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銀行員柴崎の憂鬱  作者: kkkkk
証券投資あるある
5/8

証券(本編1)

「恨みって怖いわね」


 リビングルームでテレビを見ていた妻が言った。


 テレビは怨恨による殺人事件の再現映像を放送している。A氏(被害者)とB氏(加害者)は学生時代から、仲の良い友人だった。しかし、A氏が暗号資産で大儲けしたことを境にして、二人の関係は変わった。何の取り柄もないA氏が巨額の富を手にしたことが、B氏には許せなかった。

 仲が良かった反動でB氏の恨みは増殖した。そして、ささいな口論の末に、B氏はA氏を殺害するに至った。


 このような関係性の変化は、職場でもあるし、家族でもある。柴崎は仕事柄、相続で揉める家族に遭遇する。姉の言いなりだった妹が、相続財産において公平な取り分を要求すると、姉が怒るのだ。

 勝手な理屈だが、人は勝手に上下関係を作る。そして、その関係性が変わると恨みを抱く。人間関係は時とともに変化していく。その変化を受け入れるべきなのだが、それができる人間は少ない。


 柴崎は「そうだね」と当たり障りのない返答をした。平和が一番だ。


 **


『ちょっと相談したいことがあるんだけど……時間とれないかな?』


 柴崎が勤務する代々木銀行に出勤したら、友人の志村から電話があった。めずらしく遠慮がちな声だ。


 志村は小学校からの幼馴染、付き合いは40年以上になる。志村は代々木銀行の取引先、志村セラミックの専務をしている。友人としての付き合いはもちろん、仕事でもつながりがある。


 柴崎は翌日訪問すると言って電話を切った。いつも陽気な志村だが、電話の声は沈んでいた。何もなければいいのだが。柴崎は部下から渡された書類に目を移した。


 **


 JR山手線の目黒駅の改札を出て権之助坂を下った。照りつける日差し、靴底を通して熱がじわじわと足に伝わる。アスファルトの上に陽炎が揺れる。ワイシャツの襟元を引いて、喉元に隙間をつくった。肺に入る空気がぬるま湯のようだ。

 目黒新橋を越えて歩くと大鳥神社が見えた。山手通り沿いに建つ小さな神社。結婚して大崎に引っ越すまで、例大祭で神輿を担いでいた。志村は今年も担いだのだろう。


 柴崎が志村セラミックの担当を外れて5年が経つ。会社に訪問するのは久しぶりだった。寄生虫館を横目に、柴崎はビルのエレベーターで6階に上がる。エレベーターが開くと受付があった。会社のロゴマークの下に電話機が置いてある。殺風景な受付は5年前と同じだ。


 ハンカチで汗を拭って、受話器を上げたら、「暑いのに悪かったね」と志村が顔を出した。天井の防犯カメラから覗いていたのだろう。

「中で待っていて」と志村に案内され、柴崎は会議室に入った。


 パーティションで仕切られた簡素な会議室。社長である父の方針で、余計な金は掛けない。堅実な会社だ。窓から山手通りを眺めていたら、志村がペットボトルを2本抱えて会議室に戻ってきた。柴崎は「ありがとう」と受け取る。


 互いの近況報告をしたあと、「それで相談したいことって?」と柴崎は切り出した。


「実は、10億円融資してほしいんだ」


 志村は頭をかいた。改まって相談したい、というほどの内容ではない。志村セラミックの与信枠は50億円、融資残高は30億円だから、10億円の追加融資は問題ない。


「枠は20億空いているから問題ない。だけど、どうして?」

「実は資金使途がいつもとは違う。社債を買取りたい」


 志村セラミックへの融資の資金使途は、設備投資資金と運転資金に限定されている。借入金を投資資金として使うのは資金使途違反になる。


「知っていると思うけど、投資資金は融資できない。なぜ志村セラミックが社債を買取る必要があるんだ?」

「そうだよな」


 志村はため息をついた後、話し始めた。


 話は7年前に遡る。子供が小学校に入学したのをきっかけに、妻の裕子が前職の白金証券のIFA(独立系ファイナンシャルアドバイザー)として働き始めた。

 子供は小学生だからフルタイムの勤務は難しい。元同僚の中村に相談したところ、柔軟な働き方ができるIFAを勧められた。


 白金証券は営業の一部をIFAに委託している。IFAの収入は完全歩合制で、販売しただけ手数料が入る。白金証券時代の顧客に販売できそうだし、時間の融通が利くことから裕子はIFAとして働くことにした。



「へー、裕子さんがIFAをしていたのは知らなかったな」

「特に話すようなことでもないと思ってな」と志村は頭をかいた。

「裕子さんの仕事と、志村セラミックの社債の買取りに関係があるのか?」

「ある。最初は良かったんだ」



 裕子がIFAとして顧客に販売したのは、RMBS(住宅ローン担保証券)といわれる、住宅ローンを裏付けとする社債だった。RMBSは、発行体(社債を発行するファンド)が保有する住宅ローンの金利収入を、社債投資家に分配する仕組みである。


 発行体は金利3%の住宅ローンを買取る資金として、償還期限10年、金利1%の普通社債で70%を調達し、償還期限10年、金利5%の劣後社債で20%を調達した(残り10%は運用会社である三田アセットマネジメントが拠出する)。普通社債は投資適格の格付けがあるため、白金証券の職員が機関投資家に販売した。手間のかかる劣後社債は、IFAが販売した。


【スキーム図】

挿絵(By みてみん)


※「劣後社債」は「普通社債」よりも元本・利息の返済が後になる(劣後する)社債です。普通社債の元利金の支払いがなければ、劣後社債の元利金は支払われません。


 住宅ローンのデフォルト(債務不履行)率は0.1%。限りなくゼロに近い。劣後社債は普通社債よりも返済順位が劣後するものの、理論上は元利金支払いが滞ることはない。

 銀行に預金しても金利は得られない。一方、劣後社債はデフォルト率が低いのに金利5%。だから、劣後社債は飛ぶように売れた。


 裕子は7年間で50億円の劣後社債を顧客に販売した。販売手数料は1%だった。



「50億円売ったってことは……販売手数料は5千万円?」


 目を大きく見開いた柴崎に、「そうだね」と志村が愛想笑いを浮かべた。7年で5千万円とすると……年収は700万円を超える。


「これが俺に内緒にしていた理由か?」

「違うって。まあ、最後まで話を聞け!」


<本編2につづく>


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