15. make a heavy decision
「ひとりか」
俺が王だけに使用が許される眩暈を覚えるほどの美しい装飾を隈なく施された部屋に着くと細身の身体を豪華すぎる衣服で大きく見せた父が玉座に座っていた。
鋭い眼光と意思をそのまま映したような眉に口髭をたくわえた彼は正しく王という名が相応しい。
王は俺を見るなり、おかえりなど言うわけもなくシャクラ……次のインペラトルが隣りにいないことを確認すると鋭い言葉を投げつける。
この呆れたような冷たく濁った声が自分に向けられる度、俺は自分というものが何なのか見えなくなってしまう。
ただ、自分でも自分が情けなくなり王の前から消えてしまいたくなる。
「はい。父上にお話があります」
「……話してみろ」
身動きひとつせずに椅子の肘かけに両手をのせたまま父は答えた。
「シャクラは戻ってきません。俺が父上の跡を継ぎます」
なにから話していいのかふと考えた時には分からなくなっていて、気付いたらストレートな言葉を放っていた。
「気が、ふれたか」
父は馬鹿にするように嘲笑うと大きな溜め息をひとつ吐いた。
「やはり、お前にシャクラを説得などできるはずがなかったな。期待した私が馬鹿であった」
「説得などしておりません」
思いきってそう言うと父の血のような瞳がぎらりと光って俺を焼こうとしているかのように睨みつける。
「どういうことだ」
「あんなやつに時期インペラトルは務まりません。この目で彼を見てそう判断しました」
「お前に判断ができるなどと……自惚れるな」
父は静かに言うがその怒りが広い部屋の空気に広がる。
――ピキッ
玉座の後ろにあるステンドグラスに亀裂が走る。
「インペラトルはシャクラを選んだ。お前ではない」
「しかし本人はその気はありません。その時点でインペラトルになる資格はないかと」
父は少し沈黙して髭を撫でた。
アンドレアは俺の発する言葉に心配している気配が嫌でも分かる。
「では、どうすると言うのだ?お前にインペラトルの印はでていない」
「そうです、父上……あの血を使う時が来たのではないかと思います」
俺は幼い頃から周りの者たちに聞かされていた小瓶の中身を思い出す。
恐ろしい物だから、近づいてはならないと言い聞かされてきたあの血……。
「あれを使うとどうなるか、分かって言っているのか?」
俺は今までこんなに父の目を見たことがあったのだろうか、しかし今は強い眼差しで自分の意思を伝えようと父に目で訴える。
「そうか。お前はよくできた息子だ」
「……」
「お前の能力があればインペラトルも務まるであろう……」
父がなにか決断しようとしている雰囲気にアンドレアがたじろぐ。
「レオン様、なんということを……っ」
「俺の決めたことだ。口を出すな」
振り返りもせず口早にアンドレアに命令するかのような強い口調でそう言うとそれを聞いていた父は満足気に口元を緩めた。
「お前は私によく似ているな。それで良いのだ……もっとも、あれを飲めば否応なしにそうなるが」
俺の心は今どこいあるのだろう。
きっと愛しい人がいるあの屋敷に置いてきた。
本当は父が止めてくれることを期待していたのかもしれない、そんな自分がいることに自分でも哀れで情けなくなる。
父は父ではなく、王であり俺のことも息子としては見ずあくまでもひとつの道具なのだ。
この世界の秩序を守るための。
一角獣の世界がここまで犠牲を払うべきものなのか分からなかったが、ここにこういう地位で生まれてしまった自分に道は一本しかないのだろう。
早くあの血を飲みたい衝動にも駆られる。
一刻も早く、この悲しい苦しい悔しいという気持ちを抑えるために……。
彼女に教えてもらった感情は今まで抑えつけていたせいで一気に溢れ出してきてしまったようだった。
こんなことなら、会いたくなかった……。
「少し自分の部屋で待っていろ」
「はい」
今から小瓶を用意するのだろう、アンドレアがぎょっとした顔をする。
俺はアンドレアに向かって微笑んでやるとさらに目を見開いた。
俺がさっさと部屋を後にするとアンドレアもそれについてきたが明らかに足取りが重い。
「レオン様、あれは恐ろしいものにございます。今までの記憶も感情もレオン様という人格が全てなくなってしまうのですよっ!?」
王の前では自由に喋ることのできないアンドレアは部屋を出るなり珍しく声を荒げて言う。
そんなことは分かっていた。
しかし、今は人格がなくなったほうが楽な立場にいる。
それにこうするしかあの二人を幸せにすることはできないのだろう。
シャクラに幸せになってほしいなど思わないがティラが幸せになるにはこうするしか……。
彼女の眩しい笑顔を思い出し、もう萎れてしまった真っ黒なチューリップをポケットの上から握りしめた。
アンドレアが眉をしかめて拳を握りしめる。
そうか……俺のせいで傷つく者がいないわけではないのかもしれない。
「アンドレア、ありがとう。……ごめん」
小さく呟くと彼を振り切るように足早に部屋に向かう。
「レオン様はお変わりになられました」
ぽつりと呟くアンドレアの声はすこし潤っていて涙を浮かべているのかもしれない。
「前より随分と素敵になられました」
「男に褒められても気持ち悪いだけだ」
俺はアンドレアにふっと笑みをこぼしてしまった。
「レオン様、インペラトル様がお呼びです。王の間に来るようにとのことです」
使いの者がそう伝えにきた時、俺は清々しい気持ちになっていた。
「すぐ行く」
俺が俺でなくなってもこのチューリップは持っていよう。
きっとこのチューリップをくれた彼女はこの花言葉なんて気にしていなかったのかもしれない。
それでも良いのだ、切ない想いも全てひっくるめて彼女との思い出だ。
愛しくて愛しくてたまらない。
チューリップと一緒に紙をポケットに滑り込ませた。
このくらいの我儘……初めての我儘くらい許されるだろう。