【天使】養殖・第三話(14)
「おおきに、おおきに。助かったわ……」
ふらつきながら襟紗鈴に、ついで少女に礼を言うて、天使長は乱闘の中心から逃れ出、ほんで、ためらいがちに神女の隣に立つ。
仮装者の群れが急激にふくれあがり、目の前の通りを大河みたいに轟々と流れていきよる。流れの向こうで天使長の嫁がじいっとこっち見てる。
襟紗鈴が引き続き手のひら舞わして仮装者らを昏倒させ、今度は痴天使を救い出してよった。
「……おおきに」
びっくりした顔で言う痴天使(口調は確かに天使長に似てるかもしれん)を、襟紗鈴は無遠慮な目えで眺めて、
「何? 何いな……?」
そう言われてもさらに眺めてたかと思うと。
いきなり痴天使の肩を掻き抱いて、
「ぎゃあっ! なにすんのんちかんっ!」
その股間に手え突っこんで握った。
「なんかそんな気がしたんだよね……」て、襟紗鈴、「あんたやっぱり女の子なんじゃん!」
「じかに訊いたらええやんか……お礼ついでに教えるやん……!」
痴天使が半泣きで抗議してよる。
「あの、神女はん」て、ためらいがちに天使長が、「どないされます、これから……?」
「汝はどうしたい?」
問い返されて天使長、顔いがめて、
「こうなってしもたからには……。この平野はもう少々の方策ではどもなりまへん……今は捨て置いて帰るしかないと……」
「であるそかり?」
圧倒的な美貌を照り光らして神女は答え、
「ならば吾は汝の献策どおりにせむ!」
変態仮装の奔流からこちらへ、少女と襟紗鈴それに痴天使が上がってくる。
重度憑依人格の集いと化した目の前の街区。しかも狂乱の渦は刻一刻広がりつつある。
「ごめん」て、襟紗鈴が少女を見て言うた。「あたし、この人たちについていこうと思う。本当のことを知るにはそれしかないって感じるし、何よりあたし、身寄りないから。天涯孤独の自由だから」
「孤独じゃないよ」
て、少女は笑い、
「自由だけど孤独じゃない。私がいる。いつだってつながっていよう! 襟紗鈴ちゃんの選択、私尊重するから」
ほんで、対岸からまだこちら見てる始天使アヅマエルを見返して、
「だから私も、私にできることをする。見てて襟紗鈴ちゃん、また会おうね」
そう言うて、再び仮装の大河へ取って返しよった。
少女がそのまま始天使の方へ渡っていく。
「よろしおす」
始天使はかすかに笑ろてつぶやき、
「あんさんはうちの手元に居りよしンジュ……」
襟紗鈴が身をかがめ、今度は痴天使の方を向いた。
「あんた、ほんとの名前はなんていうの? なんとか天使じゃないやつ」
「そんなんあらへん」痴天使はわびしげに、「マミーがつけてくれたんはこの“痴天使ユデガエル”だけ……」
そのマミーからも今は切り捨てられた。
「じゃあさ」
襟紗鈴は明るく声をはずまして、
「じゃあ、あたしがつけてあげるっ!“鈴々音”ってどう? 私の妹になりなよ!」
そんなやりとりを聞きながら天使長は空を仰ぎ、
「やっぱり東国やな。日の出が早いわ」
疲れたみたいな嘆息を漏らしよった。
赤じそ味のサイダーめいた色した東雲が幾筋も見えてよる。大気中のうるおいが足りてへんせいか、屏風絵みたいに十分たなびききれてへんのがどこか悲しい。
襟紗鈴は神女と天使長を見比べ、結果、
「天使長さん」
下っ端の方へ話しかけた。
「あたしに教えてくれる? 関西弁を」
「ええで」
て、すかさず天使長、
「懇切丁寧に教えたる、上日本語な」
にやりと笑ろて答えよった。(『天使養殖』第三話「もろびとひじりて」完)




