14. the beautiful castle
「ティラ、寒くない?もう少しだから」
シャクラが操るシャーロンは真っ暗な森の中、見えない道を駆けていた。
シャクラにはまるで闇の中で、草木に覆われた道が見えているかのようだ。
「大丈夫よ」
とは言ったものの夜の風の中こんなスピードで駆け抜けたことのなかった私の指は冷たくなって感覚を失っていた。
しかし、私の身体は腕以外シャクラの後ろに隠れているからまだしも、シャクラはきっととても寒いはずだ。
ベッドでげっそりと痩せて寝ていたシャクラを思い出すと私は急に彼のことが愛しくなってしまった。
時々訪れるこの感情はなんなのだろう、と考えるがそれは純粋な愛ではない気がする。
私はシャクラの背中にしがみつきながら頭だけが別の世界にいるようにぼんやりとそんなことを考えていると冷たい風が急に止んだ。
シャーロンがとまるとシャクラはふわりと地に足をつけ、草木しかない辺りを見まわし右手を前に伸ばすと手のひらを空中に向かってつきつけた。
「……」
「シャクラ?」
私はシャーロンに乗ったまま闇の中で不自然に光るシャクラの瞳を横から見守る。
「少し、待ってて……」
シャクラの静かな言葉で私は口を閉じた。
すると、つきだした脆くほっそりした手のひらに何か透明な板のようなものが出てきた。
その小さな空中に浮かぶ板はシャクラが目を閉じると同時にゆるやかな曲線を描いて地から天へ、中心から見渡すこのできないくらい広く横に広がっていき大きな壁となった。
「……っ」
私はその光景に息をのむ。
その壁は透明なベールのようでオーロラのように輝き真珠のように品がある。
私の知っている限りのものでこんなに美しいものはなかった気がする。
シャクラが目を開け指を伸ばし、その壁に触れるとその部分の壁が溶けていくかのように消えて行き、ちょうど人が一人入れるくらいの穴ができた。
「ティラ、おいで」
私を振り返ったシャクラの顔はどこかすっきりとした表情をしていた。
私は驚きながらもシャクラの元へ行くと、シャクラに手をひかれその穴をくぐる。
さっきまで見えていた透明な壁の先は森ではなく、宮殿の入口のような立派な門がたっていた。
私は咄嗟に後ろを振り返ってさっきまでいた草木しかない真っ暗な森を見た。
そして、もう一度前を向く。
「ここ……は」
「ここが僕の生まれた場所だよ」
私の手をぎゅっと握りしめたシャクラはなにか決心したようだ。
暗闇で光り輝く真っ白な城が向こうの方に見えている。
灯りがその城までの道にも、その城の周りにもひとつもないにも関わらず城はもちろん足元の一本の道も透明な壁のように輝いている。
私は美しすぎる地面を踏んでいるのが申し訳なくなってくるが、そんなことには全くかまわずシャクラは私の手をひいてずんずん歩を進めた。
これは夢なのかもしれないと重い瞬きを何度もしてから少し前を歩くシャクラの背中に頭をぶつけてみる。
「わっ、どうしたの?」
シャクラが驚いて足をとめた。
「ううん。夢なんじゃないかと思って……」
シャクラはははっと笑うと首を横に振った。
「早く行こう。レオンがなにかしでかす前に」
私はこくりと頷くと生唾を呑み込んだ。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
俺は見慣れた廊下を歩いていた。
この城は見た目こそ美しいが、返ってその美しさが恐ろしくもある。
選ばれし者の為だけの美だ、と言われているようで幼い頃からこの城で暮らしてきたのに今だに慣れない。
今思えばあいつらの住んでいる古い屋敷のほうが俺には落ち着く場所なのかもしれない。
「あら、レオン様っ」
「お帰りになってましたの?」
「まぁ、夜露に濡れましたの?髪が濡れてるわ」
俺が城につくなり贅をつくし自らの身体を美しくみせている女たちが寄ってくる。
金の腕輪にルビーの首飾り、真珠のパウダーを肌にのせた彼女らを眺める俺の目はきっと氷のように冷たい目をしている。
「レオン様ったら、どこにいらしてたの?私、寂しくて死んじゃいそうだったわ」
「私だって」
「今日もとても見目麗しくていらっしゃるのね」
「当り前よ、それより私の焼いたお菓子食べていただけます?」
きゃあきゃあ騒ぎ立てる女たちの声が頭に響いて喉元まで怒りが湧いてくる。
インペラトルの子である俺の側室になればそれなりの贅沢ができる。
そのせいで俺が産まれた時から周りの女たちは卑しく厭らしくまとわりついてくる。
女とはなんと醜いものなのか、と城に閉じ込められて育った俺はずっと軽蔑していた。
「王はどこにいる」
俺は髪を乾かそうとする女の手を払いのけると静かに怒りを精一杯隠して聞く。
「王の間にいらっしゃいます」
傍に控えていた使いのアンドレアがすぐさま答えた。
アンドレアは俺と同い年くらいなのにとてもしっかりしていていつの間にか身の回りのことは全てアンドレアに任せていた。
アンドレアと王だけが俺が城の外に出た理由を知っていた。
「そうか」
この城で信頼できる人物といえばアンドレアしかいない。
黒のタキシードがよく似会う彼は俺の教育係であり世話係でもある。
「王の間に行かれますの?」
「それなら、その後にでも私の部屋に」
「いえ、私のお菓子を」
空気の読めない女たちはなおも俺とアンドレアの後ろで騒ぐ。
俺は耐えきれず彼女らを振り返ると思いっきり睨んで見せた。
「……っ」
周りの女たちが一気に息をのみ静かになるのを確認してから踵を返した。
「……まぁ」
「素敵ね」
よすぎる俺の耳はそんな女たちの溜め息まじりの声も拾ってしまうから嫌になる。
この城から彼女の溜め息が聞こえればどんなに毎日が幸せになるだろう、少し足を止めると宙を見つめそんなことを考えてしまった。
「馬鹿だな……」
ぽつりと呟く俺にアンドレアは全て見通したような顔をした。
どこまで勘が鋭いのか、こいつは……。
「レオン様」
「なんだ」
きっと、シャクラのことを聞かれるのだろうと身構えた。
「城の外はいかがでしたか?」
やっぱりアンドレアはなんでも見通してしまう。
俺は少し考えてから答えた。
それもこの城では見せなかったような心からの微笑で。
「夢みたいだったな」