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平均的な週番

 がっかりイケメン、藤本曽良。はたして何が、がっかり、なのだろうか。沈みかけの太陽の光を浴びながら、サクサクと草を踏みつつ、鈴木は考えていた。

「授業中は必ず寝てるよ」と、ある生徒は言う。

「義務教育をいいことに、まず授業に来ない」と、ある生徒は言う。

 かと思えば、

「頭はいいらしいよ。定期試験の順位も結構いいって噂」

「運動神経はやばいくらいすげぇらしいぜ。軽々とダンク決めたの見た奴がいる、て。でも体育祭には出てこないんだよなぁ」

「あれだけかっこいいでしょう。だから、スカウトもされるんだって。でも、必ず断るらしいよ。興味ないのかしらね、そういうの」

 鈴木は「う~ん」と唸った。首を傾げるしかないだろう。がっかりイケメン、藤本曽良。聞きこみをすればするほど、得体の知れないイケメンだ。

 いや、そもそも……。


「なんで、曽良くんを調べてるの?」


「え?」鈴木はハッと我に返って振り返る。「なに、佐藤さん?」

 隣を歩いていたのは、同じクラスの佐藤春香だ。

 肩にふれる程度のさらりとした黒髪。斜めに流した長い前髪を水色のピンで留めている。ぱっちりとした目はやや垂れて優しげ。素朴で気品にあふれ、まさに大和撫子、といったところだ。物静かな彼女は、それでも存在感があり、クラスの男子にも密かな人気がある。

 なぜ、そんな彼女と鈴木が一緒にいるのか。

 答えは単純、週番だからだ。

 放課後、クラスのゴミを校舎裏の焼却炉まで運ぶ。これが週番としての最後の務め。卒業式はもう三日後だから、中学生活最後のゴミ捨てといえるだろう。

「お昼休みに、中野くんに曽良くんのこと聞いているの見かけたから。調べてるんでしょう、藤本曽良くんのこと」

 春香は黒いゴミ袋を片手にくすりと笑んだ。

「え……あ、うん。ちょっと、ね」

 なんだ、その返事は。鈴木は自分で呆れてしまった。いつまでたっても、女子と話すときはあたふたとしてしまう。三年間同じクラスで、さらに今年一年週番で一緒だった春香は、鈴木にとって唯一落ち着いて話ができる女子なのだが……それでも、この有様だ。情けない。鈴木は春香に気づかれないよう、そっとため息を漏らした。

「曽良くんって、何かと謎の多い人だもんね。気になるの、分かるよ」春香は難しい表情を浮かべて、うん、と頷いた。「それで、何か分かったの?」

「そうだなぁ……授業に来ないのに頭がよくて、運動神経いいのに体育祭には来ない。イケメンなのに目立とうとしない。うん、何も分からない」

 鈴木は眉を曇らせ、ひきつり笑顔。両手で抱えているゴミ箱を持ち直すと、ガランガラン、とビンや缶が鈴木を嘲笑うかのように音を立てた。

「そういえば、私、曽良くんと付き合ってた子と話したことあるよ」

「え!?」

 思わぬ情報源だ。鈴木は目をむいて春香を見つめる。すると、春香は「やだな」と苦笑する。

「そんな期待しないで。曽良くんの自由すぎる言動にふりまわされて別れちゃった、て話しか聞いてないから」

「じ、自由すぎる言動……」

 いったい、どんな言動だ。想像もできずに顔をしかめる鈴木の隣で、春香は「あ」と何か閃いたような声をあげる。

「そうだ! 藤本さんに聞いたらどうかな」

「藤本さん?」

「そうそう。藤本砺波ちゃんよ。知ってるでしょ? ウチのアイドルだもんね」

 どきり、と鈴木の心臓が飛び跳ねた。脳裏をよぎったのは、「お金貸して」と天使のような笑顔で声をかけてきた少女だ。

 顔が赤らむのを感じて、鈴木はあわててそれを隠すようにそっぽをむいた。すると、校舎を囲むように植えられた桜の木々が目に飛び込んできた。ピンク色に染まった花びらが風に舞って飛んでいく。その様をうっとりと見つめながら、鈴木は憧れの少女に思いを馳せた。風と戯れる花びらの中、ウェーブがかった髪を振り乱してこちらに振り返る砺波の姿を思い浮かべる。

 ――ああ、桜の花がよく似合う。

「鈴木くん、どうしたの?」

「!」

 意識が一気に現実に引き戻されて、鈴木は「いやいや、なんでもないよ」とぎこちなくはぐらかした。

「藤本さんね。うん、もちろん知ってるよ。でも……なんで、急に藤本さん?」

「だって、あの二人――『ダブル藤本』って、幼馴染でしょ」

「幼馴染!?」

 ぎょっとして鈴木は振り返った。

 幼馴染……なんて甘美な響きだ。――いやいや、そんな問題じゃない。

「まさか付き合ってる……とか?」

「ううん。ただの幼馴染だ、て。あんなバカに恋愛感情は抱けない、て藤本さんが言ってたらしいよ」

「あんなバカ?」

 あの藤本砺波がそんなことを言ったのか。可憐で愛らしい、あの少女が。あまりにもイメージと違って、鈴木は面食らった。

「なぁに、鈴木くん。変な顔」

 こらえきれなかったのか、春香は遠慮がちに笑いだした。

 鈴木は「いや、別に!」と顔を前に向き直し、「あと少しだね」なんて言ってごまかした。芝居がかってはいたが、嘘ではなかった。焼却炉はすぐそこに迫っていた。目の前の角を曲がれば、校舎裏。春香とこうして二人きりで話すのもこれで最後か、と感慨に浸りかけた鈴木だったが――、

「なに、すました顔してんだよ、ええ!?」

 いきなり、そんなどすのきいた声が辺りに響き渡って、鈴木はぎくりとして足を止めた。

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