第十五章 – 喪失と決意
解放された谷は、静寂の地獄だった。
廃墟の煙の中で、勝利は血と腐敗の匂いを放っていた。
リュウの傭兵団は、民間人を人質として拘束していた。
情報を得るために拷問し、娯楽のために処刑した。
カズキは瓦礫の間を歩く。
ブーツが砕けた石を踏みしめる音が、哀歌のように響く。
一歩ごとに、彼は見せつけられていた。
戦争が、そして弟が許したものの代償を。
積み上げられた遺体。
女、老人……そして子供たち。
胃が裏返る。
カズキは振り向き、吐いた。
罪悪感の鉄の味を、喉から吐き出そうとした。
だが、焼け焦げた肉と煙の臭いは離れない。
一人の老兵が近づいた。
震える指に煙草を挟み、目を逸らしたまま言う。
「戦争は人間の本性を暴く。
英雄になる者もいれば……化け物になる者もいる。」
カズキは手袋の甲で口を拭い、静かに問う。
「俺は……どっちだ?」
老兵はしばらく沈黙し、煙を吐き出した。
「まだ、決めている途中だ。
だが、お前が選ぶ道が——残りのすべてを決める。」
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救助隊は休むことなく動いていた。
瓦礫の下、命はまだわずかに灯っていた。
地下室に隠れていた少女が見つかった。
八歳ほどだろうか。
汚れ、傷つき、声を失っていた。
その瞳は……空っぽだった。
カズキは膝をつき、目線を合わせる。
ヘルメットを脱いだ——恐れではなく、人として見せるために。
紅い瞳に少女は一瞬怯えたが、そこには怒りではなく、
哀れみと優しさが宿っていた。
彼は手を差し出した。
少女はためらいながらも、その手を取る。
小さな、震える指先。
カズキは彼女を抱え、救護兵のもとへ静かに託した。
それは小さな行為だった。
だが、彼の中にまだ“人間”が残っていると教えるには十分だった。
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夜。
即席の野営地には焚き火の光が揺れていた。
兵士たちは疲れ切った体で昔話を語り、
まるで平穏を装うかのように笑っていた。
その笑いは乾いていた。
目は虚ろで、火の明滅に吸い込まれていた。
カズキは少し離れた場所に座り、
壊れた機体の破片に背を預け、星空を見上げていた。
廃墟の上に瞬く星々——
神々のように冷たく、無関心だった。
彼の脳裏に、幼い日の記憶が蘇る。
リュウと二人、両親とともに山でキャンプをした夜。
弟は暗闇を怖がり、
兄のカズキは「俺が守る」と笑って言った。
今、闇こそが、全てだった。
「どこで間違えたんだ、リュウ……」
カズキは風に向かって呟いた。
そして——
初めて、戦の神が傲慢でない声を返した。
> 「選択とは分岐にすぎぬ。
お前は抗い、彼は屈した。
崩壊点などない。あるのは積み重ねた道だけだ。」
カズキは目を閉じた。
「まだ……救えるか?」
長い沈黙。
やがて、低く、悲しげな声が返る。
> 「戦は救わぬ。戦は喰らう。
生き残ること——それが唯一の勝利だ。」
その言葉は、どんな命令よりも重かった。
カズキは悟った。
次に訪れる戦いが最後になる。
ならば、終わりは速やかに。
苦痛も、見せ物もなく。
兄が弟に与えられる、最後の慈悲。
——清き死。
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やがて、眠りが訪れた。
夢は穏やかだった。
幼いリュウが、昔のキャンプ地で月明かりに笑っていた。
カズキが手を伸ばす——
だが、夢は灰となって崩れた。
目を覚ました時、涙は既に乾いていた。
顔は固く引き締まり、夜明けが廃墟を金色に染めていた。
その光の中で、カズキは決意を固めた。
次の戦いが——最後だ。
生き残るのは一人。
もう一人は解き放たれるだろう。
肉体から。
罪から。
呪いから。




