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春と桜の木


 「なぜ『春』かって……そんなの、今の季節が春だから、じゃだめなのか? 」

 「推理は、もっと奥深いものじゃないと」

 れんは僕の疑問を小ばかにしたように、

 「真相を知った瞬間に、『そんな可能性があったのか!!』と読者が仰天するような推理が、理想的な推理よ。単に推理ジャンルが不足していたから、単に季節が春だったから企画しました。そんな単純な物じゃダメなの」

 そして、彼女はわきあがる快感を無理に抑えるように身もだえをした。

 

 今さらながら、想像以上にやばい女に話かけてしまった。単純な推理だから面白くないって……そんなの、ただのこいつの好みじゃないか。

 「推理の面白さなんて、そんなの、真実とは何の関係もないんじゃ? 」

 「ないでしょうね。でも、そもそもこれは、あなたの小説のプロットを作ってあげるための、いわば『遊び』でしょう? なら、楽しい推理の方がいいじゃないの」

 恋は天井に向けて大きく腕を広げて

 「だから、もっと突飛で、それでいて理屈にかなった推理を考えましょう」

 「……まあ、キミがそれでいいなら」

 どのみち僕は作品執筆を手伝ってほしいだけだ。この外面がいいだけの変態が満足して、協力してくれるのであれば、その「推理」とやらに、僕が文句をつける筋合いはない。


 「ええと……なら、運営が『春』を設定した理由に、他にどんな理由が考えられるんだ? 」

 「まず、『今』の季節が春だから、というのはナシね。単純に推理として面白くないからというのもあるけれど、こういったサイトの企画は、もっと以前から計画されるはずだから」

 「今よりも前に、『春』にすることが決められたってことか? 」

 「そう。この企画を『春』に行うことを、運営はあらかじめ、どんなに遅く見積もっても半年前には決めていたはずよ。つまり、企画を『春』に設定したことには、意味があるはず」

 その意味を考えて、と恋は言うと、ふう、と息をついた。

 それから、スカートのポケットからぺットボトルを取り出し、口に含む。

 ごく、ごくと恋の喉が動く。

 自然な動作なのに、どこかなまめかしさを感じて、僕は慌てて目をそらした。

 

 「ええと……」

 僕は思考を推理の方に費やして

 「『春』という季節が、小説投稿サイトとしての事情、そして、推理ジャンルとしての事情、双方の視点で、有利だと思ったから、じゃないのかな」

 「どういう意味? 」

 「つまり、『春』はー正確に言えば、この企画が設定されている4月14日から5月12日は、ちょうど大型連休を挟むだろう? 暇を持て余した読者が増えるタイミングと言えるし、作者の側としても、連休中なら時間も取れて、作品を投稿しやすい。小説投稿サイトの運営者としては、集客という意味で、『春』は企画に適した季節だった」

 「なるほど。一理あるわね。じゃあ、推理ジャンルに有利というのは? 」

 「それはどちらかというと、キミの領分りょうぶんだと思うけど」


 いつの間にか机に体をのせ、男の僕と目線の高さをあわせていた恋に向き合って

 「つまり、『春』というのは、ミステリとして、題材を思いつきやすい季節だってこと。春は出会いと別れの季節。出会いと別れの数だけ、ミステリも発生しやすい」

 「『春』という言葉にはそれだけの力があると。……あなたにしてはいい推理ね。褒めてあげる」

 

 お前はいったい僕の何を知ってるんだ。

 僕のムっとした感情に、彼女は気づいていないのか

 「でも、テーマが『桜の木』というのは、少し発想の範囲を狭めることになるわね。せっかく『春の推理2022』という『春季』の企画で、想像力を喚起かんきしやすくしているのに。……この矛盾が、謎を解く鍵になりそうだわ」

 「いや、単に『春』といえば『桜の木』っていう連想が働いて、テーマにしただけじゃ? 」

 「だから、そんな単純な推理じゃ、謎は解けないのよ」

 そもそも『謎』など存在していないのだが、恋はわくわくした目つきになって

 「実際の作品を見てみようかしら」

 

 そういうと、恋は机を降り、僕の傍にすっと寄ってきた。

 僕の心臓が早鐘を打つ。

 じょ、じょしが僕の近くに……

 「な、なんだよ」

 「あたし、『小説家であろう』をまともに使ったことがないから。この企画に参加している作品を、あなたのスマートフォンで見せてほしいの」

 「……検索の仕方を教えるよ」


 そして、僕は半ば保護者のような気持ちになりながら、恋にサイトでの作品検索の仕方を教えた。

 恋はすぐに操作方法を飲み込んで、「ありがと」とだけいうと、また自分の机に腰かける。


 それから、しばらくスマートフォンの画面を見つめていた。

 画面を真剣に見つめ、集中する様は、確かに名探偵に見えなくもない。

 もともとキリっとした美人だが、黙考する様子は、いっそう放課後の教室に映えていた。


 僕がそうやって、退屈しているのか、あるいは恋に見惚れているのか分からない時間を過ごしていたとき

 「分かったわ!!」

 突然、恋が叫んだかと思うと、勢いよく教室の床を打った。

 「分かったって? 何が? 」

 唖然とする僕に、恋はまた、例のいたずらっぽい笑みで返す。

 「この推理ジャンル投稿企画に秘められた真相よ」

 そして彼女は名探偵のつもりなのか、ビシっと指を前方に突き出して


 「『桜の下』に、真相を埋めたかったのよ」


 そんな謎めいた言葉を吐いたのだった。



 


 


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