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平均的なラガーマン

 外はもう日が落ちかけて、薄暗くなった教室で、鈴木は一人、悩んでいた。

 『がっかりイケメン』はこれから、坂本恵理という女子生徒にあんなことやこんなことをしようとしている。付き合う気もないのに、自分に好意を寄せる女性の気持ちを弄ぼうとしているのだ。

 ついさっき、教室の前の廊下を通り過ぎていく『がっかりイケメン』を目にした。スキップなんかして上機嫌だった。きっと、これから待ち合わせの場所に行くに違いない。うまく誘えたのだろう。そりゃそうだ。彼はイケメンだ。しかも恵理は曽良に憧れているという。誘えないわけがない。

 ああ、どうしよう。窓際の席で、鈴木は張り詰めた表情で机を睨みつけていた。

 このまま、放っておくのか。

「……」

 ――いや、だめだ!

 鈴木は立ち上がった。イケメンの好きにさせるか。自分も男だ。中学生活最後に、伝説を残そうじゃあないか。悪しきイケメンから、麗しき女生徒を救う、という伝説を。


「大変です!」

 そんなわけで、覚悟を決めた鈴木は、とある場所に駆けこんでいた。

「さ、坂本……坂本さんが、イケメンの餌食に!」

「あぁ?」

 扉を開けるとそこは、雪国――ならぬ、不良のたまり場。

「んだよ、てめぇ?」

 パンチパーマの男が、虎のような目つきで威嚇するように睨みつけてくる。鈴木は今にも逃げだしそうな足を、なんとかその場に食いどどめていた。

 そこは、グラウンドの隅の部室棟にある一室。二階の角にあるラグビー部の部室だ。窓は締め切られて換気が悪く、ほこりっぽい。ぼこぼこにへこんだロッカーが、ベンチに座ってたむろう四人の不良たちを囲んでいる。

「あ、あの……その、『よっちゃん』、います? き、緊急事態、で」

「よっちゃん先輩? てめぇ、誰だよ?」 

「す、鈴木と、申します!」

 これでも鈴木は三年生だ。学校にはもう同い年か年下の生徒しかいない。目の前のパンチパーマが年上だという可能性は――数ヶ月の差を除けば――ほぼ無い。それなのに、まるで上官に接する新兵のような態度をとってしまう。

 しかたない。パンチパーマはこわい。

「ど、どうしても、『よっちゃん』さんにお会いしたく……」

「よっちゃん先輩に何の用だよ?」

「その……坂本さんがイケメンにあんなことやこんなことをされてしまいそうなので――」

 こらえるように目を瞑り、必死に口を動かして報告していた、そのときだった。

「あんなことや、こんなことだと!?」

 いきなり、背後で野太い声がした。「ちぃーっす」と、パンチパーマや他の不良たちの低い声がそれに続く。

 鈴木がハッとして振り返ると、

「どういうことだ? 恵理ちゃんがあんなことやこんなことをされるってのは!?」

 そこに立っていたのは、リーゼント・ラガーマンだった。

 ごつごつととした四角い輪郭。相変わらず、鋭い目つき。もともと、老けた……いや、貫禄のある顔つきがさらに険しくなって、まるで金剛力士の阿形像のようだ。その迫力が、彼の巨体をさらに大きく見せている。

 普段だったら、こんな不良と対峙したら震えあがっていただろうが、今は違う。初めて、鈴木は不良を前にしてほっと安堵していた。

「お前……」とリーゼント・ラガーマンは細い眉をぴくりと動かし、目を眇める。「さっきの奴じゃねぇか!?」

 くるりと身を翻して部室に背を向け、鈴木はこわばった表情でリーゼント・ラガーマンを見上げた。

「坂本さんが好意をもっている、と知って、藤本曽良があんなことやこんなことをしようとしているんです! 六時に駅前の公園で待ち合わせする、とか言ってスキップででかけていきました!」

「スキップ!? ふざけやがって」

 リーゼント・ラガーマンは拳を握りしめた。今にも彼の体から憤怒の炎が燃え上がりそうだ。

「藤本曽良……ただじゃおかねぇ」

「とにかく、止めたほうがいいと思います。坂本さんが危ない!」

 鈴木が慌てた様子でそう促すと、「おう!」とリーゼント・ラガーマンは気合十分の表情で鈴木に視線を向けた。

「恩にきるぜ、田中!」

 こめかみに血管を浮き上がらせて、リーゼント・ラガーマンは踵を返して走り出す。

「鈴木です!」

 鈴木もそのあとを追うように駆けだした。


 すっかり辺りは夜の様相を帯び、さらさらと桜の木が寝息をたてていた。

 時刻は、まもなく五時四十五分……。

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