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非日常的な目覚め

 暖かなそよ風と春の香りに包まれる中、どこからか鼻歌が聞こえてきた。

 なんだろう、とてもいい気分だ。

 瞼を開けば、そこはメルヘンな世界が広がっているに違いない。ひらひらと七色の蝶が舞うお花畑。翼を休めるペガサス。楽しげに駆け回る天使たち。鈴木は安らかな笑みを浮かべながら、そんなメルヘンを思い描いて目を覚ました。

 橙色の眩い光が視界に広がって、木々の囁く声がした。

 ふと気がつくと、あの鼻歌が止んでいる。いったい、誰だったのだろうか? と周りを見渡し――、


「やあ。気分はどう?」


 鈴木は息を呑んだ。

 夕日に照らされたその笑顔は、たしかにメルヘン。どんな女性も一度は思い描くだろう『王子さま』そのもの。木に寄りかかって座っているだけで様になる。それだけで、まるで大聖堂に飾られた荘厳な宗教画を目の前にしているかのように圧倒される。奇跡なんて単語さえ頭に浮かんでしまう。

 そりゃあ、こんな『王子さま』なら、寝てる間に勝手にキスされても、セクハラで訴えようとか思うわけもないだろう。目覚めすっきりで結婚しようという気にもなるはずだ。これがイケメンと、平均的な自分との違いか。鈴木は自嘲ぎみにふっと鼻で笑った。

 って、イケメン?

「藤本くん!?」鈴木は一気に現実に引き戻されて、勢いよく起き上がった。「なんで、ここに……!?」

「なんで……て、そりゃあ、公園中に殿の怒声が響き渡ったからねぇ。駆けつけるサ」曽良はいたずらっぽくクスリと笑う。「砺波のハイキックを顔面に食らったんだって? よく鼻も折れずに済んだね。おめでと」

「ハイキック……」

 徐々に、信じたくもない世にも恐ろしい出来事が、頬に感じる生々しい痛みとともによみがえってくる。

 さあっと血の気が引くのを感じた。なんてことだ。あれは現実なのか。まさか、本当に不良をかばって学園のアイドルに怒鳴りつけたのか。

 まだ居たのかと文句を言いたくなるような冷たい風が吹きつけてきた。

 夕焼けが落ちる公園には、もう子供がはしゃぐ声もなくなっていた。さっきまで学園のアイドルと不良が争っていたのが嘘のような静けさ。いったい、自分は何時間気を失っていたというのか。――と、そこで鈴木はふいに疑問に思った。

「藤本くん、もしかして……ずっと、付いててくれたんですか?」

「そうだけど?」

「いったい何時間……」

「さあ」

「さあって……」

 けろっと返され、鈴木は調子が狂った。ここに来たのは昼前だったから、少なくとも四時間以上は経っているはずだ。

「さっきまでラガーマンズもいたんだよ。でも、ラグビー部の集まりがあるみたいでさ。卒業式前夜だしねぇ。『すまねぇ!』とか泣き叫んで帰ってった。よっちゃんなんて『後ろ髪がひかれる』とか言ってさ。どっちかといったら、前髪だよね」

「そうなんですか」

 まさか、よっちゃんたちも付き添っていてくれたというわけか。嬉しいような、照れくさいような、妙な気分になって鈴木は頬をかいた。

「ちなみに、砺波はさっさと帰ったみたいだよ。そりゃもう、怒り心頭で。嘘だったとはいえ、一応待ち合わせしてたってのに、俺にメールもないんだから。よっぽどだねぇ」

 いきなり背中から心臓を一突きされたようだった。よくもまあ、さらりと言ってくれたものだ。鈴木はがっくりとうなだれる。

「……完璧、嫌われましたよね」

 そりゃ、この『泥舟タイタニック作戦』で藤本砺波と本気でどうにかなれると期待していたわけではない。もともと、玉砕覚悟だった。だが、はっきり嫌われることになるとは、鈴木のマイナス思考をもってしても想定外の事態だった。いや、そもそも、想定外といえば……。

「驚きました」ぽつりと半ば無意識に鈴木は漏らす。「まさか藤本さんがあんなに……」

 二年間、憧れ続けた藤本砺波。可憐で愛くるしくて、妖精さえも嫉妬するだろうと思えた。天使とか女神とかに近い――そう、『暴力』とはかけ離れた存在。そう思っていた。

 だが、目の前に現れた藤本砺波は不良を鞄で殴りとばすや、暴言をはきまくり、おまけに自分にハイキックをお見舞いして去っていった。とてもじゃないが……。

「やんちゃでしょう。――見た目に似合わず」

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