第6章 ― 空の怒り
〈戦の神〉は、すべてを奪った。
カズキは自らの肉体の中に囚われ、
己の精神の深淵で叫ぶだけの観客となっていた。
機体は物理法則を嘲笑うかのように動く。
360度の反転ループ。
人間なら即死するほどの横転スピン。
空気を裂き、衝撃波を残して加速する。
敵機が、映画のワンシーンのように連鎖的に爆散した。
機銃の弾幕は完璧だった。
一発一発が、正確に目標を撃ち抜く。
迷いはない。誤差もない。
〈インフェルノ・ブラスター〉が最大出力までチャージされる。
赤熱したエネルギー光線が放たれ、
敵の戦闘機を真っ二つに切り裂いた。
〈死の悪魔〉が、傷を負いながら反撃する。
〈黒雲障壁〉を発動し、完全な偽装状態に移行。
だが無駄だった。
〈戦の神〉の視界は、可視光を超えていた。
存在そのもののエネルギー波を感じ取り、
古代の狩人のように、獲物を追跡する。
〈インフェルノ・スピン〉が完璧に決まる。
回避と反撃が同時に行われ、
その精度に〈死の悪魔〉自身が――
初めて、驚愕した。
その時、無線に歪んだ声が割り込む。
ノイズと憑依が混ざった、異様な音質で。
> 「兄さん……わたしを……覚えているか?」
カズキは返答しようとした。
だが存在が彼を押さえつけ、声を奪った。
代わりに、〈戦の神〉がカズキの声で答える。
雷鳴のように響く、歪んだ声で――
> 「覚えているのは……お前の惨めな弱さだけだ。」
戦闘は頂点に達した。
二人の悪魔。
二人の兄弟。
破壊の螺旋を描きながら飛び交う――
その運命を、戦争だけが書き記す。
リュウが下方から攻撃を仕掛け、〈ブルータル・ループ〉を展開。
〈戦の神〉は即座に模倣し、それを凌駕する。
正確無比な一撃が、敵機の左翼を吹き飛ばした。
リュウは絶望的なダイブに入る。
〈死の悪魔〉は宿主を守るために肉体を捨てた。
続く爆発が地平線を照らし、
二つ目の太陽のように空を焼いた。
――そして、制御が戻った。
カズキは操縦桿に突っ伏し、
荒い呼吸を繰り返す。
全身が痙攣し、視界がぼやける。
やがて焦点が戻り、
その瞬間、恐怖が胸を貫いた。
眼下には、破壊された軍施設だけではなかった。
沿岸の村が、炎に包まれていた。
家々は瓦礫と化し――
〈カオス・メテオレイン〉が、民間人を直撃していた。
子供たちの――姿があった。
カズキの喉が詰まる。
ヘルメットの中で嘔吐し、
身体は震え、涙が焼けるように溢れた。
「……ちがう……俺は……」
かすれた声でつぶやく。
だが、真実は知っていた。
〈戦の神〉は、
彼の手を使って――無辜の命を屠ったのだ。
基地に帰還したとき、彼は震えていた。
コックピットから出ることを拒み、
医療班に引きずり出され――泣いた。
男として。
そして、怪物として。
嗚咽と血の中で、彼は誓った。
二度と、あの存在に全てを明け渡さないと。
だが、心の奥では理解していた。
その誓いは――虚しい。
なぜなら、戦争も、
彼の内に宿る神も――
まだ、始まったばかりだったのだから。
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つづく




