第10章 ― 兄弟の初対決
夕暮れの空は、まるで血を流しているようだった。
深紅の雲が山々の上を這い、地平線を戦の色に染め上げていた。
カズキは一人で飛んでいた。
悪魔の残したエネルギーの痕跡を追い――そして、ついに見つけた。
リュウ。
黒き戦闘機の翼の上に腰を下ろし、孤立した岩山の上で夕陽を見つめていた。
まるで、崩壊した王座に座る――憂鬱な王のように。
カズキは高度を下げ、百メートル先に着陸した。
二人は同時にコックピットから降り、ひび割れた大地を歩く。
まるで、古の呪縛を断つために呼び寄せられた二つの亡霊のように。
裏切り以来、初めての再会だった。
リュウは変わっていた。
瞳は完全に黒く染まり、蒼白な肌の下で闇色の血管が脈打つ。
その身体を包むのは、生きた煙のように揺らめく死のオーラ。
「気に入ったか?」
挑発する声――毒のように冷たく。
「無意味な虐殺だった。」
カズキの声は冷静だったが、氷のように硬かった。
「無意味じゃない。俺は証明したかったんだ……俺が“上”だと。」
リュウはゆっくりと兄の周りを回る。
捕食者が獲物を観察するように。
「俺はいつもお前の影だった、カズキ。
『完璧な息子』、『天才パイロット』、『国家の誇り』……
俺には、その残りカスしか与えられなかった。」
カズキは拳を握りしめた。
「嫉妬は、裏切りの理由にはならない。」
リュウが叫んだ。
怒りと悲しみの狭間で震える声。
「理由になるさ!――これは解放だ!
悪魔が真実を教えてくれた。力こそが価値を決める!
俺はずっと、空を支配したかった。
今ようやく、自分の欲望を受け入れたんだ!」
沈黙が落ちた。
その瞳の奥に、カズキは自分自身の歪んだ影を見た。
「俺たちは同じだ……だが、違う。」
カズキは静かに言った。
「俺はまだ、制御を選んでいる。」
「制御?」リュウは嗤った。
その笑いには、空虚と狂気が混じっていた。
「制御なんて幻だ。
お前の〈戦の神〉は、すでにお前を蝕んでいる。
少しずつ、確実にな。
いずれお前も俺と同じになる。
――人の皮をかぶった、二匹の化け物だ。」
その言葉は、刃のようにカズキの心を突き刺した。
なぜなら――心のどこかで、それが真実だと知っていたから。
彼の内で〈戦の神〉が目を覚ました。
血の匂いを嗅ぎつけた獣のように。
二人は再び、機体へ戻った。
戦いは――避けられなかった。
同時に離陸し、紅く染まる雲の中へと上昇する。
そして、空が裂けた。
轟音が、雷鳴のように世界を揺らす。
最初の交戦は、個人的で、残酷で、慈悲の欠片もなかった。
それぞれの機動が、一つ一つの記憶を語っていた。
リュウが放った回避は、かつてカズキが少年時代に編み出したもの。
カズキの反撃は、リュウが士官学校で完成させた戦術。
それは――
兄弟の絆が憎悪に変わり、数十年の歴史が編み出した「死の舞踏」。
カズキには、チャンスがあった。
致命の一撃。
照準は完璧に合っていた。
だが、指は引けなかった。
脳裏に閃いたのは――
草原を駆ける二人の少年。
紙飛行機。
風に響く笑い声。
その一瞬のためらいが、すべてを変えた。
〈インフェルノ・ブラスター〉が独自行動でチャージを始めた。
〈戦の神〉が、引き金を奪ったのだ。
> 「あれはお前の“鏡”だ。」
「彼を滅ぼすことは――お前が“恐れている自分”を滅ぼすことだ。」
頭の中の声が囁いた。
カズキは、人間離れした意志で――
レーザーの軌道を逸らした。
リュウは驚愕し、退避した。
なぜ――慈悲を?
二人は距離を取った。
残されたのは、肉体ではなく、魂の深い傷。
兄弟の初戦は――引き分けに終わった。
だが、カズキは悟っていた。
次はもう――
慈悲など、存在しないだろう。
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つづく




