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非日常的なおねだり

 卒業式の朝、太陽もいつにもまして張り切っているようだ。見慣れたはずの通学路も、今朝ばかりは眩く神々しい。桜も身を削って、門出を祝う花道をつくりあげてくれている。

 とうとう、この日が来た。鈴木は緊張と達成感に胸を高鳴らせ、ほんの少し大人びた気分で校門をくぐった。――ところまではよかったのだ。

「とぼけてんじゃないわよっ!」

「この目でちゃんと見たんだから」

 そう。いきなりクラスの女子三人組に校舎裏に連れ込まれるまでは。

「な、なんの話ですか!?」

 とぼけた覚えはない。ただ、パニック状態で、彼女たちの言葉が理解できないだけだった。

 女子に囲まれ怯えているこの状況。中学男子として恥ずべき事態だろう。だが、鈴木は威勢を張ることすらできずに、縮み上がっていた。

 鈴木を取り囲む三人組――バレー部に所属する彼女たちは、その背の高さ以外はいたって普通の女の子だ。皆、ショートヘアで、元気ハツラツ。事実、クラスではいつもキャッキャキャッキャと騒いで、クラスに華を添えていた。

 だからこそ、だろう。今、鬼のような形相で迫ってくる彼女たちがあまりに恐ろしく感じるのは。もはやスケバン。よっちゃん一味に近いものを感じる。

 まさか、卒業式の朝になって正体を明かそうと決意したのだろうか。自分はその記念に捧げられる生贄か。祭壇に捧げられる子羊の姿が自分と重なった。

「何かしたなら謝りますー!」

 鈴木はとっさに頭を下げて謝っていた。

「別に謝んなくていいわよ」

「はい、すみませ……! って、え?」

 急に柔らかくなった少女の口調に、鈴木は不思議に思って顔を上げた。

「頼みたいことがあるだけなんだから」

 少女たちは恥ずかしそうに頬を赤らめている。スケバンが一転、恋する乙女に。怒りと殺気に満ちていたはずの場が、なぜかいきなりはにかみムードだ。

「あのぅ……?」

 おずおずと声をかけた鈴木に、真ん中の少女――堀圭子がぽつりと言う。

「メルアド、教えなさいよ」

「め、めるあど……って、俺の?」

「んなわけないでしょ!」くわっと目を見開いて、圭子は声を荒らげた。「曽良くんのよ!」

「曽良って……藤本くん?」

「昨日、曽良くんと映画観に行ってたでしょ。しかも、レイトショー!」

「私たち、ちゃんと見たんだから」

 それまで黙っていた両サイドの二人が口々に証言を始める。

「曽良くんとレイトショーなんて、お金払ってでも行きたいくらいなのに……なんでよりにもよってあんたなのよ、田中!?」

「いや、田中じゃないんですけど」

「いつから、曽良くんと仲良かったのよ? クラスメイトなんだから、少しは私たちにおすそわけしようとか思わないわけ?」

「おすそわけって……」

「とにかく、曽良くんのメルアド、教えなさいよっ!」

 集中砲火にあって、鈴木はぼろぼろだ。疲労感が恐怖心に勝った瞬間だった。

 また……あいつか。――へらへらと笑う『がっかりイケメン』が思い浮かんだ。

「期待を裏切るようで申し訳ないんですけど、藤本くんのメルアドなんて俺は知らないんで」

「はあ!?」

 少女たちの不満の声が鼓膜につんと突き刺さり、鈴木は顔をしかめた。

「そんなわけないでしょ! 友達なんでしょ!?」

「そりゃあ、曽良くんのメルアドなんて、あんたのケータイじゃキャパ超えだろうけど」

「昨日の朝だって、あんたに会うために、曽良くんはわざわざ窓から入ってきたし。信じられないけど……仲良いってことでしょ?」

 その前に、窓から入ってきた事実に疑問を持ってほしいところだが……。

「仲が良いというか、ここ数日いろいろと巻き込まれただけで、友達、てわけじゃ……知り合い、ではあるかもしれないけど」

 鈴木の声は徐々にしぼんでいった。

 友達か、と聞かれれば、やはり答えに困るのだ。相手はあの『がっかりイケメン』。学校の注目の的で、一緒に映画を観に行っただけでここまで女子を騒がせてしまう。そんな藤本曽良と、いつまでたっても『田中』の自分。友達? いや、やはり不自然だ。今日の卒業式が終われば、どうせもう会うこともなくなるのだろうし――。

「なぁんだ」

 舌打ちでもしそうな不機嫌な声に鈴木は我に返った。

「ま、いいわ」と、圭子はつまらなさそうに腕を組む。

 諦めてくれる。ようやく、卒業式の朝をしんみりと過ごせそうだ。――と、ほっとしかけたのもつかの間、鈴木に思わぬ言葉が襲いかかる。

「んじゃ、第二ボタンもらってきてよ」

「……は!?」

 第二ボタン? その懐かしくも不吉な響きに、ぞっと悪寒が走った。

「ね」と圭子はにこりと微笑む。「お願い、田中クン」

 これまでの態度が嘘のように、少女たちは健気に両手を合わせてキラキラと輝く瞳を向けてくる。

 そんな三人の少女たちを前に、鈴木はサハラ砂漠のど真ん中にいるような錯覚に陥った。

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