非日常的な幼馴染
鈴木はギクリとして目を見開いた。心を読まれたかと思った。
ちらりと横に視線をやると、全てを見透かすような澄んだ瞳がじっとこちらを見据えていた。その整った顔立ちには、諭すような冷静な笑みが浮かんでいる。まるで僧侶と対峙しているようような気分になった。
「一応、言っておくよ」急に、曽良は低い声で切り出した。「見た目とのギャップはひどいだろうけど、それだけのことだから」
「はい?」
「あいつ、悪い奴じゃないんだ。すぐ暴力に走るのは考えものなんだけど……自分の信念に忠実、というか。善意の押し付けが激しいというか。とりあえず、悪気はないんだ」
「……」
鈴木はぽかんとしてしまった。これはもしや、曽良は砺波をかばっている?
なんと真面目で凛々しい表情だ。男相手に見とれてしまっても、これなら誰も鈴木を責めやしないだろう。
あまりに今までの曽良とは雰囲気が違うせいで、鈴木は緊張すら感じていた。だからだろう。いつのまにやら、正座になっていたのは。
「い、いや」と慌てて鈴木は首を横に振った。「分かってますよ。藤本さんは俺を助けようとしてくれただけで……俺がカツアゲされてると思って、わざわざ助けに来てくれたんですもんね。金まで取り返そうとしてくれて……」
声が自然としぼんでいった。
鈴木は顔色を曇らせ、黙り込んだ。勢い任せに言いながら、確かにそうだ、と気づいたのだ。曽良の言う通りだ。
よく考えれば、砺波はとんでもなく『いい人』ではないか。
曽良がよっちゃんたちにカツアゲされていると誤解したとき、――『第三ボタン』につっこんでしまって、結果的に止めに入ったことにはなったが――自分は物陰に隠れてどうしようか悩んでいるだけだった。
だが、砺波はどうだろう。名前も知らない自分を助けに、堂々と不良たちの前に躍り出た。
――それが、人を心配して駆けつけて来てやった奴への態度かぁ!?
全くだ。そりゃあ、ハイキックも出る。怒るのも当然だ。勘違いはあったが、砺波の言動は善意からのものだった。それを見事に踏みにじってしまったのだ。『天使』のようにどこからともなく舞い降りて、『女神』さながらの圧倒的な力で自分を救おうとしてくれたのに。
「謝らなきゃ……」
ぽつりとひとりごちると、曽良のアヒル口にいつもの暢気な笑みが浮かんだ。
「頭を下げたところに踵落としがきそうだけどね」
「かかとぉっ!?」
「冗談、冗談」
はっはっは、と軽く笑うイケメン。しかし、鈴木の表情は曇ったままだ。砺波の問答無用のハイキックを味わってしまった今、踵落としももう冗談には聞こえない。
「砺波がまさか、ここまでやんちゃになるとは……俺らの責任かな。小さいころから男二人の遊びに付き合わせちゃったから」
やんちゃ、で済むようなハイキックではなかったが――いや、そんなことより、だ。突然、懺悔でもするかのように漏らした曽良に、鈴木は眉をひそめる。
「『俺ら』って……」
「あぁ、実はさ、今は『ダブル藤本』なんて呼ばれてるけど、昔は『藤本トリオ』て言われてたんだ」
「トリオ……三人だった、てことですか?」
「中学入るまではね。もう一人いたんだ」
「へえ」と、鈴木は目を瞬かせた。もう一人いたなんて、初耳だ。「その人、今はどこにいるんです?」
その瞬間、曽良の表情が明らかに険しくなった。
鈴木は己の失態を悟った。学校中で有名な幼馴染の二人。そこに加わるべきはずの、聞いたこともないもう一人の存在。――察するべきだった。
「小学校を卒業するとき……」沈んだ表情のまま、曽良はおもむろに口を開いた。「もう疲れた、て言ってさ」
鈴木は瞠目する。
「まさか……」
曽良は鈴木のつぶやきに応えるかのようにため息を漏らした。
憂いに満ちたその横顔は、罪深くも儚げで、また魅力的だった。やがて大人しくしていたアヒル口がふっと開かれる。
「いきなり、俺らに何も言わずに……別の中学にはいったんだ」
「……は? 別の中学?」
「近くに名門の私立男子中学あるでしょ。そこだよ。一言くらいあってもよかったのにサ」
「……」
つまり、違う中学に進学しただけ? もっと深刻な事態を想像していただけに、気が抜けてしまった。紛らわしい態度をとった曽良に怒りを感じつつも、とりあえず幼馴染が元気だと知って鈴木は安堵した。
しかし……と、鈴木は顔をしかめる。ダブル藤本を去ったという、もう一人の幼馴染。彼の『もう疲れた』という言葉。その意図が気になって仕方なかった。――ほぼ、予想はついてはいたが。