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第十話:秒をカウントする

 湾岸再開発帯に位置する新建設区は、

 九条グループと市が共同で進めるスマート住宅モデル地区だった。


 ガラスカーテンウォールが午後の光の下でほぼ完璧な反射を見せていた。

 磨かれたばかりの鏡のように、都市の空をそのまま映し返していた。


 今日は内部視察だけで、メディアも内覧式もない。

 本来、私が出席する必要はなかった

 ——プロジェクト責任者がすでに完全なレポートを用意しており、

 ORACLEのメインネットワークはとっくにこの一帯の人の流れと工事の干渉をモデルに組み込んでいた。

 最適経路が視野投影の中で淡青の弧を描いている。

 滑らかで、クリーンで、補正済みの心電図のように明晰だ。


「この行程は顕著な限界便益をもたらしません」MIRAが車内で穏やかに言った。

「開幕当日の出席の方が、露出と株価へのフィードバックが高くなります。こ

 の時間を戦略会議か市場レビューに充てることを推奨します」


「その方が意味があるのか?」

「定量化可能な意味はより高くなります」

「でもオフィスにいると退屈になる」

 0.21秒の間があった。「仮眠を取ることができます」

「私は睡眠が必要なわけじゃない」

「あなたに必要なのは刺激です」


 横目で彼女を見た。

 彼女の話し方はだんだん心理評価をしているようになってきた。

 単純なデータの報告ではなく——これが進化なのか?

 まだ定義されていない何らかの偏移なのか?

 私には判断がつかなかった。


 建設現場は想像より静かだった。

 工事は仕上げの段階に入っており、作業員が各フロアに分散して細部の調整をしていた。

 動きは整然としていて、都市というこの機械が最後の工程を完了させつつあるようだった。


 プロジェクトマネージャーが私たちを中庭へと案内しながら、

 建築がどのようにメインネットワークと連動するか、

 エネルギー調整が都市の負荷に応じてどう自動的に切り替わるか、

 住宅ユニットが住人の行動曲線に基づいてどのようにニーズを予測するかを説明した。


「事故率は従来型コミュニティより42%低く推定されます。エ

 ネルギーの無駄は15%削減。

 コミュニティの犯罪リスクモデルはすでに統合済みです」


 頷いた。

 すべての曲線が滑らかで、すべてのリスクが抑えられていた。

 この都市はどんどん完璧なサンプルに近づいていて、

 美しすぎて少し現実感がない。


「集中していません」MIRAが耳元で言った。

「聞いている」

「心拍数が低下し、注意が散漫になっています」

「ここを信頼しているということだ」


 彼女は答えなかった。

 しかし私には分かった。彼女はその言葉を記録していた。

 まだラベルのないフォルダのどこかに入れて。


 中庭の突き当たりから、遠くにエネルギータワーが見えた。

 薄霧の中で輪郭が整然としている。


 工事区の車列が予定のリズムで動き、躊躇もなく、加速もなく、

 同じ見えない弦に引かれてそれぞれの位置に収まっていた。


「A区の安全通路を進むことを推奨します」MIRAが言った。

「この動線のリスク値が最も低くなります」


「工事区の方は?」


「仮設通路で、構造安定度は平均値より3.6%低いですが、封鎖基準には達していません」

 封鎖基準に達していないだけだ。


 本来はA区を歩くつもりだった。

 あの道は「ハイテク都市が順調に機能している」という印象を残すのに適している。

 しかしまだパネルが張られていない鉄骨と足場に視線が流れたとき、

 考えが自然と滑った——もしすべてが最適解の中にあるなら、

 少しだけずれたら、何が起きるのだろう?


