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九州大学文藝部・2022年度・新入生号

Where Birds Soar

作者: 七面鳥

 昔々、鳥たちは、魚と同じように海を泳いでいた。本当さ!この話をすると、誰も彼も僕を法螺吹き扱いするんだ。まったく、みんな覚えていないなんて、今でも信じられないよ。まあいいや、続きを話そう。


さっきも言った通り、鳥はもともと海の生き物だったんだ。人間はそんなことすっかり忘れてしまったみたいだけれど、彼らと僕らは本当にいい友人だった。一緒に海に潜って協力して魚を獲ったり、ただ何時間も並んで泳いでいたり。陸の生き物である、いわば異邦人の僕らを、鳥たちは好意的に海中へと迎え入れてくれていた。人間たちだって、鳥が海を泳ぐ光景を見るのが大好きだった!何千羽もの美しい色の鳥――そのほとんどが今では存在しない種類だ――が群れを成して回遊する様子はサンゴ礁の熱帯魚たちよりもずっとずっと鮮やかだったし、一羽の大きな鳥が深い青の中を悠々と舞う姿は息を吞むほどに荘厳だった。


だけど何時からだろうか、人間たちは泳がなくなり、代わりに経済の新聞やら株価やらとのにらめっこに日々を費やすようになった。海に潜ることも、よき友人たちのことを顧みることもなくなった。海に工場の排水を流すようになった、まるでゴミをゴミ箱に捨てるかのように。消えていく命から目を逸らし、じきに自分たちが何を見なくなったのかさえも忘れてしまった。


 急速にむしばまれていく海の中で、賢い彼らはどうやって生き延びるかを必死に考えたのだろう。そしてきっと思いついたのだ、「空を泳ぐ」ことを。潮流をつかむ翼は、きっと風の流れをも捉えることができる。そう信じて彼らは、水の外へと飛び出した。街の中の空気は既に汚れていたけれど、海の上の空気はまだ澄んでいた。こうして鳥たちは、故郷を失う代わりに新たな世界を手に入れたんだ。人間の、水かきすらなくなった棒のような腕では、到底届かない大空を。

 もちろん、すべての鳥がうまくやれたわけじゃない。空気中で呼吸することがどうしてもできなくて息絶えた鳥も、何度試しても水面を突き破れずに力尽きた鳥もいた。海底に沈んだ亡骸の、鮮やかな羽毛は儚い泡になり、つややかなくちばしは小さな貝殻になった。元々海にいた鳥の、ほんの一握りだけが空を飛ぶ能力を手に入れた。……あまり飛べなくてもチャッカリと陸上に住処を見つけた鳥も、いるにはいるけども。

 それと同時に、人間は「鳥は空の生き物」だと思い込むようになった。鳥は空を飛ぶもの、昔からずっとそうだったんだと疑いもしなくなった。「鳥は元々海に住んでいた」だなんて、そんな考えはナンセンスだと笑うようになった。たった一種、分厚い脂肪のコートを身にまとっていたおかげで寒い海に逃げられたペンギンを、人々は例外と呼んだ。


 だけどねえ、最近は空にも鳥たちの居場所はなくなりつつあるんだ。高層ビルが空を狭めて、排ガスが空を汚しているのはもはや言うまでもない。それに近頃はとんでもない数の飛行機も飛んでいる。うっかりぶつかれば、そのままマイクロプラスチックのカラフルな海にドボンと逆戻りだ。そんなこんなで、あの大空でさえどうにも生きづらくなってきたらしい。


 そこで鳥たちは、どうも最近また大規模な移住計画を立てているみたいだ。空のもっと上、人間の手がまだうまく届かない場所――宇宙に行こう、と。かつて水面を超えたように大気圏を抜け、風を捉えたように太陽風に乗って飛んでいこうとしている。太陽風はプラズマとかなんとかいうから、風と同じようにいくかは僕にはわからないけどね。だけども、今度は本当に難しいらしい。上へ上へと飛ぶうちに体力が尽きるもの、空気なしではやはりどうしても呼吸ができないものばかりで、なかなか空の外へと出られない。やっとのことで宇宙にでたほんの数羽も、みんなスペースデブリにぶつかって死んでしまった。君も夜空をずっと眺めていたら、たまに流れ星と言うには小さい光の筋を見つけるはずだ。それは宇宙を飛びたかった鳥の、最期の姿なんだよ。


 それでも、きっとそう遠くない未来に、鳥たちはこの困難を乗り越えて、宇宙を羽ばたくだろう。いつか、美しい鳥の群れが、たくさんの星座のあいだを縫うように、軽やかに飛ぶ日が来るんだ。彼らは生命を受け入れる星を探して、遠く何処までも行くだろう。そして水をたたえた、かつての地球とよく似た星に降り立って、鳥たちの本当の故郷とよく似た、終の棲家を手に入れる。懐かしい水の感触を翼で感じながら、彼らは再び泳ぎ始めるだろう。これまでの長い長い旅路の苦難と、かつて共に泳いだ友人との思い出を、透き通った水に溶かしていくようにしてね。

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