自分に素直になれなかった皇太子とは俺の事だ。愛しい公爵令嬢へ今度は招待状を。
ロディス皇太子殿下は、唖然としていた。
いやもう、本当にどうしてこうなった?という心境だった。
婚約者を選ぶパーティを企画したのだ。
王宮に年頃の公爵令嬢、伯爵令嬢を40人程、招待した。
そしてパーティが始まる時間に、思いっきりお洒落をしたロディス皇太子がいざ会場へ現れてみれば、誰もいない…
いや、正確には給仕はいるが、立食パーティのテーブルと、用意されている御馳走だけがガランとした会場にむなしくあるだけで、誰も招待客がいないのだ。
思わず隣の側近であるジュードに聞いてみる。
「おい、ちゃんと招待状は送ったのだろうな?」
神妙な表情で、ジュードは答える。
「勿論、わたくしの仕事に抜かりはございません。」
「それならば、何故、誰もいない???」
「わたくしにその事を言われましても。不敬であるのは公爵家、伯爵家でありましょう。」
「それはそうだ。よし、明日、公爵家を回って、俺自ら、不敬を問うてくれるわ。」
まったく不愉快である。
自分は次期、皇帝。自分でも自慢したくは無いが、外見はイイ男であると思っている。
身体も鍛えている。皇立学園時代で、教科の成績はトップか2位であり、運動神経は抜群。
どこに不満がある?
皇妃が嫌なのか?
堅苦しい皇妃教育なんぞ、我が国にはない。
ある程度の礼儀さえしっかりなっていて、子が産めれば申し分はない。
外交なんぞは自分で出来るし、何の為にいる外交官だ。
外交官にある程度やらせればよく、皇妃は笑ってさえいればいいのだ。
他国と比べて俺は皇妃の条件を厳しくはしない。
優しい男のはずだ。
何故?誰も来なかった?
翌日、公爵家を回る事にしたのであった。
まず行ったのは、5大公爵家の一つ、マテウス公爵家である。
そこの令嬢、ミーシアナは皇立学園で同じクラスであり、顔見知りだった女性だ。
彼女なら、理由を話してくれるのではないか?
ミーシアナに面会を求めれば、ミーシアナは客間で応対してくれた。
「あら、皇太子殿下。何用ですの?」
「ミーシアナ。招待状は見たよな?」
「ああ、婚約者選びのパーティの?」
「そうだ。何故、来なかった。」
「オホホホホホホホ。あら嫌だわ。わたくしには婚約者がおりますのよ。」
「どこの骨だ?それは?」
「骨ではありません。5大公爵家の一つ、アレティステス公爵家のルード様です。」
「ああ。ルードか。」
ルードも同じクラスだった公爵令息である。
(俺と比べれば色々と大した事はないが…)
ミーシアナは扇を口元に当てて、
「それに、貴方様にはアンリエッタ様がいるではありませんか。」
「アンリエッタっ。その名を出すなっーーーー。」
アンリエッタ・クルテリス公爵令嬢。
5大公爵家の一つクルテリス公爵家の令嬢である。
彼女も皇立学園で同じクラスだったのだが。
生意気な令嬢だった。
学園の成績も常に自分と競っていて、彼女がトップを取る事もあったのだ。
剣技の授業も素晴らしく、教師は彼女が男だったらどんなに良かったかと褒める位だった。
それ程までに完璧で、そして金の髪が美しい令嬢だった。
いつもいつも競っていて、共に行動していた。
共に馬を走らせても、アンリエッタは余裕でロディス皇太子に向かって、
「オホホホ。皇太子殿下と競うのは本当に楽しいですわ。」
「女の癖に生意気だ。馬術も俺より上手いとは、許せん。」
「ほら、こちらへいらっしゃい。」
先に金の髪をなびかせて馬を走らせるアンリエッタ。
悔しい。俺は皇太子だぞ。少しは俺を立てろ。
そう叫びたかった。
だから、彼女と結婚なんてありえない。
そう思っていた。
共に図書館で勉強し…(ライバルと共に勉学に励む。ライバルは常に傍に置いておいて監視したいからな。)
共に昼ご飯を食べ。
(ライバルと討論をし、負かしたい。小生意気なアンリエッタに大きな顔をさせておけるか?)
