13. the beginning of new world
――コンコン
「ん……」
私は誰かが扉をノックする音で目を覚ました。
とても温かくて心地があまりにもいいので、そのまままた眠りにつこうとしたが、ノックの音は更に大きくなっていく。
「シャクラ様!シャクラ様!」
隣を見るとシャクラが気持ちよさそうに眠っていた。
あのまま泣き疲れてふたりでベッドにはいったことを思い出して、私はウィルの焦った声を聞いて身体を起こした。
「どうしたの?」
扉を開けるとビビアンとウィルが私を見てほっとしたような表情をした。
「よかった……。ティラ様はおられたのですね」
ビビアンは私の寝癖のついた髪に指を滑らす。
「……は、っていうのはどういう意味?」
いつの間にか私の後ろに立っていたシャクラが聞く。
「すぐに食堂に降りてくるとおっしゃっていたのに、いつまで経ってもおふたりがいらっしゃらないので、レオン様のお部屋に様子を見に行ったんですが……」
そこまでウィルが言うとビビアンが心配そうな顔で後を続けた。
「ティラ様もレオン様もいらっしゃらなくて、私はてっきりおふたりが屋敷を出て行かれたのかと思って」
「どうして屋敷を出て行くなんてことになるの?」
私はビビアンの手を振りほどくとその手をぎゅうっと握りしめた。
「レオン様がこの屋敷に来たときの洋服や靴がなくなっていて、その代わりに私が用意して差し上げたレオン様の身の周りのものが全て返されてあったので……」
ビビアンはレオンが屋敷に来てからレオンの母親のように世話をやいていた。
私はさっきまで一緒にいたレオンの姿を思い出していた。
やっと感情を表に出してくれるようになったレオン。
照れて小さくなる背中も力強く私を抱きしめてくれた腕も震える声も真っすぐを見つめる綺麗な瞳も……重なった唇も。
レオンは見ていられないくらいに不器用で優しすぎるのかもしれない。
シャクラを説得しにきたのに、同情してしまったうえに力を貸したり、私にシャクラのことを勘違いさせないようにちゃんと真実を話してくれたり。
レオンは自分のことを大切にしない……もっと自分のことを大切にして、と言えばよかった。
そこまで考えた時私は息を呑んだ。
「シャクラっ!?レオンとあなたはどういう関係だったの?」
急に大声を出した私にシャクラは少し驚いた様子で答えた。
「……異母兄弟だよ」
「そんなっ」
シャクラとレオンが兄弟だとすれば、レオンとシャクラの父親は同じ人物ということになる。
『どうして俺じゃなかったんだよ』という言葉が私の頭に響く。
あれは一体どういう意味だったのだろうか。
「ティラ?」
シャクラが顔を真っ青にしている私の肩をさする。
「ビビアン、ウィル。下がってくれないか?」
「しかし……」
「でも……」
シャクラはゆっくりと瞬きをした。
「お願い」
シャクラの声が重く響く。
ビビアンとウィルは一瞬顔が強張ったが、静かに一礼すると踵を返して去って行く。
「レオンは……レオンはなにかするつもりよ?嫌な予感がするの」
私はシャクラにしがみつく。
「うん。僕もだよ……。今日は珍しく身体の調子がいいんだ。すこしくらい無理はできそうだよ」
「どうしたらいいの?シャクラはどうしたいの?」
レオンがどうにかしてシャクラをインペラトルから解放させようとしていることは私もシャクラも感じ取っているようだ。
このまま何もせずに部屋に戻ってまた暖かいベッドで眠り続けていればシャクラの身体は元に戻って、また前のように毎日一緒に過ごせるかもしれない。
でも、私は誰かの犠牲にしておいて本当に幸せになれるのだろうか……。
「僕はあいつが昔から気に入らないんだ。こういうところもね……。自分を犠牲にして格好つけるような真似させない」
シャクラの瞳が徐々に赤みを帯びていく。
茶色の髪が窓を閉め切ったはずの部屋で揺れる。
「シャクラ……?」
「ティラ、君にも来てほしい。君が説得すればあいつも我に返るかもしれない」
私はこくりと頷いた。
「私、レオンに言ってあげなくちゃいけないことがあったの忘れてたの。行くわ」
シャクラは口元を緩めると私の身体を抱いた。
「それは、告白じゃないよね……?」
「さぁ?それは内緒よ」
私は笑って肩を竦めて見せた。
「連れて行きたくなくなるなぁ」
シャクラはぽつりと呟いた。
「行こうか」
「ええ」
これから、どんなところへ行くのだろう……私の胸は不安でいっぱいだった。
けれど、それと同時に少しの好奇心が体中で騒ぎだす。
「ウィル。シャーロンの用意を頼む」
「はい。すぐに」
下へ降りるとビビアンとウィルがなにやらこそこそ動き回っていた。
「ビビアン、出かけるわ」
こんなことビビアンが許すはずないと思いながら言うとビビアンは意思の強そうな目で私をじっと見て頷いた。
「お気をつけて。私はティラ様がどこにいてもお守りしますことお忘れなきように」
私はビビアンがどこへ?こんな夜中に?と驚きもせずいつもの母親のような雰囲気から急に忠誠心たっぷりの護衛の者のような雰囲気に変わったことに驚きを隠せなかった。
「夜は冷えます。こちらを……」
しかしすぐにいつものビビアンに戻ると私に外出用のずっしりと重みのある長く白いコートをかける。
「ティラ様にはやはり白が映えます。漆黒の闇の中でもティラ様だけは輝いているべきです」
「ありがとう」
ビビアンはにっこりと微笑むと私をぎゅうっと抱きしめてからすぐに離した。
シャクラは私たちの様子を目を細めて見ると、黒いコートをはおり私に手を差し出す。
「ビビアン。後は頼んだよ」
意味深な言葉にビビアンは承知とばかりに頭を垂れた。
「ティラ、早くっ」
私はシャクラに急かされてビビアンの不思議な様子の理由を聞くこともできずに外に連れ出された。
そこにはウィルとシャクラの愛馬のシャーロンが待っていた。
シャーロンはシャクラの姿が見えるなり美しい毛並みの真っ白な脚を嬉しそうにばたばたさせた。
シャクラが先程までベッドで横たわっていた人と思えないようなスピードで軽やかに馬に飛び乗ると私に向かって手を差し出す。
まるで、王子様のようだとこんな時なのに私の胸は締め付けられた。
「いってきます」
シャクラの後ろに乗り、シャクラの胸のあたりに手をまわすとビビアンとウィルに微笑んだ。
シャクラはふたりを順番に目で合図してから重々しく頷いた。
「いってらっしゃいませ」
「お気をつけて」
ふたりの声がそう言い終わらないうちにシャクラはシャーロンを走り出させた。
夜風は湿っていて思ったより冷たい。
お風呂上がりに髪を乾かさずにシャクラのベッドで寝てしまったので、長すぎる髪はまだ少し湿っているような気がする。
でも、それを確かめようとするときっとこの早すぎるスピードで闇の中を駆け抜ける馬から転げ落ちてしまうだろう。
私はシャクラに回した腕に力をこめた。
「レオン……」
ぽつりと呟いた私の小さな声は馬の駆ける音と風を切り裂いて行く音でシャクラには届かなかった。
レオンは今どこにいるのだろう。
もう一角獣の城に……レオンとシャクラの家に着いてしまったのかもしれない。
どういう気持ちでレオンはいまいるのか、私はそう思い息が詰まるような焦燥感と闘っていた。