隠された死体
「死体を埋めたって……それ、どういう意味だよ」
「ここからは、仮の話よ」
今までも全て仮の話だったはずだが、恋は声をひそめて
「仮に、ある人物が、殺人を犯し、桜の木の下に、死体を埋めたとしましょう」
「おいおいおいおい」
いきなりぶっそうな仮定が飛び出してきたぞ。
「彼、あるいは彼女は、当初は、自分の犯した罪が、いつかばれるのではないかと、びくびくしていたことでしょう。でも、一向に警察はやって来ない。安心した彼、あるいは彼女は、それをいいことに、やがて、スリルを求めだした」
「スリル? 」
「何か特別なことをしたときに、自分の功績を自慢したくなるのは、誰にでもあることでしょう? この犯人も、自分が犯した殺人について、誰かに自慢したくなったのよ」
「殺人を自慢って……」
せっかくばれていないのに、そんなことしたら捕まるじゃないか。
「そう。そのまま自分の犯行を自慢するだけだと、捕まってしまう。だから、こういうとき、大概は、迂遠な方法を取るものなの」
「迂遠な方法? 」
「ぎりぎりのサスペンスを楽しめる方法よ。あくまで自分を安全圏に置きながら、それでも、真相に肉薄した話を披露する方法」
僕は、恋がその言葉に込めた意味を、ようやく悟った。
「おい、まさか」
「そのまさかよ」
恋は頷いて
「犯人は、桜に関する推理ジャンルの作品をたくさん集めた。その中に、『殺人に関する本当の話』を紛れ込ませたのよ。たくさんの桜の木の中に、本当の死体が埋まった話を投じたの」
そして、フィクションとして楽しんでいる読者の姿を想像して、ばれないギリギリのスリルを味わっている。
ぶっそうな『真相』を語る恋のその姿は、なぜかきれいに輝いて見えた。
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「……まあ、冗談はこのくらいにしておきましょう」
息がつまるような沈黙は、間の抜けた恋の声で、唐突に破られた。
「じょ、じょうだん? 」
「最初からそう言ってるじゃない。これは遊びだって」
だいたい、と恋はくすくす笑って
「この推理だと、フィクションの中に、本当の殺人の話を紛れ込ませようとした犯人は、小説投稿サイトの運営ということになる。でも、運営会社はまさか一人ではない。日本の会社では、企画一つとっても、実現にこぎ着けるまでに、相当手間がかかるものなのよ。そんな危険な思惑を、社内中に広めるわけないじゃない」
「あ、ああ……」
恋があまりに真に迫った様子で語るものだから、思わず僕も、惹きこまれてしまっていたらしい。
「企画の趣旨は、書かれてあるとおり、単純に推理ジャンルを盛り上げるためでしょうね」
恋はからからと、耳に響く笑い声をあげて
「まあ、私にかかれば、こういう推理もお手の物、というわけよ。どう、ちょっとは『推理』の魅力が分かったかしら? 」
そのからかうような視線に、僕は気恥ずかしさが体に迸るのを感じて
「ま、まあまあかな」
思わず、ぷいっと目線をそらしてしまった。
奇妙な時間だった。
やがて、僕は当初の目的を思い出して
「そ、そうだ。推理に協力したんだから、そっちもちゃんと、約束には応えてくれよな」
「ええ、もちろん」
恋は美少女ぶりにますます磨きをかける声音で
「この素敵な企画に合わせた、楽しい『フィクション』の『プロット』を、作ってあげるわ」
どこか含むものがあるように、そう言ったのだった。
ー了ー
当然ですが、このお話はフィクションです。実在の人物、団体名等とは一切関係ありません。