12. the quirk of fate
「シャクラ……っ、大丈夫?」
久しぶりに灯りの灯った部屋で見るシャクラの頬はそげて元々肉がついていない顔がげっそりとしていて私は思わず息をのんだ。
「ティ、ラ?なにしてるの」
私はこちらを向いて横になっているシャクラになんの警戒もせずに近づいた。
すると、シャクラがわずかに後ろに身体を動かす。
「ご飯食べてるの?」
手を伸ばせば届くくらいの距離で私はシャクラの布団から出ている細すぎる手首に目をやった。
私の手首と同じくらい、いやもっと細いかもしれない。
少しの時間でこんなにも痩せてしまうなんて、きっとものすごく辛かったんだろう……。
「僕が……恐くないの?」
私は首を振る。
心なしかシャクラの声が震えていて咄嗟にシャクラの細い身体を抱きしめたくなった。
「あんなに酷いことしたのに、どうして……君は、……っ、ティラ!?」
私は足を一歩踏み出すとぎゅうっとシャクラの身体に覆いかぶさるようにして抱きついた。
シャクラの瞳からは大粒の滴が流れ、シーツに染みわたる。
抱きしめた背中や胸板が驚くほど薄くて強く抱きしめると壊れてしまいそうで私は少し力を抜いて包み込むように腕をまわした。
「私は、ずっとシャクラのことが大好きよ。恐くなんかないわ」
初めて声に出して自分の気持ちを言ってみたけれど、なんだか『大好き』という言葉ではこの気持ちが収まりそうになくて、それにどういう意味の好きなのか自分でもよく分からなかった。
「くっ……、」
シャクラは嗚咽をもらすほど泣きじゃくっている。
こんな彼を見たのはもちろん初めてで、気がついたら私も泣いていた。
「シャクラ、もし……もしね?私とシャクラの立場が逆で私がとても苦しんでいたら……どうする?」
「……なにか、聞いたの?」
私はシャクラから身体を離してベッドの脇に座り、シャクラと目線を同じ高さにした。
「ええ」
シャクラは目を閉じて私の視線から逃れた。
けれど、涙は先程よりも沢山流れだす。
「ごめんね、ティラっ」
「許さないわ」
シャクラがゆっくりと目を開けた。
その表情は怯えているようで、とても痛々しくて今度は私が見ていられなくなった。
「どうして、シャクラはいつもひとりで背負いこもうとするの?」
「ティラ?」
「シャクラの問題はシャクラだけのものじゃないのよ。私だってシャクラの力になりたいし、シャクラが私のことを想ってくれてるように私もシャクラのことを想ってるの。わかる?」
シャクラは涙で濡れた顔を歪ませながら頷く。
「だから……だから、シャクラがいましていることは、間違ってるわ」
「……」
「シャクラはどうするつもりなの?」
ふせていた目をあげ、私の目をじっと見つめた。
「僕は、最後までティラといたいんだ」
「そのまま死んじゃうつもり?」
私は拳をぎゅっと握りしめた。
爪が手のひらに食い込んでいるが痛みは感じない。
「どうせ、僕が城に帰ったらもうティラには会えないんだ。それなら、少しでも長い間きみと……っ」
--パシンッ
乾いた音が部屋に響いた。
シャクラは突然のことでぼんやりと私の振りおろされた手を見つめる。
私の手もじんじんして痛かった。
でも、それ以上に私の胸は痛くてたまらない。
「ふざけないでっ!!私がどんなにシャクラのことを想ってるか知らないの?どうして、シャクラは私を一番悲しませるやり方を選ぶの?」
自分でも驚くくらい大きな声で怒鳴り散らす。
シャクラの瞳から涙が止まっている。
「一番悲しませる……」
「そうよ。だって、私が一番恐いのはシャクラがどこにもいなくなることよ?どこか遠くへ行って一生会えなくなってしまうことじゃないわ」
私はずるずるっと鼻をすすって零れおちる涙を乱暴に拭う。
「それに、シャクラは私に死なないって言ったじゃない!!約束を破るの?」
私はそれ以上なにも喋れないくらい涙が出てきたので、ベッドに顔を埋めた。
涙と鼻水がシーツを濡らしていく。
「……ごめん」
私の頭を抱きしめる温もりはいつものシャクラで私はほっとした。
「僕は……自分のことしか考えてなかったのかな」
「うん」
ベッドに顔を埋めたまま喋る声はくぐもっていた。
シャクラがいまどんな顔をしているのか見たら私はきっとまたたくさん泣いてしまう。
「隠していたことがありすぎて、なにから話せばいいのか分からないよ……」
「……」
「僕が、初めてティラに会ったときのこと覚えてる?」
シャクラに初めて会ったとき……?
気がついたらシャクラはいつも隣にいたような気がする。
ぐしゃぐしゃになった顔を上げてシャクラを見る。
「僕はよく覚えているよ。君が僕を拾ってくれたんだ」
「え?」
「僕はね、父が大嫌いで母が死んだ日にあの城を飛び出したんだ。父は沢山の側室を持っていて、母は正室だった。だけど、父は母のことを全く愛していなかったんだ……。母が死んだのだって父のせいで精神が参ってしまったせいなのに、父は涙一粒も零さなかった」
話しだしたシャクラの瞳には怒りが見て取れる。
「そんな……」
「インペラトルが求めるものは優秀な子を産む女だけ、父は母の亡きがらにしがみついている僕に冷たい声でそう言ったんだ。でも、僕はそうなりたくなかった」
私は神格の世界のことなんて詳しいことは全然分からないけれど、シャクラは決してそんな人になると思えない。
「シャクラはならないわ」
震える声で言うとシャクラは悲しそうに笑って首を振った。
「昨日の僕を見ただろう?もう、理性では抑えつけられないんだ。僕がインペラトルになるのを拒否しているから昨日のような化け物になってしまう」
「化け物……」
シャクラは私の手をぎゅうっと握った。
「一角獣は本来野蛮で卑劣な生き物なんだ。ティラのような少女に傷をつけ、血を舐めとることで快感を得る生き物だ」
私は何も言えずに黙っていた。
「抑え込んでいたそんな本能が昨日の夜に一気に爆発してしまったんだ。でも、一角獣の本能を抑え込んでおかないと、インペラトルとして目覚めてしまうから……苦しいことも我慢していた。そのせいで、ティラをあんな目に……」
私はシャクラの手の甲に唇をあてた。
「辛かったでしょ。私、シャクラが隠れて苦しんでいること知ってたの」
「……まったく、君って子は」
シャクラがゆっくりと身体を起こすと私を抱きしめる。
身をひかない私の様子に安心したように溜め息をもらすと優しく頭を撫でてくれた。
それから、じっと見つめ合う。
「僕は、ティラのためにインペラトルになって生きていかないとだめなんだね」
私は息を止めて頷いた。
「私、シャクラがどこかで生きているって思えばなんでも頑張れる気がするの」
「僕もそうかもしれない」
シャクラがなにか考えている様子で呟いた。
きっと私たちはもうすぐ別れなくてはいけないのだろう。
悲しいとは感じない。
それはただ、シャクラのいない毎日が想像できないからだからなのだろうか。
私には分からない。
ここまで読んでくださって本当にありがとうございます。
ご挨拶が遅れました。宙音と申します。
これからもこんなお話ですが、見守って頂ければありがたいです。
また、好きな登場人物やご希望、ご感想にご指摘などあればお気軽にお教えください。
お願い致します。