桜の下には……
「『桜の下』に真相を埋める……って、どういう意味? 」
恋の言っていることが理解できず、馬鹿みたいに、言葉をそのまま繰り返してしまった。
しかし、飲み込みの悪い僕に対して、恋はなぜだか嬉しそうに
「うんうん。名探偵の推理といえば、こうじゃなくっちゃね」
「……? 何が? 」
「鋭い推理で、鈍い周囲を煙にまくということよ。これこそまさに名探偵の所業だわ」
つまり僕が鈍いと言ってるのか。
協力者に対してあんまりな言いぐさである。
それでも、体を左右に揺らして悦に入っている恋の姿は可愛らしく、直接怒りをぶつけることはためらわれた。
「じゃあ、その推理とやらを、この間抜けなワトスンに教えてくれたらありがたいんだけどな」
体の中心から息をゆっくり吐いて、怒りを抑えながら、僕は言った。
僕の問いに、恋は口角をあからさまにつりあげて
「仕方ないわね~、まあ、これも名探偵の定めよね。自分しか気づいていない真相を、分かりやすく伝えてあげるというのも」
なぜかノブレス・オブリージュを自覚した恋は、うんうんと頷きながら、
「じゃあ、解明してあげましょう。この企画を運営が仕組んだ、本当の理由を」
そうして、存在しない謎の解明を始めたのだった。
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「もう一度、前提を整理しておきましょう。人気小説投稿サイト『小説家であろう』では、新規企画として、『春の推理2022』を開催している。期間は4月14日から5月12日までの約1月。サイト内の推理ジャンルを盛り上げようという趣旨で、今回のテーマは桜の木。ここまではいいわね? 」
「ああ」
あらためて、何か裏があるんじゃないかなんて、疑問を抱く余地がない企画だなと思いながら、僕は頷いた。
「さて、推理をする側としては、運営の『推理ジャンル』を盛り上げようとして企画した、なんて単純な理由を信じるわけにはいかない。確かに、サイト内の推理ジャンルの作品は、他の主要なジャンルと違って、数は少ない。盛り立ててやろうという気概は分からなくもないわ。でも、それにしては、おかしな点がある」
恋は自分も考えをまとめるためか、目を閉じて、忙しく自分の席の周囲を歩き回っている。
床につまづいたりしやしないかと、隠された真相とは別のところで、僕はドキドキしていた。
「おかしな点って? 」
一応、ワトスン役らしく、疑問をぶつけてみる。
恋はそれに、ぴくっと鼻をわずかに動かし、実に嬉しそうな声音で答えた。
「わざわざ『春の推理』という、推理の題材を広げやすい企画名にしているのに、テーマは『桜の木』と、限定されたものにしているところよ」
「『春』という季節から、単純に『桜の木』を連想しただけなんじゃないのか? 」
「そんな推理じゃ面白くないわ」
事の真相はガン無視の姿勢をあらためて強調した恋は、天を見上げて
「推理っていうのは、もっと、ぞくぞくするようなものじゃないと」
「……じゃあ、キミの考えはどういうものなんだ? 」
僕の問いに、恋は『待ってました』、といわんばかりの笑顔を浮かべて
「『春』という春季の企画で、サイト投稿者の間口を広げる。その広げた間口に集まった作者たちに、ある作品を集中して投稿させたかったのよ。だから、『桜の木』をテーマにした」
「ある作品? 」
「春、そして桜の木。そしてジャンルはミステリ。あなたなら、まず最初に、どんな作品を思い浮かべる? 」
「それは……」
月並みの発想かもしれないけれど、僕の頭には、満開の桜の木と、その下に『埋められた』死体に関するミステリが浮かんでいた。
「そう。まさにそれよ」
恋は、僕の考えを見透かしたかのように言う。
「桜の木と言えば、その下には死体が埋まっている。この日本人特有ともいえる発想は、若くして亡くなった明治の文豪、梶井基次郎の作品に由来すると言われているわ」
恋はそこで小ぶりな片手を掲げて
「一方では、艶やかな花を咲かせる桜の木」
もう一方の片手も掲げた恋は、得意になって
「でも、その綺麗さには、何か理由があるはず。木の下に埋められた死体の血を吸って、美しく桜は咲いているのだ」
恋の言葉は、青空を彩る桜の美しさと、地面の下の死体のイメージを、より鮮やかに喚起した。
恋はそんな僕の様子を見て、満足したように笑った。
「ね? 日本人なら、推理、春、桜の木と聞いたら、まず、木の下に死体が埋まっている話を考えるものなのよ。少なくとも、それを題材にした話をね」
「それは言い過ぎなんじゃ……」
「じゃあ、実際に見てみましょう」
そう言って、恋はスマートフォンに目を落とす。
少し画面を操作していたかと思うと、僕に得意げにそれを見せつけた。
『春の推理2022』。
その投稿作品が一覧で表示されている。
「桜の木の『下』、そして、死体。そういう作品が、異様に多いことが分かるわよね? 」
確かに、タイトルやあらすじからは、恋が述べた、典型的な『桜の木』に関する推理ジャンルの作品が多いように見える。
もちろん、それ以外の作品もあるけれど、題材として、似通ったものが多いことは間違いない。
「……それで? 」
僕は、だからなんなんだ、という意味を込めて、恋に尋ねた。
恋は僕のその疑問に、肩をすくめて
「まだ分からないの? サイトの運営は、明らかに特定の作品の投稿を誘導しているのよ。推理ジャンルの作品を盛り上げるといいながら、似通った、桜の木のしたに死体が埋まっている話をね」
「それは分かった。僕が聞いているのは、仮にサイトの運営に意図があったとして……どうして、そんなことをしたのか、っていうことだ」
作品の幅を狭めるようなことを。
恋は、その僕の問いに、これ以上ないほど喜びを覚えたようだった。
「木を隠すなら森の中、という言葉、聞いたことない? 」
うきうきした調子を隠すこともなく、恋は尋ねる。
僕は首をかしげて
「 ?どういう意味だ? 」
「あるものを隠すなら、同じようなものの中に隠すのが、一番ばれにくいという意味よ。ミステリでは、典型的な発想の一つなの」
「はあ……」
それとこれと、どういう関係があるのだろう。
僕の鈍さを、恋はかえって喜んだようだった。
「まだ分からない? この、『春の推理2022』で、サイトの運営は、特定の作品の投稿を誘導した。作者たちは、企画に応じて、似通った発想の作品をいくつも投じた。まさに、桜の花びらが咲き誇るように、『小説家であろう』の中に、『桜の木』に関する作品が、いくつも生まれた」
そして、と恋は陶酔するような口調で続けた。
「作品という桜の下に、死体を埋めたのよ」