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非日常的な天使

「それじゃ」ひょいっと手を挙げ、曽良は爽やかに微笑んだ。「俺は砺波に見つかるとまずいから、遠目から見守ることにするよ」

 遠目から? 思わぬ言葉が飛び出して、鈴木はぎょっとした。

「あとは頼んだよ、ラガーマンズ」

「ふん」と、よっちゃんは腕を組んで鼻で笑った。「さっさと行け」

「そうするよ。じゃ、またね。殿」

「またね、て……藤本くん!?」

 敬礼でもするかのような仕草で別れを告げ、曽良は鈴木の引き止める声を背に去っていく。木々の陰に消えていく背中を見つめながら、鈴木は心細さと不安に眉を曇らせていた。

 そんな鈴木の心情を察したのだろうか、よっちゃんは急に渋い表情を浮かべて「鈴木よぅ」と語りかけてきた。

「人生なんてよ、流しそうめんみてぇなもんなんだよ」

 この不良はいきなり何を言い出した? 鈴木は思わず、「は!?」と不躾な態度で聞き返していた。しかし、よっちゃんは気にする様子もなく、眉間に皺を寄せ、遠くを見つめて続ける。

「チャンスはいつだって流れてる。つかむかどうかは、お前次第っ!」

「……!」

 鈴木は目を見開き、唖然とした。心が奮えた。よっちゃんの言葉――意味は分からなかったが――その力強さに圧倒された。「よ、よっちゃん」と、不良たちの感動の声も聞こえてくる。

「だろ?」にやりと口角を上げ、よっちゃんは鈴木に視線を向ける。「それが、『Yesそうめん』ってもんじゃねぇか」

 明らかにアホなことを言っている。リーゼントがしたり顔でくだらないダジャレをぶっぱなした。それだけだ。それだけのはずなのに……なのに、なぜだろう。なぜか、感動していた。

 鈴木は胸の奥で燃え盛る熱い『何か』を感じていた。力が湧いてくるのだ。やる気がみなぎる。得体の知れない自信がふつふつとこみあげてくる。これは……よっちゃんの言葉が火をつけたこれは、まさか――。

「お前も、感じてるんだな」

 ポン、と鈴木の肩に手を置き、さらりと髪をはらう白井さん。にやりと浮かべた笑顔は、どこか惜しい。

「そう。それが男気だ!」

 ぐっと親指を見せ、モヒカン頭、はるちゃんが続いた。

「お、男気……これが?」

 得体の知れない力を手に入れた勇者のように、鈴木はその両手を見つめた。震えているのは怖いからではないだろう。

「武者震い、だなぁ」

 くつくつ笑って、はるちゃんが鈴木の肩に手を回してきた。

 白井さんとはるちゃんに挟まれているこの状況。これまでの鈴木なら、失神でもしているだろうが、今は違う。――なぜなら、今、鈴木には男気が宿っている。


 ――チャンスはいつだって流れてる。つかむかどうかは、お前次第っ!


 よっちゃんの言葉を心の中で反芻し、瞼を閉じる。

 チャンス。

 そうだ、これはチャンスじゃないか。『平均的』な自分に訪れた、一世一代のチャンス。

 思い出せ。どうして、砺波に告白したいと思ったのか。曽良とよっちゃんが首をつっこんできたから? いや、違う。もともと、自分は告白する気だった。――少なくとも、告白したいと思っていた。

 冷静になって考えてみれば、曽良たちのお陰じゃないか。どれほど『泥舟タイタニック作戦』がありきたりで救いようがなくとも、彼らがチャンスをくれたことに変わりはないんだ。彼らが居なければ、ただの妄想で終わっていたに違いない。砺波に声をかけることもできずに終わっていた。このまま、中学生活も『平均的だった』で終わっていた。もうそれでいいや、と諦めていたはずだ。

