表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
30/39

非日常的な誘い

「砺波とは連絡とってるみたいなんだけどさ、俺のことはまるで避けてるみたいにメールも電話も無視するんだよ」

 それって、本気で避けてるんじゃ――言いかけた言葉を、鈴木は飲み込んだ。

「その人ってどんな人なんですか?」

 試しに聞いてみると、曽良はしばらく考えてから、

「昔から真面目で面倒見よくて……でも、ちょっと神経質だったかな」

 ストレスを抱えそうな性格だ。確信を得て、鈴木は思わず泣きそうになった。


 ――もう疲れた。


 そんなセリフを小学生が吐くとは……いったい、どれほどこの『がっかりイケメン』に振り回されたのだろうか。

 間違いない。その人物が別の中学へ進学したのは、この『がっかりイケメン』が原因なのだろう。

「そうそう」思い出したように、曽良は満面の笑みで切り出す。「なんとなく殿に似てるかも」

「俺に……ですか」

 鈴木にとって、誰かに似ていると言われるのは日常茶飯事。別に驚きはしない。

「この前、砺波に最近の写真見せてもらったんだけど……うん、似てるよ! 黒髪短髪、地味めなとことか」

「ああ、黒髪短髪、地味めなとこですか」

 さらりと流そうと思った、そのとき。黒髪短髪、地味な男の子――あまりに聞き覚えのあるそのフレーズに、鈴木は時が止まったかのように停止した。

 幼馴染の少年が、黒髪短髪、地味な男の子……。


 ――砺波の好きなタイプ、聞いといたんだ。黒髪短髪、地味な男の子、て言ってたよ。


 そのとき初めて、鈴木はイケメンの顔を殴りたくなったという。

「間違いなく、その人じゃないですかー!」

 鈴木の心の叫びが夕暮れの公園に響き渡った。

「なにが?」

「藤本さんが好きな人ですよ!」鈴木は今にも掴みかからん勢いで曽良に詰め寄る。「なんで気づいてないんですか!? 気づくでしょう、普通! 使いまわしの問題用紙に薄く答えが書かれてるくらい、ヒント盛りだくさんでしょう!」

 だが、曽良は暢気に笑って本気にする様子はない。

「なに言ってるの、殿。そんなわけないよ」

 あっさり否定され、鈴木は呆気にとられた。間違いない、と思ったのだが……曽良の言い方は自信満々。確信があるようだ。

「根拠でも……あるんですか?」

「だって俺たち三人、昔から仲良かったんだよ。三人でお風呂はいったこともあるし」

「……だからなんですか」

「だからだよ」

「……」

 曽良は屈託のない笑みを浮かべるだけで、それ以上何も付け加える気配はなかった。

 鈴木は言い知れない脱力感に見舞われて、気が遠のいた。

「もう、いいです」

 砺波をかばうようなまともなところを見せたと思えばこれだ。やはり、謎だ。このイケメン、謎すぎる。

 とりあえず、砺波に好きな人がいようがいまいが、今となっては関係ないことだろう。こっぴどく嫌われたはずだから……。

「さて」落ち込む鈴木をよそに、すっきりした様子で曽良は立ち上がった。「そろそろ行く? まだ間に合いそうだし」

 いきなりの誘いに鈴木は「は?」と聞き返す。

「間に合うって……?」

「映画」

「えいが? って、あ!」

 ポケットの中にある二枚のチケットを思い出し、鈴木はハッとした。そういえば、砺波を映画に誘うように、と曽良からもらったのだった。すっかり、忘れていた。

「でも……」と鈴木は引きつり笑顔で曽良を見上げる。「男二人で映画観るんですか?」

「俺じゃ不満?」

「不満、というか……」

「その映画、観たことあるからサ。次に何が起こるか、隣で逐一教えてあげるよ」

「それは助かる――って、ただの嫌がらせでしょう!」

「そう? 先が分かったほうが安心するじゃない」

「空気が読めない占い師ですか」

 言いつつも、ダイヤモンドさえかすみそうな眩い笑顔を見上げて、鈴木は思い直す。

 よく考えてみれば……目の前にいるのは、あの『がっかりイケメン』。性別も関係なく、学校中の羨望の眼差しが向けられる憧れの的。そんな彼と映画を観に行くなんて、鈴木の平均的な人生に起こるはずもなかった大革命だ。

 学校中――いや、『がっかりイケメン』を知るこの地域一帯の女子が夢見るビッグイベントが、まさか自分に舞い降りてくるとは。

 きっとこれは最後のチャンスだ。卒業したら、もうこの『がっかりイケメン』と会うこともなくなる。明日の卒業を前に、最後の非日常を堪能したって罰は当たらないだろう。

「藤本くんと映画を観たなんて知れたら、学校中の女子に袋叩きにあいそうですけどね」

 冗談っぽくそう言うと、曽良は怪訝そうに「なに、それ?」と眉根を寄せた。

「なんでもないですよ」鈴木は照れたように笑って、すっくと立ち上がった。「そうですよね、せっかくだし……行きましょうか」

 ――そう。明日の卒業で、『がっかりイケメン』ともよっちゃんたちともお別れ。一昨日、ひょんなことから『がっかりイケメン』と知り合って始まった鈴木の非日常も終わりを告げる。そして、特に高校デビューをするわけでもなく、また鈴木の平均的な日常が始まるのだろう。


 卒業するのが急に寂しく思えた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