第十七章 – 兄の啓示
戦いは一瞬だけ止んだ——
休戦ではなく、限界の果ての静寂だった。
二機の戦闘機は高高度の風の中に漂い、
まるで傷ついた獣のように、
エンジンの執念だけで空に留まっていた。
稲妻が遠くの地平を走り、
音もなく夜空を裂く。
コックピットの中、二人の兄弟は荒い息を吐いていた。
汗が血と恐怖に混じり、頬を伝う。
無線の雑音を破り、リュウの声が響いた。
かすれ、歪んで——それでも、兄弟には分かる声。
> 「……疲れたな。」
カズキは瞬きをし、戸惑いながら問う。
> 「何が?」
> 「すべてだ。
戦争も、憎しみも……
この魂を喰らう悪魔も。
すべてが、あまりにも疲れる。」
その告白は銃弾のように胸を貫いた。
雷鳴すら、一瞬止んだ。
カズキは低く、祈るように言った。
> 「なら……降伏しろ。 まだ間に合う。」
リュウは短く笑った。
それは喜びのない、乾いた笑いだった。
> 「間に合う? そんなものはとっくに死んだ。
契約は永久だ。
死だけが、俺を解放する。」
次に訪れた沈黙は、どんな爆発よりも残酷だった。
> 「俺はずっと、お前の影だった、カズキ。」
リュウの声は苦く、しかしどこか壊れかけていた。
「親はいつもお前の勝利だけを讃えた。
俺の成果は、終わる前に忘れ去られた。
士官学校でもお前は一位、俺は十位。
お前は名誉任務。俺は空虚な巡回。
誇りすら、毒に変わったんだ。」
カズキは目を閉じた。
胸の奥が焼けつくように痛む。
> 「知らなかった……。」
> 「知ろうともしなかったんだ。
お前の光が強すぎて、
その影に誰が沈んでいるか、見えなかっただけだ。」
その言葉は刃のように刺さった。
防ぐ術もない。残ったのは、遅すぎた悔恨だけ。
リュウは続けた。声が震えていた。
> 「“死の悪魔”は平等を与えると言った。
お前のように輝けると。
だから、俺は受け入れた。
だが、その代償は——魂だった。」
短い沈黙ののち、
リュウはふと、穏やかに問うように言った。
> 「だが、お前も契約を結んだだろう?
“戦の神”が、お前の中にいる。」
カズキは割れた計器盤を見つめながら、うなずいた。
> 「ああ。だが、俺は抗っている。毎日。
お前は屈した。それが違いだ。」
> 「無駄な抵抗だ、弟よ。」リュウの声が返る。
「いずれお前も喰われる。
最後には同じだ——
人の殻に宿る、記憶を喰らう化け物になる。」
カズキは唾を飲み込んだ。
心のどこかで、それを恐れていた。
だが、声は揺れず、鋼のように言い返した。
> 「……それでもいい。
俺が抗う限り、俺は人間だ。
結果ではなく、選ぶ意志こそが“人”を定義する。」
リュウは短く、寂しげに笑った。
> 「やはりお前は理想主義者だ……
だが、だからこそ、お前を尊敬していたのかもしれない。」
その声には、嫉妬と敬意、そして諦めが混ざっていた。
> 「もし救いがあるとすれば……それはお前の中にある。
俺はもう、とうに道を失った。」
——通信が途切れた。
次の瞬間、地獄が再び始まる。
---
リュウは突入した。
それは憎しみではなく、終わりを求める突撃だった。
カズキは防御した。
だが、そのたびに引き金が重く感じられた。
撃つごとに、罪が積み重なる。
二機は死の螺旋を描きながら絡み合う。
それは空に刻まれた悲劇の舞踏。
二つの魂が鏡のように反射し合う——
一方は人間性を守るために、
もう一方はその贖いとして死を求めて。
裂けた雲の上で、
神々は沈黙のまま見下ろしていた。
——兄弟の悲劇は、
すでに星々に刻まれていた。




