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ユニコーン  作者: 宙音
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1. In return for his life



 広い草原にそよそよと心地のいい風が吹き、私の黒髪を揺らす。

 草の上に脚を折り曲げ座るのは思ったより気持ちが良くて、シャクラが選んでくれたシルクのワンピースの肌触りがそよ風をさらに心地よく感じさせてくれる。

 顔を上げると眩しすぎない青空が堂々と広がっている……が、天気とは裏腹に私の心は不安でいっぱいだ。

 シャクラが変った咳をし始めてもう半年は経つ。村のお医者様に診てもらったとき、お医者様は黙って首を横に振ったのだった。

「来るのが遅すぎる!!ここまで悪化していると手のつけようがない」

 白髪頭でいつも穏やかな彼は珍しく声を荒げて心から残念そう言った。

「でも、先生……シャクラが変な咳をし始めたのはついこの間なんですよ?」

「ティラちゃん。この病気はすごく珍しくて今までこの病気を発症してから完治した例はないんだ。私も初めて診たんだけど、ここまで悪化が速いとは思わなかったよ」

「えっ、でも……」

 そう言いかけた私を制するようにシャクラは私の手をぎゅうっと握った。

「ティラ、もういいよ。大丈夫だから」

 いつも通りの優しい彼の声が私の頭の上から聞えて私は泣きそうになった。

 シャクラは自分の病気をどう思っているのだろう、死んでしまうと言われているようなものなのに、こんな穏やかな声で……。

「大丈夫って、なにを根拠に言ってるのっ!!シャクラは、し……しんじゃ」

「ティラ」

 言葉の途中で耐えきれず涙がこぼれてきた私の頭をシャクラは骨ばった大きな手で撫でてくれた。


「一角獣の角があれば……」

 泣きやんだ私にお医者様はぽつりと呟いた。

「先生っ!!」

 途端にシャクラが声を荒げた。

「一角獣の角があれば、シャクラの病気は治るんですかっ?」

「ティラ、変な気は起こすな」

「だって、シャクラ?病気が治るのよ!?ねぇ?」

 私が助けを求めるとお医者様は難しい顔をしながら重々しく頷いた。

「けどね、知ってると思うけど一角獣はとても危険な生き物だ。それに、捕まえられたとしてもその悲しみで死んでしまうと言われている。一角獣の角は本体が死んでしまうと万病に効く良薬どころかどんな大きな生き物でも殺してしまうほどの毒になるんだよ」



 シャクラは一角獣のことは忘れろ、と私に言ったけど私は彼を助けることのできるたったひとつの方法を忘れることもできず、こっそり一角獣のことについて調べていた。

 一角獣は美しい白馬の姿をしていて、頭にはこれまた美しく真っすぐ伸びた白い角が一本ついている。

 その見た目にそぐわず敵意を感じる相手には凶暴になるという。実際、一角獣をとらえようとして返り討ちにあい亡くなった方が私の住む小さな村にも何人かいると聞いた。

 しかし、そんな一角獣を捕まえることのできる方法がひとつある……。

「ティラ。最近よく図書室にいるけど何をしてるんだい?」

 屋敷の大きな図書室で調べ物をし終わった私は廊下に出た時にふいに後ろから両目を大きな手で覆われた。

 ほのかに彼の香りがして胸のあたりが温かくなると同時にある決心が固まった。

「お料理を勉強してるのよ。それより、起きてきても平気なの?お腹が減ったなら食事を運ぶわよ」

「ううん。こうして普通に過ごしていたいんだ……ティラと」

 そう言って今度は私を後ろから抱きしめてくれた。


 シャクラの言動にはいつもドキドキしてしまうから困る。彼の姿は誰が見ても心奪われるものだ。

 シャクラが病気にかかったとわかってから沢山の女の子がお見舞いにやってきては涙を流して帰って行った。男の子も沢山来た。性別を問わず愛されるのは容姿だけでなく性格も素晴らしい人だけだ、といつしか祖母が言っていたのを私は思い出した。

 栗色の柔らかい髪の毛はすこし癖があってシャクラの綺麗な頬にかかっている。光の加減によっては赤にも見える茶色の瞳はぱっちりしていて睫毛も女の子より長いくらいだ。鼻筋はすらりと通っていて、その下の唇は女の子が憧れるような可愛らしいものだ。(彼は自分の少しばかりぽってりとした下唇を嫌っているが)

