレオンのことかもしれない」
ぷっくりとした唇がそう告げた。