19. who gonna be
颯爽と歩を進める女性は長身の身体に黒の布を纏い、長い首にかかる金髪を揺らしている。
街の中にある衣装屋のマネキンのような容姿をした彼女は場違いにも草木がさっそうと生い茂る森の中にいた。
陽に気持ちよさそうに当たる木々の葉が涼しい風に吹かれ気持ちよさそうに鳴いている。
ふと足をとめると、目の前には木の小屋がある。いまにも崩れ落ちそうな屋根に隙間が見て取れる壁はとうにそこに誰も住みつかなくなったことを静かに告げている。
彼女は迷いなくその小屋の扉をひくと難なく開いた。
「どうされるおつもりですか」
「……」
「シャクラくんが帰ってくることはとうにお分かりになっていたのでしょう?」
「……ああ」
ボロ小屋にいた男は城にいたときと違いオーラは控えめであるが、やはり人間離れした存在感がある。
「では、最初からレオンのことを次期インペラトルにするつもりもなかったと……?」
「さあな」
「……それで、あの少女は?」
女性はこちらを振り向こうとしない男の背中を目を細めて見つめる。
なにかを見定めようと、いや見抜こうとしているようだ。
「少女?ああ、連れて来た小娘のことか」
「ええ」
「レオンかシャクラの正室でも側室にでもすればよい。すぐ死期が来るだろうがな」
男はそういうとくっくっくと喉を鳴らして笑う。
その笑い声はなにかを嘲っているような響きがあるが、小屋にいる女は寂しさを含む笑いにしか聞えていない。
「正室にしても良いのですか?」
「なぜ?」
「王族が、インペラトルが人間を正室にしたとなれば反発する者がでることは目に見えています」
男はその言葉を聞くとくるりと身体を翻し女と向き合った。
「人間……か。そうであればもちろん王国の評判が下がることは間違いないだろうな」
「どういうことです?」
女は男の話す意味が分からないのか眉間に皺を寄せた。
「クレシスいるか」
「おります」
男がふいに声をかけるとどこからともなく細身の中性的な男が姿を現した。
「娘についてできるかぎり調べろ。誰にも勘付かれないようにな」
「はい」
短い返事をするとすぐに姿を消した。
「なにをする気です?」
女は少し焦っているように見える。
「なにもしないさ。ただ、知りたいだけだ。悪いか?」
男は初めて歯を見せて笑いかけた。
笑顔は少年のように無邪気で愛らしい。
「……いえ」
女は眩しいように目をゆっくり瞑る。
「大丈夫だ。まだ手出しはしないさ」
「……」
女は『まだ』という言葉に引っ掛かりを覚えたがそれより男が娘についてなにか考えていることのほうに意識がいった。
「シャクラくんとレオンの大切な女の子です。くれぐれも傷つけるようなことは……」
「傷つけるのは俺ではない。傷つけるとすれば……どっちだろうな」
「っ……」
女は唇を噛みしめた。
「誰が傷つくのだろうな」
小さくもらした声は女に届かなかった。
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「ティラ、こっちへ来い」
シャクラがやっと正気に戻るとレオンは私を廊下に連れ出した。
「え?」
「あいつと同じ部屋にいるのはやめろ」
私はレオンの心配することが何なのか分かったが首を縦に振る事は出来なかった。
レオンの真剣な瞳をじっと見つめた。
すると、私を見つめるレオンの瞳がぐらぐらと揺れるのが分かった。
「大丈夫よ。シャクラを信じるもの」
「だめだ。お前の部屋は別に用意させる」
レオンは私にその気がないと悟ると結構な力で私の左手首を掴み足を前に出そうとした、が、急にレオンの手がほどけた。
いや、ほどけたのではなくシャクラが振り払ったのだ。
「ティラは渡さないよ」
「ふん」
シャクラとレオンの間で火花が散る音が聞こえたような気がした。
「ねえ」
そっと声を出してみるとふたりともこちらを一瞥もせずに短い返事を返した。
「それなら、3人で一緒のお部屋にすればいいじゃない?」
「……」
「……」
シャクラとレオンは同時に私のほうに顔を向けた。
こういうとき、ふたりはいつもタイミングが同じ気がする。
母親は違うとしても、やはり兄弟は兄弟なのだと感じて少し温かい気持ちになる。
「お前……」
「ティラ、君って子は……」
「だめかしら」
ふたりの呆れたような溜め息に私は自分が情けなくなって瞳を伏せた。
目にうつる床はふかふかの赤い絨毯で汚れひとつない。
「たまには」
ふとレオンが呟く。
私はレオンを見上げこくりと首をかしげて見せるとシャクラが私の頬を両手で包んだ。
「良いことを言うんだね」
「ふぇ?」
「僕の部屋はすごく広いし、ちょうどいいくらいだね」
「シャクラは床で寝ろよ。俺はあのソファだ」
レオンは当り前のように言うとシャクラは唇を尖らせた。
「自分のソファを運んでくればいいだろ?」
「面倒だ」
即答するレオンに不機嫌になったシャクラを見ていると顔がだらしなく綻ぶのが分かったが直しようがない。
「ふふっ。じゃあ、決まりね……。あっ、でもどのくらいの間ここにいるのかしら」
この城に来たのはレオンを救うためで、その目的が果たして達成されたのかどうかも分からない。
ただ、レオンが変な液体を飲むのを阻止できたことは十分な収穫だと思う。
「どのくらい……ねえ」
シャクラは考えるように繰り返す。
その表情は底の見えない沼になにか落し物でもしたかのようだ。
「いますぐにでも出て行ってもらいたいが」
レオンは媚のない声でずけずけと言うが、その声に愛情が籠っていることを私は知っている。
「それはだめよ。レオンだけを残していくことはできないわ」
私は自分という存在を失い政治をつかさどるだけが脳の人物を想像してみたが苦しくなったので頭を振ってイメージを消し去った。
「なら、ティラはずっとここにいてもいいんだよ」
シャクラの優しい声が聞える。
つい、はいと応えてしまいたくなったが我慢した。
「お母様もお父様も皆が心配してしまうもの」
シャクラとレオンの身体がまたも同時に傾いた気がした。
「お二人にはもう伝えてあるよ」
シャクラが静かに言う。
「え?」
「屋敷に残ったふたりに頼んでおいたんだ」
そういえば屋敷を出るときにシャクラは無口な執事と世話焼きなメイドになにか頼んでいた。
シャクラはこの城に私を連れてきていっしょに暮らそうと最初から決めていたかのような行動だ。
愛らしい顔をした彼はなにを考えているのか時折私にも分からなくなる。
おそらく感情を表に現さないレオンより厄介な性分なのかもしれない。
そう考えると少し背筋が冷たくなった気がした。
「どういうことか説明しろ」
レオンの声が苛立ちを告げている。
「理由なんてないだろ。大切な娘さんが一角獣の城に行くんだ。お知らせくらいしなくては」
「そんな、急にユニコーンの城に行くだなんてお父様が聞いたら倒れてしまうわ」
私は真っ青になった。
「そうだ。いくらなんでも心配するに決まっている」
「……そうか」
シャクラは考えるように瞼を閉じると大きく息をひとつ吐きだした。
「ティラ、実は……」
険しい顔をしたシャクラは真剣そのもので、私は無意識に息を呑んだ。