卒業パーティも、アンリエッタをエスコートして出席した。
ダンスの腕も競っていて、自分の素晴らしい腕前をアンリエッタに見せびらかしたかったからに過ぎない。
思い出したくもない。アンリエッタ。
ロディス皇太子はマテウス公爵家を後にし、次の公爵家に馬車で向かった。
馬車の中でアンリエッタの事を思い出す。
いや、思い出したくはないのだ。ないはずだ。絶対にないはずだ。
思い出される鮮やかなアンリエッタの姿。
金髪で整った顔の美人で、目が大きくて。微笑む姿も美しく。
何で思い出しているんだ。俺はっ…
何とも言えない気持ちで、レクトス公爵家に行けば、そこの令嬢サラディーナが応対してくれた。
サラディーナは歳はロディス皇太子の一つ上である。
「皇太子殿下。何用でしょうか?」
「どうして昨日のパーティ、来なかった?」
「あら。行きましたでしょう?アンリエッタ様が。」
「また、アンリエッタか。」
サラディーナはホホホと笑って、
「皇太子殿下。自分の気持ちに素直にならないと、大魚を逃してしまいますわよ。」
「大魚と言うか?」
「ええ、アンリエッタ様は大魚ですわ。普通、ライバルを蹴落としてでも皇妃になりたい。
それが貴族と言うものです。
でもアンリエッタ様があまりにも素晴らしすぎて。いかに貴方様が素晴らしい男性であろうと…誰も皇妃になりたいと思えない。アンリエッタ様とロディス皇太子殿下。お似合いすぎますから。素直におなりなさい。」
サラディーナに言われて、ロディス皇太子はため息をついた。
「俺はどうしたらいい?」
「そうですわね。パーティを開いたら如何でしょう。婚約者を選ぶパーティを。ただし、アンリエッタ様に今度は招待状を出して下さいませ。」
「アンリエッタから何か聞いているのか?」
「わたくしはアンリエッタとは仲良い友達ですわ。アンリエッタはわたくしの事をお姉様と呼んで慕ってくれておりますの。とても悲しんでおりました。貴方様から招待状が来ないって。」
「アンリエッタが…そうか…」
胸が痛む。
アンリエッタと過ごした皇立学園の日々は楽しかった。
競って、男としてのプライドがへし折られる事もあったが、
話をしていて夢中になって意見を交換し、共に勉強して、教え合い、
馬を並べて走る風は気持ちよかった。
アンリエッタ。
ごめん…素直になれなくてごめん。
今度は君だけに招待状を出すよ。
婚約者を選ぶパーティ。
正装してロディス皇太子は、側近のジュードと共に現れれば、
金のドレスを着て、金の髪を結い上げた、それはもう美しいアンリエッタがたたずんでいて。
「ご招待に与り光栄でございますわ。ロディス皇太子殿下。」
優雅にカーテシーをする。
「ダンスを踊ってくれるか?俺と…アンリエッタ。」
「喜んで。」
アンリエッタと共にダンスを踊る。
彼女となら、この帝国を盛り立てていけるだろう。
彼女ほど、優秀で美しく…そして、自分にふさわしい女性はいないのではないか…
アンリエッタが微笑んだ。
心から愛しいと思い、ロディス皇太子はアンリエッタを引き寄せて、ぎゅっと抱きしめたのであった。
優秀な皇太子妃、後に皇妃になったアンリエッタは、ロディス皇太子を手助けし、
帝国は類を見ない位発展した。
二人は生涯仲良く、三人の皇子にも恵まれて幸せに暮らしたと言う。