 全体的に中性的な容姿は私も羨ましいくらい美しい。

 でも、性格はすごく男らしくて、優しくて、たまに抜けていて、と思ったら頼りになって……。と考え始めるときりがない。


「なにを考えているの?」

「え?あ、なんでもないわ」

 そんなシャクラは物心ついた頃から私にべっとりとはりついて離れようとしなかった。

 シャクラによると赤ん坊の私を見た時から心奪われていた、とか。そんな冗談じみたことしか教えてくれないのだった。

 私も物心ついたときからシャクラが傍にいたから、それが普通になっていた。


「あっ、そうだわ。いまから街へ出てお買いものに行きたいんだけど、いつもみたいにしてくれる?」

 ずっと私に抱きついたままのシャクラに言うと彼は私の体を自分のほうへ向かせた。

「僕も一緒に行っても?」

「だめよ」

 シャクラは即答する私にあからさまに残念そうな顔をするから慌ててつけくわえた。

「だって、ほら……女の子の買い物するんだもの。その、下着とか。ね?」

 私はどう誤魔化そうかとしどろもどろになって言ったのがシャクラは恥じらっているように感じ取ったのか、納得したように頷いた。

「だから、ね?私のお洋服用意してくれる?今日は落ち着いた女の子らしいのがいいわ」

「もちろん」

 口元をほころばせて言うシャクラは本当に嬉しそうだ。




 そして、今に至る。

 一角獣を捕える方法はひとつ。

 清純な乙女が彼らの好みそうな場所……静かで誰もいない草原などで座っていると一角獣は自然と乙女の元へ近寄り、その膝に頬をうずめるという。

 その時に捕まえればいい、と本には書いてあったが……どうやって捕まえるのかはどの本を読んでも書いておらず、時間も限られて焦っていた私は何もいい考えが浮かばないままここに座っている。

 そもそも一角獣が現れる確率はないに等しい。

 それでも、どんなに低い確率でもシャクラを救える可能性がゼロでないのなら私のするべきことは決まっていたから。

「お願い……」

 そう呟くと同時にシルクのワンピースに滴がおちていた。

 きらきらと輝く小さな滴は布にしみこむことなく膝の上を滑り草の上へ落ちていく。

 綺麗……。

 そう思った途端につぎつぎと滴が落ちてくる。

 あぁ、下を向いてちゃだめね……。


 さくさく……。

 柔らかな草の上を何かが踏みながら歩く音がする。

 なぜか、目をあげてはいけない気がして私はずっと膝を見たままになる。シルクのワンピースが一カ所滴で色が微かに変わっているのが分かった。


「……っ」

 ふわりと白いなにかが私の傍にきたかと思うと、それは膝に頬ずりをした。

 美しい白馬だが、頭から一本の角が生えている。間違いなく一角獣だ。

 驚きと恐ろしさが入り混じった感情の中で私は微動だにできなくなっていた。

 


――どれくらい時間が経っただろうか、一角獣は私の膝に頭をのせたまま大きな体を横たえると気持ちよさそうに寝てしまった。

 慣れてきた私は一角獣を観察し始めた。

「綺麗ね……」

 閉じられた瞼、伏せられた長い睫毛、真っ白で気品さえ漂う毛並み……どれを見ても溜め息が出るほど美しい。

 そして、角。私はなにかの力でひっぱられるように角に視線がいってしまう。

 真っ白で汚れひとつない角はくるくると螺旋の模様がついている。少しの歪みもなく真っすぐに伸びる角はまさに言葉にできない美しさだ。


 角に魅せられているとだんだん瞼が重くなってきた……。




「おい……ろ……」


 遠くで誰かんお声がする。聞き慣れない声だけど、不思議と魅力だと感じる声だ。

「おいっ」

「ん……」

 ゆっくりと瞼を上げると目の前にはひとりの青年がいた。

 なぜか彼は私の膝に堂々と頭をのせて下から私を見上げている。

「えっ!?きゃぁっ」

「いてっ」

 私は驚いて飛び上がると、青年は頭を地面にうちつけ顔を痛そうにしかめた。

「あ、あの……ごめんなさいっ!!」

「急に振り払うことないだろ……」

「そのっ、びっくりしてしまって。ほんとにごめんなさい!だ、大丈夫ですか?」

 と聞くと、青年は確認するように首を何回か傾かせ大丈夫か確認してから、脚を折り曲げ胡坐をかいた。

「大丈夫だ」

「はぁ。よかったぁ」

 私はほっと息を吐いた。

 それから、私はお尻についた草をぱんぱんと払うときちんと座りなおしてまじまじと目の前にいる青年を観察した。

 ここら辺では見たこともない容姿だ。整いすぎて畏敬の念さえ覚えられる。

 座っていはいるがその脚はすらりと長く伸びているし、彼の着ている白い麻布から出ている肩や腕は程良く筋肉がついていて目を奪われるほど美しい。

 癖が全くと言っていいほどない黄金色の髪に見ていると吸い込まれそうになる深い海の色の両目。鼻は高く、唇は薄く整っている。そのどれをとっても美しく、配置も完璧すぎる。