 よっちゃんの言う通りだ。チャンスが流れてきたんだ。――『平均的』だった自分から卒業するチャンスが! だったら、男としてやるべきことは一つ。

 ぐっと拳をつかんで、鈴木は目を見開いた。

「つかんでみせます! このそうめん」

「おう、その意気だ! そうと決まれば、アレだな」とよっちゃんは両脇のはるちゃんと白井さんの肩に腕を回す。「男気フォーメーションだ」

「おおっ!」

 はるちゃんと白井さんの威勢のいい声があたりに木霊する。

「お……男気フォーメーションって、これは――」

 円陣だ! 気づいたときには、鈴木は不良たちの輪に加わっていた。

「お前ならやれるぜ、鈴木」

「藤本砺波にガツンとかましてやれ」

 肩にのしかかるはるちゃんと白井さんの腕が重い。まるで、彼らの想いを象徴するかのように。

「鈴木、気合いれんぞ」

 よっちゃんのその低い声が地響きでも起こしそうだった。鋭い眼光がまぶしい。不敵な笑みがたくましい。そのリーゼントはぐりぐりと迫り来るようだ。

「はい!」

 鈴木は腹から声を絞り出して応えていた。

 なんてことだ。ただの不良だと思っていたのに。ずっと、彼らに近づかないようにしていたってのに……。

 がたいの大きい男三人と組む円陣は、姿勢としては苦しいものがあったが、それでも鈴木は、精一杯、彼らの一員になろうとしていた。

「鈴木、男になれよ!」

 よっちゃんのかけ声が、その場に……いや、きっと、公園中に響き渡っている。

「はい!」

 負けじと鈴木も声を張り上げる。

「まだ足りねぇ!」とよっちゃんの叱咤が飛ぶ。「腹から声だせ!」

「はい!」

「まだ足りねぇよ、もっと出せ!」

「はいっ!」

「まだ足りねえって!」

「すみませーん!」

「おら、もっと出せー!」

「はいー!!」

「もっと出せって言ってんだろー!」

「は……」

 かたく瞼を閉じ、喉から血がでるほどに声を張り上げようとした――そのときだった。

「昼間っからなにしてんのよ!?」

 天までも貫きそうな甲高い声が響き渡った。

 咄嗟に振り返るよっちゃん。円陣が乱れ、散らばる不良たち。そうして、開かれた鈴木の視界に立っていたのは――。

 鈴木は息を呑んだ。

 太陽の光はまるで神の祝福のよう。風までがはしゃぎだし、どこからか桜の花びらを運びこんできた。それらは桃色の羽衣となって、神々しい天女のような少女を包み込む。

 深みのある大きな黒い瞳は穢れなく純真で、ふっくらとした唇は小さく愛らしい。清純そうな顔立ちの中に宿る子どものようなあどけなさ。ひらひらなびく聖域へのカーテン――いや、紺色のスカートは、反則的な短さで男心を焦らして止まない。

 その場にいる全員の視線を奪い、堂々たる風格で佇む気高きその様。

 鈴木は動けずにいた。彼女の魅力に、心と一緒に魂までも奪われてしまったかのようだった。 

「藤本……砺波」

 誰かがその名を漏らしていた。

 ――そう、妖精のごとく、突然目の前に現れたのは、鈴木の想い人にして学園のアイドル、藤本砺波だった。

 砺波はふっとため息ついて、ウェーブがかった髪をふわりとはらうと、 

「三年間の置き勉がつまった鞄よ!」パンパンにつまった鞄を掲げ、宣戦布告でもするかのように声を高らかに上げた。「その空っぽの頭に教養ってやつを直接叩きこんであげるわ」

 誰一人として、反応できなかった。単純に、砺波の言動が理解不能だった。砺波がその鞄をよっちゃん目がけて振りかぶるまでは――。

「こんな貧弱な奴から、金巻き上げて何が楽しいのよ、このゴリラ!」

「金って、なんの話――ぐわぁっ!?」

 中学生が三年間で持てる全ての知識がつまった鞄が、ゴリラの……いや、よっちゃんの顎に直撃した。響き渡る鈍い音――それが、出航を前に沈みゆく『泥舟タイタニック』の汽笛であることなど、鈴木には知る由もなかった。

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