第8章 ― 嵐と戦術
地平線が――消えた。
不自然な嵐が、すべてを喰らい尽くしていた。
空も、海も、理性さえも。
〈死の悪魔〉は天候そのものを支配していた。
黒雲はエネルギーに満ち、
稲妻は螺旋を描き、
暴風は紙のように戦闘機を引き裂く。
濃密で腐食性の雨が降り注ぎ、金属が泣くような音を立てた。
レーダーは盲目。
戦闘は、もはや原始的な本能だけが頼りだった。
カズキは嵐の中心へと突入する。
一陣の風が機体を裏返しにしかけ、
閃光が視界を奪うたび、ほんの一瞬の命を賭ける。
身体はもはや正確に反応しない。
三日間、まともに眠っていない。
夢の中では、いつも――
血に濡れた自分の手が、知らぬ命を奪っていた。
その時、声が響いた。
深く、静かに、そしていつもそこにある存在。
> 「私に操縦を委ねろ、カズキ。容易く生き延びられる。」
カズキは歯を食いしばった。
> 「……自分で制御できる。」
――嘘だった。
稲光の中から、影が現れた。
完璧な編隊を組む敵の戦闘機群。
カズキは瞬時に解析する。
角度、速度、軌道――。
これはただの空賊ではない。
訓練されたパイロットたち。
もしかすると、脱走兵。
> 「なるほど……戦術戦か。誰が上か、確かめよう。」
〈インフェルノ・ブラスター〉起動。
狙いをつけたのは「敵の現在位置」ではなく――「次の位置」。
リーダー機は、まっすぐ光線の軌道へ飛び込んだ。
翠色の爆発が雲間を照らす。
二機目が回り込みを図る。
カズキは〈デスカット〉の回転モードを展開。
エネルギーの刃が敵の翼を絹のように裂いた。
三機目が後退を始める。
カズキは追撃しなかった。
> 「行け。見たことを伝えろ。」
巨大な雷が海面を撃ち抜いた。
水蒸気が天柱のように立ち上り、
世界の輪郭を呑み込む。
その中で、カズキは深く息を吸い、自らに言い聞かせた。
> 「お前の力は必要だ……だが、支配は要らない。」
一瞬、心の中が静まり返る。
そして、声が戻った。
興味深げに、どこか尊敬すら滲ませて。
> 「興味深い……協調を求めるのか、人間よ?」
カズキは心の中で頷いた。
> 「目的は生存だ。無意味な虐殺は――敗北と同じだ。」
長い沈黙。
〈戦の神〉は考え込んでいるようだった。
> 「人間は脆弱……だが、時に驚かせる。よかろう。節制を試みよう。」
――脆い同盟が、そこで結ばれた。
力の流れが変わる。
暴力的ではなく、精密な制御。
四機目の敵が、外傷最小で撃墜された。
嵐が少しずつ消えていく。
〈死の悪魔〉は疲弊し、影を引いて退いた。
リュウもまた、撤退。
兄を見定めるために。
勝者はいなかった。
だが――カズキは初めて、罪悪感なしで着陸した。
小さな勝利。
だが、確かな勝利。
人と神、戦と理性――その狭間で均衡を保てるのなら。
不可能な均衡。
それでも、彼は――挑み続ける。
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つづく




