16. forbidden blood
「まぁ、あの方は……もしかして」
「やはり、こんなに麗しい方はシャクラ様だけだ」
「立派になられて」
「なんて美しいのかしら」
輝くような城に着くと城にいる人たちがぞろぞろと出てきてシャクラを見て歓声をあげた。
驚くことに女は皆人間離れした美女で男もシャクラやレオン並みの美男しかいない。
神格とは外見までも人間に崇められる対象なのかもしれない。
彼らはシャクラの隣にいる私に目をやる。
「シャクラ様っ!お戻りになられたのは嬉しいのですが……」
「その小さい子はどなた?」
「黒い髪に黒い瞳なんて、なんて恐ろしい……」
「シャクラ様の傍から離れなさいっ」
「汚らわしいわ。神聖な私たちの城に神格以外の者がはいるなんてっ」
私を目にした瞬間皆の視線はシャクラに送っていたものとは正反対に鋭くなった。
次々と浴びせかけられる罵声に慣れていない私は何を言われているのか理解できず、数秒間息をすることも忘れていた。
その時、シャクラが私を庇うように私の前に立つと右手を振り上げた。
それと同時に私とシャクラを中心にして周りを囲んでいた美男美女たちに勢いよく風が吹いた。
彼女らの長く艶やかな髪が乱れるほど強い風だ。
「僕の大切な子になにか文句が?」
シャクラの声は表面だけ優しいものの怒気をこれでもかと言うくらい含んでいる。
「シャクラ様、それはどういう……」
「お前たちに話す必要はない。ティラ、行くよ」
呆然と立ちつくす私の手をぐいっと引っ張り、人ごみの中を駆けると道を開けるようにぞろぞろと人が足を後退させる。
視線が痛く突き刺さるのを感じながらも私はレオンのことを考えていた。
「ティラ、あんな子たちの言うこと気にすることないよ」
シャクラが優しく声をかけてくれるのが嬉しい。
シャクラに対する様子から本当にシャクラはすごい人だったんだ、と実感させられた。
私みたいな珍しくもない人間なんかが傍にいれただけで奇跡なのかもしれない、それももうすぐなくなるんだろうけど。
真っ白で汚れひとつない廊下はどこへ行っても同じように見えてシャクラが迷いもせずにずんずん進むことが不思議だった。
時折、螺旋階段を駆け上がる。
そして、おそらく城の最上階までくるとその階にはひとつしかない金で縁どられた大きな扉の前に来た。
「ここにきっといるよ」
「うん」
意を決して私は重い扉を開いた。
「レオンっ!!」
中にいたのはさっきまで一緒にいたレオンと輝く椅子に座っている……人目で分かるほど堂々としたインペラトル、それから数人の執事らしき者だった。
レオンは皆に見守られるようにしてワイングラスにはいった赤ワインを飲もうとしていたようだ。
私の大声に中にいた者が一斉に振り返る。
そして、息をのむ音が聞こえた。
「あれは……」
「シャクラ様では?」
シャクラは黙って部屋に入るとインペラトルに近付いた。
「ティラ……どうして……」
レオンの声が掠れている。
目を見開いたレオンは私の姿を穴が開くほど見つめている。
「父上、これはどういうことですか」
「遅いぞ、シャクラ」
父上と呼ばれた人はシャクラを見て少し目を見開いた。
「質問にお答えください」
「お前がインペラトルに相応しくないとレオンが申すのでな」
「だから、あの血をレオンに飲ませようとしたのですか」
王はなんでもないと言う様子で軽く頷いた。
身体や顔の線が細いとこはシャクラにそっくりだ。
髪はレオンともシャクラとも違い光に溶けるような白に近い銀色をしている。
その髪の色がより瞳の色を恐ろしく強調させていた。
「なにか言う事があるなら申せ。今なら聞いてやらんこともない」
その一言一言は重々しくシャクラやレオンを呑みこんでしまいそうだ。
「なぜティラをこんな処へ連れてきたっ!!」
シャクラが口を開く前に事態をやっと呑み込めたらしいレオンが大声を出した。
「ほう、そういえば隣に人間がいるな」
「父上……っ」
レオンは私に興味を示した王を鋭い目で睨んだ。
しかし、そんな視線気にする様子もなく王はゆっくりと立ち上がると私に一歩一歩近づいてきた。
「真っ黒な髪に真っ黒な瞳……まるで魔族のようだが、なかなかお目にかかれない人間の乙女ではないか」
私に触れそうなほど近づいた王から離すようにシャクラが私の身体を後ろにひっぱり、抱きしめた。
「お前の側室にするのか、よかろう」
王は薄い唇を吊り上げて不敵に笑うと、また一歩近づき私の髪に指を通した。
シャクラと同じような指先なのに、その丁寧な手つきには恐ろしいほど感情が含まれていなくて恐ろしくなった。
「父上、おやめ下さい」
レオンの鋭い声と共にシャクラもさらに身を引いて私を庇ってくれた。
「レオン、お前もこの子がほしいのか?」
ゆっくりとした動作でレオンのほうを振り向くとレオンは口元をきゅっと引き締めた。
「少し、おふざけが過ぎませんか?」
シャクラが柔らかな口調で言うと皆の視線が集まった。
「レオンからその血を取り上げて下さい。彼がそんなものを飲む必要はありません」
「では誰が跡を継ぐ?お前はインペラトルの本能を拒んでいるようだが……」
王がシャクラの痩せた身体をまじまじと見ると今まで私と暮らしてきた日々すら見透かされているような錯覚に陥って気分が悪くなった。
「もう拒みません。ですが、条件があります」
レオンがシャクラの顔を瞬きもせずに見つめる。
「なんだ」
「ティラを正室に」
王が初めて表情を歪ませた。
整った顔が歪むと恐怖を感じさせる。
「人間の娘がインペラトルの妻だと?」
「はい」
「シャクラっ!ふざけんなっ」
レオンの怒りがシャクラにぶつかり、シャクラの着ていた真っ黒なコートの裾が暴れる。
「野蛮な一角獣の本能に人間に耐えられると思っておるのか?……あぁ、それともお前はそういう趣味なのか」
王が急にくつくつと笑い出した。
私は訳が分からなくてシャクラとレオンの顔を交互に見るがふたりとも真剣な眼差しを返すだけでなにも教えてはくれない。
「いえ。僕は彼女を大切にします。決して傷つけはしません」
「くそっ、この間だってあんな襲い方したくせになに言ってんだっ!!」
「あれは一角獣の本能自体も抑え込んでいたから酷く自我を失って暴走しただけだ。本能を受け入れれば、僕はティラだけを愛せる自信がある」
「無理だっ!これ以上あいつを傷つけるのは俺が許さない」
王は言い争う二人を面白そうに眺めている。
その内、レオンが急に無言になると手に持ったままのワイングラスを持ち上げて口元に近づけた。
私は本能的にそれを飲んではだめだと感じ叫ぼうとした、時……。
「やめなさいっ」
透き通る女性の凜とした声が響き渡った。
扉から入ってきたのは城にいた美女よりも圧倒的に美しいひとりの女性だ。
短く切りそろえられた真っすぐな金髪と非の打ちどころのない容姿はレオンにそっくりだ。
すうっと切れた目からは聡明さと活発さが見て取れる。
「母上……」