「あんまり見るなよ」

「え?……あ、つい」

「ついってなんだよ。変な奴だな」

 変な奴……。その一言にむっとしつつも大事なことを思い出した。

「あっ」

「今度はなんだよ?変な奴」

「一角獣がいたのにっ、どこかに逃げてしまったんだわ……。あと、私の名前は『変な奴』じゃないわよ」

「じゃあ、なんて言うんだ?」

 最初に言ったことを彼は気にする様子はない。普通、一角獣がいたと言えば誰だって驚くのに。

 冗談だと思われているのかもしれない。

「ティラよ。それより一角獣が……シャクラ……」

 せっかくのチャンスだったのに、そんなときに暢気に寝てしまった自分がとても嫌になると同時にシャクラの病気のことを思い出し涙が溢れ出た。

「……」

 青年が泣いている私をじっと見ているが、涙を止めることもできず俯いて両手で顔を隠す。

「どうして一角獣なんて探してたんだ?」

 しばらくして私が泣きやむと青年は静かに聞いた。

「シャクラが、大切な人が病気になったの。お医者様はもう手遅れだって言うけど一角獣の角があったらどうにかなるかもって……」

 一言一言を選びながら喋る。

「病気ねぇ……。お前はそいつを一角獣の角で無理矢理治したいのか?」

 無理矢理、という言葉が胸に深く突き刺さる。

「無理矢理?」

「ああ、だってそうだろう。人間は弱い生き物だ。重い病気にかかりゃ死ぬし、怪我でも死んだりする、感情が鋭すぎて死ぬこともあるだろ。弱い生き物の寿命を無理矢理伸ばすことがどんなことか分かっているのか?」

「どういうこと?」

 青年は大きく行きを吐つと頭をかいた。彼のさらさらな髪の毛が少し乱れる。

「俺は神様なんて信じてないけどな、自分以外の力でなにかを変えようとしたら絶対に代償が必要になるんだ」

 私は息をとめて彼の話に聞き入る。

「その例がお前のしようとしてることだ。病気が一角獣の力で治ったとして、そいつが今まで通りの生活ができると思うか?」

「え?」

 私の心臓がうるさく鳴っている。

「それは、無理だな。人間たちの作った文献には一角獣のことについては詳しく書かれてなかっただろう。医者だって一角獣の角で実際に治った人間のその後を知ってはいなかったんだろ?」

 そういえば、村で一角獣の角を使った人の話は全く聞いたことがない。それは、一角獣がとても珍しい生き物だからだと思っていたし、治った後のことなんて考えもしていなかった。

「愚かだな」

 青年は吐き捨てるように呟くと私の顔を睨むように見た。

 視線の鋭さに私は思わず後退りをする。

「大切な人をなんとしてでも助けたいと思うのが愚かですって?」

 私は怯えながらも青年を睨み返す。

「本当にそいつが大切ならその後のことも考えるだろ」

「そっ、それは……」

「一角獣の角を体内に取り入れば確かにどんな毒でも病気でも治る。そのくらい解毒作用は強力だ」

 私はこくりと頷く。その後に彼が何を言おうとしているのか分かってきた……。

「問題はその後、人間の身体が強力すぎる解毒作用に耐えれるかどうかだ。まぁ、ほとんどの人間は耐え切れないな。そして死んでいく」

「そんな……」

「それでも、そいつの生命力を試すって言うのか?」

 どうしよう。確かに青年の言う事は筋が通っていて納得させられるものだ。シャクラが耐えれるのかどうかなんて私にも全く分からない。

 でも、シャクラの身体は放っておいても壊れてしまう。それなら……。


「ええ。シャクラを信じるわ」

 私は頬に伝っていた涙の跡をごしごしと擦って立ち上がると胡坐をかいて座っている青年を真っすぐ見据えて言い放つ。

「……ふんっ」

 青年は鼻で笑い、薄い唇の片端が少し吊り上がった。

 整った顔立ちをしているだけになにかを企んだような顔は少々怖い。

「なら、協力してやるよ」

「ふぇ?」

 思いもかけない青年の言葉に私は間抜けな声を出す。

「だから、俺の力が必要なんだろ?早くそいつのとこに連れてけよ」

 青年はそう言って面倒くさそうに立ち上がると首を鳴らした。

「あなた、なに言ってるの?」

「もちろん、俺が協力してやるんだからお礼はたっぷりもらうけどな」

 私はさっきからわけのわからないことを言い続ける彼を呆然と眺めた。

「間抜け面してんぞ」

「あなたさっきから失礼なのよっ」

 むっとして咄嗟に言い返すと思いかけず青年は眩しい笑顔を作った。



「俺の名前はレオンだ」

 美しい金色の髪をなびかせながら彼は、レオンは言った。

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