18. prince's shortcoming
「ここは自由に使って頂戴。というより、最初からここはシャクラくんのためのお部屋だったもの」
セネアさんは王の間のひとつ下の階に私とシャクラ、それに苦い顔をしたままのレオンを連れてきてくれた。
さっきまで禍々しいオーラを発していた王はどこにいったのやら、嘘のように華やかで純白の城は落ち着きを取り戻していた。
「すごく広い……。ここがシャクラ一人の部屋だったんですか?」
「ええ。そうね、広すぎるわよね……。でも、これからはティラちゃんもここの部屋の住人だからちょうどいい大きさになったわ」
顔にかかる美しい金髪を細長い人差し指で掬って耳にかけながらセネアさんはとても嬉しそうにしていた。
でも、私はここの住人という言葉にドキリとしてしまった。
「母上、ティラはここには住みません。シャクラ、ティラを連れてさっさとここを去れ」
私とセネアさんの後ろに立っていたレオンがシャクラに鋭い視線を送る。
「レオン、いい加減にしなさい」
セネアさんがきっぱりと言う。
「あなたはインペラトルにはなれないの。私はね、インペラトルというものは個としての人格をしっかり持った者のことだと思ってるわ。あれを飲めば人格は失われるのよ」
レオンがいるほうを勢いよく振り返って言うセネアさんに加勢するようにシャクラがゆっくりレオンに歩み寄る。
「僕は間違っていたんだ。ティラといっしょにいたい、今までの穏やかで幸せな日々を失いたくない、少しでも長く安心できるところに身を置いていたかったんだ。それができるのはここではないと思い込んでいた。でも、気付いたんだ……。ティラが笑っているのを傍で見ることができるのなら場所なんてどこでもいいって」
「シャクラ……?」
シャクラの真剣な表情を見つめて私はきょとんとしてしまう。
「僕はもうティラを傷つけないよ。約束する」
レオンとセネアさんに向かって喋っていたシャクラは急に私のほうに向きなおった。
「ティラ、信じてくれる?」
「それは……」
正直、私には分からなかった。
信じたいけれど、信じることでさらにシャクラが傷つくことが恐ろしい。
「ティラちゃん……。あなたの考えていることは同じ女として分かるわ」
セネアさんがそっと私の手を握ってくれた。
肉がついているように見えない彼女の手のひらは予想以上に柔らかくって温かくて心地がいい。
「でもね、きっとティラちゃんが信じてくれていたらシャクラくんも大丈夫よ。女の勘ってやつだけどね」
悪戯っぽく首を傾げるセネアさんに私は微笑みかけた。
「ありがとうございます。シャクラ、信じるわ。でも、もしシャクラが自分で自分の行動を後悔するような出来事が起きても、私は後悔しないから」
シャクラは数秒間私の顔をじっと見つめるとふわりと笑った。
「ティラ、お前なに言ってるんだ」
「レオン、もうひとりで傷つくのはやめて」
「だから、関係ないだろ」
あえて冷たい口調で返すレオンの顔からはどんどん表情が消えていく。
また、心を閉ざしてしまいそうな彼はひどく繊細で優しく脆い存在のようだ。
「あるわ」
「……ふっ。適当なこと言うな」
そう言った彼は最初に出逢った頃のように掴みどころのないレオンになってしまっていた。
「だって、レオンのこと好きなんだもの」
私はぽつりと呟くとセネアさんは肩をぴくりと揺らし、シャクラは瞬きもしなくなり、レオンは口をだらしなく半開きにして私を見つめた。
「自分勝手な理由でしょ?でも、本当なんだもの。好きな人には苦しい想いをしてほしくないわ」
そう言ってからも3人はしばらくの間なにを言おうとしなかった。
いや、言えない状態にあっただけなのかもしれない。
「ティラちゃん……っ」
最初に動いたのはセネアさんで、私に飛びついてきた。
「うちのお嫁さんになってくれるのねっ!さっき会ったばかりだけれど、あなたにならレオンを安心して任せられるわっ」
素っ頓狂なセネアさんの言葉に今度は私が絶句する。
「母上っ、やめてください」
レオンはその様子を見て我に返ったように慌てて私をセネアさんから奪い返すといきなりぎゅうっときつく抱きしめられた。
「レ、オン??」
わたしはますます何が何だか分からなくなりシャクラに助けを求めるが、シャクラはシャクラで魂が抜けたようにレオンと抱き合っている私の姿を凝視するのみである。
こんなに無防備なシャクラを見るのは初めてだ。
「俺はこれで満足だ」
しばらくすると、レオンは満足したのか私をやっと解放してくれた。
「まあまあ、お熱いこと。私は失礼するわね。ティラちゃん、花嫁衣装は任せて頂戴ね」
「え、あ、あのっ」
反論する隙間を与えずセネアさんは颯爽と若干スキップ混じりで去って行ってしまった。
「分かってる。お前が言う好きの意味が深いものじゃないって」
「え?」
「ティラには深いもなにもないのかもしれないな。やっぱり馬鹿だ」
「馬鹿ってなによっ」
レオンがいつものレオンに戻ったことが嬉しくて私はわざと口を尖がらせて見せる。
「それより、この意外と打たれ弱い王子様をどうにかする必要がありそうだ」
そう言ってレオンがシャクラを肘でつつく。
「シャクラ?」
呼びかけても応えがない彼は可愛らしい顔を少しも動かさない。
その様子をじっと見た後レオンと私は同時に顔を見合わせてぷっと吹き出した。
「……やっぱり、好きなのか」
そうシャクラが呟いた声は私とレオンの笑い声にかき消されてしまっていた。