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非日常的な訪問者

 卒業式を明日に控え、どことなく哀愁の香り漂う教室。そこで一人、青白い顔に恐怖を張り付けた少年が。彼はふとため息ついて、ちらりと視線をずらした。その黒い瞳がとらえたのは、机の上に置かれた恋愛成就のお守り――いや、彼にとってはもはや呪いのアイテムかもしれない。

 昨日、これを受け取ってしまったがために……後悔ばかりが募る。しかし、何ができる。あのリーゼント・ラガーマンに「ノー」と言えるような度胸は彼にはない。

 とりあえず、あれから、曽良もよっちゃんも姿を見せることはなかった。


 ――決まってるだろ。お前と藤本砺波をくっつけるんだよ。

 ――砺波とは長い付き合いだから、任せてよ、殿。


 意気揚々とそう宣言し、保健室をあとにした二人。いったい、どこへ行って、何を企んでいるのか。

 学園の王子と番長を引き連れ、己の恋路を歩く――想像しただけでも意味不明だ。嫌な予感しかしない。

 鈴木はげんなりとした表情で窓の外へと視線を向けた。

 できることなら、このまま姿を現さないでほしい。このまま、平穏無事に明日の卒業式を迎えたい。もう平均的な中学生活のままでもいいから――窓の向こうに見えるイケメンを見つめながら、鈴木はぼんやりとそんなことを考えていた。

「って……イケメン!?」

「やあ、殿!」

「うわあ!?」

 思わず、鈴木はイスごと後ろに転げていた。

 途端に、ざわめく教室。無論、鈴木を心配して……というわけではない。「きゃあ」という黄色い悲鳴。それに続く「曽良くんだ」という感嘆混じりの感激の声。

 鈴木は血相変えて立ち上がると、突然現れた美少年を指差す。――そう、突然、ベランダに現れたイケメンに。

「どこから現れてるんです!?」

「窓から」と満面の笑みを浮かべて、曽良はガラリと窓を開けた。

「それは分かってますよっ」

「じゃあ、なんで聞くのサ?」

 理解できないな、と言いたげに小首を傾げてから、曽良はひらりと窓枠を飛び越え、華麗に教室に舞い降りる。開かれた窓から注ぎこむ朝日が後光のように彼を照らして、その姿はまるで天使に見えた。

 だからだろう。教室中がしんと静まり返ったのは。

 目をうっとりとさせ、頬を赤らめる女子生徒たち。言葉を失いあっけにとられる男子生徒たち。唯一、鈴木だけが疲れ果てたような表情を浮かべているのだった。

「放課後、駅前の公園」

 唐突に、曽良は自信満々の笑みでそう言い放った。周囲の視線を気にかける様子もない。ただ真っ直ぐに鈴木だけを見つめている。

「はい?」と鈴木が怪訝そうに聞き返すと、曽良はくすりと笑って鈴木に顔を近づけた。

「泥舟タイタニック作戦だよ」言って、片目を瞑リ、「クルーもそろえたからね」

 小声で囁かれたその言葉に、鈴木の顔は一気に青ざめた。

「それじゃ」

 軽い調子でそれだけ言って、曽良は鈴木の肩を叩いて去っていく。

 「おはよう、曽良くぅん」と、普段より一オクターブ以上高い同級生たちの声が背後から聞こえてきた。「なんで田中と……」と不満げにぶつぶつつぶやく声も混じっている。しかし、もはや「俺は鈴木だ」とか、そんなことを言ってられる余裕はなかった。鈴木は呆然と立ち尽くしていた。

 泥舟タイタニック作戦――ここまで失敗しか匂わせない作戦名は他にないだろう。そんなネーミングセンスの持ち主が、どれほどの計画を立てられるというのだ。それだけではない。さらに、不吉なのは……。

「クルーって……」

 頭に浮かぶのは、曽良が舵を取る豪華客船の甲板で、潮風にリーゼントをなびかせるよっちゃんの姿。

 鈴木は頭を抱えた。まさか、二人とも本気だなんて……。

 沈むと分かっている船にむざむざ乗ることもないはずだが、「すっぽかす」とか「ばっくれる」とかいう言葉は鈴木の辞書にはなかった。

 青春の終わりを告げる鐘の音が確かに聞こえた気がして、鈴木は力なく微笑んだ。――それはまるで全てを悟った菩薩のような笑みだったという。

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