2. come into collision
屋敷に帰る頃には日は暮れかかっていて、お昼まで元気そうに部屋を歩き回っていたシャクラの姿は寝室へと消えていた。
「それにしても立派な家に住んでんだな。他に住んでるやつはいないのか?」
レオンは冷たい石の廊下に敷かれた赤い絨毯に靴底を何度か擦りつけて感心したように言った。
「私とシャクラと、お手伝いさんに執事だけよ。本当は私たち二人だけでいいって言ったんだけどお母様とお父様がうるさくって……」
シャクラが病気にかかって私がどうしてもつきっきりで傍にいて看病をしてあげたいと両親に話すと二人とも快く許してくれたが、私一人にシャクラを任せるのは絶対にできないと言い張り、城にいた優秀な執事とお手伝いさんを屋敷に送り込んだのだ。
お母様もお父様もシャクラが幼い頃から、まるで自分の子どものように接していたし心配もしていたから当然かもしれない。
「ふーん。静かでいいな」
「そうね」
もし、もしも。シャクラがこの屋敷からいなくなったらさらにここは静かになるのだろう。
そう考えると悲しさというよりも不思議な感じがした。
シャクラが死んでもこの屋敷はこのままあり続けるのだ。屋敷だけではない、シャクラの大好きなパン屋さんも、いっしょに花を摘みに行った原っぱも、二人のお気に入りである私の城から見える夕焼けも星空も。
シャクラがいなくなっても、そこに残るものはきっと同じ。
私も。
それが不思議なのだ。
でも……シャクラのいない世界は私にとって絶対今までと同じではない。
「考えててもなにも変わらない。違うか?」
ふいに斜め後ろについて歩いていたレオンが声を発した。
私は足をとめて振り返る。
「そうだろ?だから、お前は一角獣を探してたんだろう」
「……うん」
私が頷くとレオンは満足げに口の片端を吊り上げた。彼の癖なのかもしれない。
レオンをここへ連れてきたのは、彼が医学に通じていてシャクラの病気をどうにかできるかもしれないと言い張ったからだ。
「ここよ」
私はシャクラの寝室の扉を軽くノックする。寝ているのか返事はない。
「入るわね」
――カチャ
「寝てるわ」
私はベッドに近寄り、規則正しく寝息を立てているシャクラの髪を撫でる。
レオンはゆっくりとシャクラに近付くと目を細めた。
「こいつがシャクラか……」
私の隣に立つとシャクラを見下ろすと一言
「女みたいな顔してんな」と呟いた。
「綺麗でしょ」
私はすこし得意になって言ってみる。
「なんでお前が自慢しんだよ」
「いいでしょ、別に。でも、シャクラがこんな綺麗なせいで神様が自分の手元に置いておきたくなったのね」
「お前、馬鹿か」
「うるさいわね。冗談よ」
私だって自分の考えていることが馬鹿らしいとは分かっているけど、そうやって考えでもしていないと悔しくってしょうがないのだ。
「シャクラ……」
私は寝ているシャクラの前髪をかきわけておでこに口づけると、しばらくして瞼がゆっくりと開いた。
「んっ……ティラ?」
「起しちゃった?」
「おかえり、ティラ。遅かったね」
「ただいま。お買いものについ夢中になっちゃって、ごめんなさい」
嘘はついていない。買い物に付き合わされたレオンは遅いと散々文句を言っていたから。
「それで、隣りにいるのは……?」
シャクラのレオンを見る目はすこし鋭くなっている。
「荷物をね、運んでもらったのよ」
レオンは無愛想に手を差し出す。
「レオンだ」
シャクラは無言で腕を布団から出すと差し出された手を掴んだ。
「僕はシャクラ」
「あー、それでね?レオンって医学に詳しいんですって。だから、しばらくの間ここに住みこみでシャクラの様子を診てもらおうと思ってるんだけど……」
握手をしたままぴくりとも動かずお互いを観察するように睨みあっている二人の間に割って入る。
少しばかり無理のある説明だったかもしれない。
私だってレオンが本当に医学に通じていると完全に信じたわけではない。
けれど、シャクラが助かる確率が少しでもあるならなんでもしたかったのだ。
「ティラ、僕は言ったよね」
シャクラは私の腕を引っ張り、ベッドの脇に座らせる。
「え?」
シャクラが細長い指で私の顎を撫でながら、瞳をじっと見つめてくる。
茶色の瞳が揺れている。
「一角獣のことは忘れろって、言ったよね?」
「あ……」
なぜ、シャクラは急にそんなことを?今日、探しにいったことがばれていたのか……。
「ごめんなさい、シャクラ」
「残念だけど、こればかりはすぐに許すことはできなさそうだ」
「そんな……」
滅多に怒らないシャクラを怒らせてしまったことがすごく悲しい。
「まあ、そんな怒ってやるなよ」
「君は黙っててくれる?」
シャクラはレオンにも厳しく言い放つ。
「ティラ、後でたっぷりお仕置きしてあげるから。覚悟しておいて……それとも、今してあげようか?」
シャクラは私の頬を両手でおさえると唇と唇が触れそうなとこまで顔を近づけた。
目が本気だ。
「や、やです……」
「俺はここで今すぐしてもいっこうに構わないが」
レオンはまたも意地悪そうに微笑む。
シャクラは私を開放するとレオンに目をやる。
やっぱり鋭い目つきだ。赤い瞳が鋭くレオンを射抜いているがレオンは気にする様子もなく微笑したままだ。
「君とは二人きりで少し話をする必要がありそうだね。ティラ、はずしてくれないか?」
「シャクラ?」
「大丈夫、すぐ終わるから」
「……分かったわ。じゃあ、お食事の用意を手伝ってくるから、終わったら食堂へ来てね?」
会ったばかりの二人がなにを話すのか、全く見当もつかない。
しかも、誰に対しても穏やかで優しいシャクラがなぜだかレオンには冷淡な感じがする。気のせいだろうか。
「うん。わかったよ」
シャクラはいつもの溶けてしまいそうな笑顔を向けてくれた。
「じゃあ」
私はその笑顔に安心して扉を閉めた。
きっと気のせいだ。さっきは一角獣を探しにいったことがばれて怒っていたから、レオンにもすこし厳しく言っただけだろう。
いつもの笑顔も見せてくれたんだから、変な心配はよそう、と思い私は廊下を歩く。
しばらくして、私は足を止めてひとりごとを言った。
「あれ?でも、どうして一角獣を探しに行ったことばれたのかしら……」