第7章 ― 兄の待ち伏せ
二週間の心理回復期間。
それだけで、カズキは再び空へ戻された。
瞳は虚ろで、心は鉛のように重かった。
任務は単純だった。
山岳地帯の谷を抜ける補給隊の護衛。
安全な航路、定期的な巡回、敵影なし。
――単純すぎた。
完璧な待ち伏せに、これ以上の舞台はない。
カズキが最初に感じ取った。
本能が、危険を叫んでいた。
> 「隊形を散開しろ!」と、無線で叫ぶ。
だが、遅かった。
地平線が閃光に裂けた。
リュウが現れたのだ――太陽の中から。
常識を無視した角度で急降下し、
〈ブルータル・ループ〉を地表すれすれで展開。
完璧な反転を決め、逆さまの姿勢で精密な射撃を浴びせた。
二機の味方が、反応する間もなく爆炎に呑まれた。
カズキは即座にスティックを切り、反射的に回避。
幼少期の訓練が、命を救った。
だが同時に――彼を呪った。
その動き、そのパターン。
それは二人が子供の頃、紙飛行機で遊びながら作った、
あの戦術だった。
今は、死の舞踏に変わっていた。
リュウはループを終え、兄の背後を取る。
無線が軋むように鳴り、
幽鬼のような声が響いた。
> 「覚えているか、カズキ?」
カズキは答えなかった。
〈デスカット〉を起動し、機体を激しく回転させて
追撃を強引に逸らす。
別の味方が爆発した。
〈死の悪魔〉の誘導弾に貫かれたのだ。
――そして、闇が落ちた。
リュウが〈疫病の闇〉を発動。
完全なステルス。
レーダーからも、肉眼からも消え失せた。
恐怖が編隊全体に広がった。
残ったパイロットたちは、影に向かって乱射した。
そして一人が――味方を撃ち抜いた。
> 「撃つな!撃つな、今すぐ停止しろ!」
カズキが怒鳴る。
しかし、またも遅かった。
さらに一機が、火球となって墜ちた。
リュウが編隊の背後に再出現。
〈インフェルノ・スピン〉で反撃を無効化し、
五人目の仲間を瞬時に撃墜した。
残ったのは、カズキただ一人。
二人は互いを中心に円を描き始めた。
捕食者同士のように、間合いを測りながら。
高度はゆっくりと上昇し、
兄弟の決闘は――空へと昇っていく。
> 「殺せる……」
カズキはコックピットの中で呟いた。
「……殺すべきか?」
指が引き金の上で震える。
リュウが笑った。
その声は、苦みと誇りを含んでいた。
> 「ならば撃て。お前が上だと証明してみせろ。」
カズキは照準を合わせる。
ロックオン、完璧。
指が――引き金を押し込みかけて、止まった。
脳裏を過る光景。
子供のころの原っぱ。
紙飛行機を追いかける二人。
同じ太陽の下で笑う、無垢な兄弟。
――その一瞬のためらいが、致命傷となった。
リュウが先に撃った。
弾丸が機体の側面を掠め、警報が悲鳴を上げる。
カズキはギリギリで回避。
低い雲の中へと突入し、姿を消した。
任務は失敗だった。
地上の補給隊は全滅し、
空は火に包まれた。
基地に戻った時、
カズキは息をするのもやっとだった。
身体は震え、
だが彼を本当に締め付けていたのは――胸の中の問い。
> 「……本当に、俺は……兄を殺せるのか?」
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つづく




