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非日常的なお礼

「ほら、受け取れ。何してんだ?」

 受け取れ? なにやら様子が変だ。声色も穏やかで、怒っている風ではない。

 腹をくくっておそるおそる顔を上げると、目に飛びこんできたのはよっちゃんの握り拳。受け取れって、パンチか! 思わず、「ひえっ」と悲鳴をあげて後ろに飛び退く。が、拳は追ってくる様子はない。それどころか、じっと大人しく待っているようだ。

 きょとんとしていると、「悪かったな」とよっちゃんが苦笑した。

「夕べ、恵理ちゃんと電話してたらそのまま寝ちまって。あいつらからのメールに気づかなかったんだよな。そのせいで、あいつら、早とちりしたみたいでよ。俺がお前と藤本曽良に何かされたと思ったみたいだ。昨日、俺がもめたのはお前らだけだからな」 

「早とちり?」

 そういえば……と、鈴木は思い出す。


 ――夕べからよっちゃんからメールが返ってこねぇんだよ!


 どちらだったかは忘れたが、ラガーマンの一人がそう言っていたような気がする。

「安心しろ。お前が寝てる間に誤解は解いといた。もうあいつらがお前を狙うことはねぇよ」

「はあ」

 そう言われても、すんなり納得できるわけもない。

「とにかく、受け取れ。夕べの礼だ」

「……」

 鈴木はごくりと生唾を飲みこみ、よっちゃんの拳を凝視する。

 とりあえず、殴ろうという動きはない。自分に危害を加えようという気はない、と考えていいのだろうか。いや、そう結論づけるのも早計に過ぎるというものだろう。

 なんといっても、相手はリーゼントだ。

 もしかしたら、あの拳の中に凶器が仕込まれているのかもしれない。自分を人質にとって曽良をおびき出す……なんともリーゼントが考えそうなことではないか。

 しかし、たとえ、そうだとしても鈴木にどんな選択肢があるというのだろう。

「おら、手、出せよ! 受け取れねぇのかよ!」

 そう言われてしまえば、「はい!」といさぎよく右手を差し出すしかない。

 カタカタと震える鈴木の右手が、よっちゃんの右拳の下へと伸びていく。

 おそろしい。いったい、何が落ちてくるのか。

 にやりとよっちゃんが笑む気配がした。ハッとしたのも束の間、手を引く暇もなく、よっちゃんの右手が開かれ、そして――。

「へ……?」

 痛みも何もなかった。それどころか、大して重さもない。

 あまりに警戒しすぎていたせいか、それが何か気づくまで時間がかかった。じっと見つめる先で、手の平に横たわるもの。細長い台形の真っ赤な布袋だった。金の糸で『恋愛成就』と刺繍がされている。鈴木は目をぱちくりとさせ、小首を傾げた。

「……お守り?」

「ただのお守りじゃないぜ! 恵理ちゃんおすすめの、効果バツグンの恋愛成就のお守りだ」

 想像すらしていなかった展開に、鈴木は唖然としてしまった。

「んだよ? 文句あんのか?」

 よっちゃんの表情が険しくなって、鈴木ははっと我に返った。

「あ、ありましぇん!」と叫んで、赤べこのように何度も頭を下げる。「ありがとうございます、ありがとうございます」

 へへ、と言いたげによっちゃんは頬を赤らめ鼻をかいた。

「お前のおかげで、恵理ちゃんとうまくいったわけだからよ。お前は一応、俺と恵理ちゃんの恋のキューピッドっつうかよ」

「こ、恋のキューピッド?」

「そうだろうよ。お前がいなかったら、俺たちは付き合ってねぇんだし。だから、恵理ちゃんがよ、お前にも幸せになってほしい、て言ってさ。そのお守りを渡そう、て話になったんだよ」

「坂本さんが……」

 自然と顔がほころんでいた。お礼にお守り、か。第二ボタンといい、ミサンガといい、なんとも古風な子だ。

 ここにきて、ようやく鈴木は肩の力を抜くことができた。考えすぎだったようだ、と苦笑い。よっちゃんの言う『礼』は、『お礼参り』のそれではなかったのだ。リーゼントだからといって、深読みをしすぎた。

 赤いお守りをぎゅっと握りしめ、鈴木は安堵のため息を漏らした。

 まるでそれを見計らったかのようなタイミングで、よっちゃんは「さて」と満面の笑みで腰に手をあてがった。

「恵理ちゃんおすすめの恋愛成就のお守りを手に入れたんだから、お前も彼女をゲットしねぇとな」

「そうですね」

 女の子のおすすめなら、きっと有名な神社のお守りなんだろう。鈴木は目を細めて、赤いお守りを見つめる。

 鈴木は信心深いほうではない。お守りの力も信じてはいないのだが、恵理やよっちゃんの気持ちが嬉しかった。大事にしよう、と思った。

 ――そう。このときはまだ、鈴木は気づいていなかったのだ。その手に握るお守りの、とんでもない効力を。

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