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桜の下には……


 「『桜の下』に真相を埋める……って、どういう意味? 」


 れんの言っていることが理解できず、馬鹿みたいに、言葉をそのまま繰り返してしまった。

 しかし、飲み込みの悪い僕に対して、恋はなぜだか嬉しそうに

 「うんうん。名探偵の推理といえば、こうじゃなくっちゃね」

 「……? 何が? 」

 「するどい推理で、にぶい周囲をけむにまくということよ。これこそまさに名探偵の所業しょぎょうだわ」


 つまり僕が鈍いと言ってるのか。

 協力者に対してあんまりな言いぐさである。

 それでも、体を左右に揺らしてえつに入っている恋の姿は可愛らしく、直接怒りをぶつけることはためらわれた。


 「じゃあ、その推理とやらを、この間抜けなワトスンに教えてくれたらありがたいんだけどな」

 体の中心から息をゆっくり吐いて、怒りを抑えながら、僕は言った。

 

 僕の問いに、恋は口角こうかくをあからさまにつりあげて

 「仕方ないわね~、まあ、これも名探偵の定めよね。自分しか気づいていない真相を、分かりやすく伝えてあげるというのも」

 なぜかノブレス・オブリージュを自覚した恋は、うんうんと頷きながら、

 「じゃあ、解明してあげましょう。この企画を運営が仕組んだ、本当の理由を」


 そうして、存在しない謎の解明を始めたのだった。


 ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


 「もう一度、前提を整理しておきましょう。人気小説投稿サイト『小説家であろう』では、新規企画として、『春の推理2022』を開催している。期間は4月14日から5月12日までの約1ひとつき。サイト内の推理ジャンルを盛り上げようという趣旨で、今回のテーマは桜の木。ここまではいいわね? 」

 「ああ」

 あらためて、何か裏があるんじゃないかなんて、疑問を抱く余地がない企画だなと思いながら、僕は頷いた。

 「さて、推理をする側としては、運営の『推理ジャンル』を盛り上げようとして企画した、なんて単純な理由を信じるわけにはいかない。確かに、サイト内の推理ジャンルの作品は、他の主要なジャンルと違って、数は少ない。盛り立ててやろうという気概きがいは分からなくもないわ。でも、それにしては、おかしな点がある」

 れんは自分も考えをまとめるためか、目を閉じて、忙しく自分の席の周囲を歩き回っている。

 床につまづいたりしやしないかと、隠された真相とは別のところで、僕はドキドキしていた。 


「おかしな点って? 」

 一応、ワトスン役らしく、疑問をぶつけてみる。

 恋はそれに、ぴくっと鼻をわずかに動かし、実に嬉しそうな声音こわねで答えた。

「わざわざ『春の推理』という、推理の題材を広げやすい企画名にしているのに、テーマは『桜の木』と、限定されたものにしているところよ」

「『春』という季節から、単純に『桜の木』を連想しただけなんじゃないのか? 」

「そんな推理じゃ面白くないわ」

 ことの真相はガン無視の姿勢しせいをあらためて強調した恋は、てんを見上げて

「推理っていうのは、もっと、ぞくぞくするようなものじゃないと」


「……じゃあ、キミの考えはどういうものなんだ? 」

 僕の問いに、恋は『待ってました』、といわんばかりの笑顔を浮かべて

「『春』という春季の企画で、サイト投稿者の間口を広げる。その広げた間口に集まった作者たちに、ある作品を集中して投稿させたかったのよ。だから、『桜の木』をテーマにした」

「ある作品? 」

「春、そして桜の木。そしてジャンルはミステリ。あなたなら、まず最初に、どんな作品を思い浮かべる? 」

「それは……」


 月並みの発想かもしれないけれど、僕の頭には、満開の桜の木と、その下に『埋められた』死体に関するミステリが浮かんでいた。

「そう。まさにそれよ」

 恋は、僕の考えを見透かしたかのように言う。

「桜の木と言えば、その下には死体が埋まっている。この日本人特有ともいえる発想は、若くして亡くなった明治めいじ文豪ぶんごう梶井基次郎かじいもとじろうの作品に由来すると言われているわ」

 恋はそこで小ぶりな片手を掲げて

「一方では、あでやかな花を咲かせる桜の木」

 もう一方の片手も掲げた恋は、得意になって

「でも、その綺麗さには、何か理由があるはず。木の下に埋められた死体の血を吸って、美しく桜は咲いているのだ」

 

 恋の言葉は、青空を彩る桜の美しさと、地面の下の死体のイメージを、より鮮やかに喚起かんきした。

 恋はそんな僕の様子を見て、満足したように笑った。

「ね? 日本人なら、推理、春、桜の木と聞いたら、まず、木の下に死体が埋まっている話を考えるものなのよ。少なくとも、それを題材にした話をね」

「それは言い過ぎなんじゃ……」

「じゃあ、実際に見てみましょう」

 そう言って、恋はスマートフォンに目を落とす。

 少し画面を操作していたかと思うと、僕に得意げにそれを見せつけた。

 『春の推理2022』。

 その投稿作品が一覧で表示されている。

「桜の木の『下』、そして、死体。そういう作品が、異様に多いことが分かるわよね? 」

 確かに、タイトルやあらすじからは、恋が述べた、典型的な『桜の木』に関する推理ジャンルの作品が多いように見える。

 もちろん、それ以外の作品もあるけれど、題材として、似通ったものが多いことは間違いない。

「……それで? 」


 僕は、だからなんなんだ、という意味を込めて、恋に尋ねた。

 恋は僕のその疑問に、肩をすくめて

 「まだ分からないの? サイトの運営は、明らかに特定の作品の投稿を誘導しているのよ。推理ジャンルの作品を盛り上げるといいながら、似通った、桜の木のしたに死体が埋まっている話をね」

 「それは分かった。僕が聞いているのは、仮にサイトの運営に意図があったとして……どうして、そんなことをしたのか、っていうことだ」

 作品の幅を狭めるようなことを。

 

 恋は、その僕の問いに、これ以上ないほど喜びを覚えたようだった。

 「木を隠すなら森の中、という言葉、聞いたことない? 」

 うきうきした調子を隠すこともなく、恋は尋ねる。

 僕は首をかしげて

 「 ?どういう意味だ? 」

 「あるものを隠すなら、同じようなものの中に隠すのが、一番ばれにくいという意味よ。ミステリでは、典型的な発想の一つなの」

 「はあ……」

 

 それとこれと、どういう関係があるのだろう。

 僕の鈍さを、恋はかえって喜んだようだった。

 「まだ分からない? この、『春の推理2022』で、サイトの運営は、特定の作品の投稿を誘導した。作者たちは、企画に応じて、似通った発想の作品をいくつも投じた。まさに、桜の花びらが咲き誇るように、『小説家であろう』の中に、『桜の木』に関する作品が、いくつも生まれた」


 そして、と恋は陶酔とうすいするような口調で続けた。


「作品という桜の下に、死体を埋めたのよ」


 

  

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