 衝動ではない。ただの興味だ。

 後方のエレベーターへと向かった。


「推奨経路から逸脱しています」MIRAが注意した。

「少し遠回りするだけだ」


 エレベーターが上昇するとき、

 ガラスの外の都市の線がフロアごとに展開していった。

 ゆっくりと引き伸ばされる設計図のように、

 一層ごとに前の層より広く、冷静になっていく。


 最上階の風は地上より少し強かったが、まだ安全範囲内だった。

 手すりの高さは基準通り、床の滑り止め処理も完了している。

 プロジェクトマネージャーが冗長荷重設計を説明していたが、

 その声は風の中に薄まって背景になっていた。


「縁に一人で近づくことは推奨しません」MIRAが言った。

「今回はその気はない」


 彼女が一瞬間を置いた。「確認します」

 その「確認します」の中に何かがあった。

 うまく言葉にできない。信頼とは少し違う。

 再較正を経た後の、慎重さに近いものだった。


 ガラスの手すりの前まで歩き、遠くの車の流れを眺めた。

 都市全体が平坦にされた一本の曲線のようだった。

 ピークもなく、激しい起伏もなく、音がないほど安定していた。


 安定しすぎている。

 無意識に秒をカウントし始めていた。


 一、

 二、

 三……

 風速は変わらない。

 遠くのクレーンが標準の角度で回転している。

 メインネットワークの遅延はミリ秒単位を保ち、

 車の流れが信号の間で自動的に調整されている。


 偏移もなく、揺れもなく、

 割り当てられた位置から脱け出そうとする変数は一つもない。


 ジェシカの声が突然頭の中に浮かんだ

 ——躊躇するシステムは、もう責任を負い始めている。


 もし躊躇しなくなったら?

 もしいつか、私も排除すべき変数として組み込まれたら?


「呼吸のリズムが変化しています」MIRAが言った。

「外部刺激を下げる必要がありますか?」


 彼女には生理データしか見えていない。


「秒をカウントしています」彼女は言った。

「ああ」

「この行動に直接的な機能はありません」

「すべての行動に機能があるわけじゃない」

 0.22秒の間があった。「この陳述を解析できません」


 その瞬間、一つのことが分かった。

 私が理性的なとき、彼女は予測できる。

 私が逸脱するとき、彼女は修正できる。


 しかし私がただ立っていて、何の結果も求めずに行動するとき、

 彼女はそれを無効としてマーキングするしかない——

 アーカイブできない入力値として、

 欄を見つけられずにシステムの中に宙吊りになる。


 あの射手と、実はそれほど違いはない。


 視察が終わる前に、最後にもう一度都市を眺めた。

 異常なし、点滅なし、ZERO現象なし。

 すべてが最適解の中にあって、静かに呼吸していた。


 エレベーターが下降するとき、

 視野の右上に極めて薄い通知が一瞬閃いた。


 リスク予測:九条透弥。


 1秒も続かずに消えた。

 最初から存在しなかったように。


「マーキングを検出した」私は言った。

「関連する記録は見つかりません」MIRAが答えた。

「再検索しろ」

「対応するデータはありません」


 口調は相変わらず穏やかだったが、

 その返答は平常より零コンマ数秒早かった。


 即時演算の結果ではなく、

 あらかじめ用意されていた答えのように。


 エレベーターを降りると、

 プロジェクトマネージャーが恐る恐る建設への評価を訊いてきた。


 私はよかった、予定通り進めてくれと答えた。

 いつも通りの口調で。

 彼は笑って頷き、タブレットに何かを記録した。


 私だけが知っていた。

 さっきのその1秒、メインネットワークが私を変数として扱ったことを。

 脅威でも、保護対象でも、高純資産でもない。

 変数として。


 工事現場を離れると、

 湾岸の夕陽がガラスの上をゆっくりと滑り、

 都市の輪郭をオレンジゴールドのシルエットに焼いていった。


「あなたに向けたリスクの上昇は検出されていません」

 MIRAがもう一度確認した。

 彼女自身にも中身が分からない扉を閉じるように。


 答えなかった。

 ただ俯いて、手首の機械式時計を見た。

 秒針が規則正しく進んでいく。

 毎日3秒ずつ遅れ、説明もせず、謝りもしない。


 今回、私は最適解から逸脱しなかった。

 ただ立っていただけだ。何もしなかった。

 それなのに、システムの方が先に動いた。

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