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#48 弱さゆえの




 ベアトリクスが放った凍死体のひとつが、瀕死のゼノギアを発見した。

 その報せが入ってきたのは、女王から僕らが黒鴉神について、いろいろと話を聞いている時だった。


「ぁ」


 そんな、ベアトリクスの可愛い声が会話の最中に発生し、女王が顔を隠しながら「どうなされましたか?」と疑問を口にする。

 すると、ベアトリクスはおもむろに明後日の方向へ首を傾け、「見つけたわ」と簡潔に言ったのだ。


 使い魔が何を言っているのか、一瞬よく分からなかった僕だが、それでたちまち状況を理解した。


 “壮麗大地”に来て最初、薔薇男爵との邂逅時、僕はベアトリクスへ屍体を使った捜索網を展開させていた。


 三本勝負やら何やらあって、ついそのことを忘れかけていたが、僕の忠実な使い魔は主の願いをずっと叶えようとしてくれていたのだ。なんて健気なことだろう。僕は感動した。


 最厄地での安全を確保し、一時的にかもしれないが精霊女王をも味方につけた。

 そこに来ての、ゼノギア発見の報である。


(──あれ? これってもしかして、流れが完全にこっち側に来てる? 今の僕、もしかしてすごくいい波乗ってる感じ?)


 魔力欠乏状態で若干ハイになっていた僕は、その瞬間テンションがググッと上がっていくのを自覚した。


 ……とはいえ。


 ベアトリクスの話によると、ゼノギアはどうやら瀕死の状態らしい。

 相当な傷を負っており、生成りでなければとっくに死んでいる。それはもう非常に不安定な有り様であると。拘束具もやたらとつけられ、まさに襤褸雑巾。

 事態が急を要すると察した僕は、ベアトリクスに頼んでゼノギアをただちに救出すべく、凍死体ゴブリンを動かしてもらった。

 黒鴉神の領域から精霊女王の領域へ。

 ひとまず、そこまでの移動が済めば後は女王の霊水がゼノギアの傷を癒してくれる。


 ──結果。


「……ああ。そういえば、あなた方がいたのでしたね……はは、なるほど。わたくしなど、疾うに見放している頃かと思っていましたが……」


 女王の霊水を浴びて、見事に完全回復したゼノギアが呆然としながら呟く。

 丸眼鏡には罅が入り、法衣もところどころ擦り切れ破けてしまっているが、その身体は五体無事だ。

 傷も失った生命力も、すべて癒されている。


「これでよろしいので?」

「はい。ありがとうございます」

「っ、いえ。他にも何かお力になれるコトがあれば、どうぞ、なんなりとお申し付けください……!」


 赤くなった女王がひゃぁっ、と薔薇男爵の背に隠れた。


「生娘ですかな」

「死になさい」


 薔薇の花弁が宙高く吹き飛ぶ。

 途端、隠れるモノを失った女王が慌ててスプリガンの背後まで駆けていった。

 ……しかし、今は生憎ゆとりのある雰囲気に浸っていられる時間ではない。

 僕は軽く咳払いをすると、改めてゼノギアへと向き直った。


「……“壮麗大地(テラ・メエリタ)”の精霊女王も、あなたの前ではまるで初心な町娘のようですね」

「これでもいろいろと苦労があったんですよ」

「……でも、あなたは乗り越えられた」

「まぁ、そうするしかなかったので」


 淡々と言葉を交わし、互いの目を見つめる。


「諦観者の目ですね」

「分かりますか」

「はい。絶望した死に際の人間が、だいたいそんな目をしています」

「……ハハッ! それが分かるあなたも、つくづく、呪われた人生を歩んでいるようで……」

「否定はしません。でも、僕はまだ諦めていませんよ」

「嘘ですね」

「ええ、まぁ」

「諦めても立ち上がった。そんなところですか」

「いいえ。這ってでも進んでいくしかない。そんなところです」

「………………眩しい」


 ゼノギアは深く、深く息を吐いた。

 その顔は虚ろで、生気というものにとことん欠けている。

 肉体が癒えても、精神(こころ)までは癒やされていない証だろう。


(……正直、言ってやりたいコトは、それなりにあったんだけどな)


 貴方が死んだら僕たちの旅はご破算なんだよ、とか。

 無断で自分勝手な真似をしないでもらえるか、とか。

 自分で自分が人間やめかけてるのに気づいているのかよ、とか。

 文句のひとつやふたつくらい、胃痛がするほど気を揉んでいたこちらの苦労を思えば、きっと誰もが許してくれるはずだ。


 けれど。


 ゼノギアという人間は、疾うの昔に打ちひしがれてしまっている。

 後悔を刻んで、自罰と贖罪だけが生きるための(よすが)で、誰かのために死ねたならこれ以上の救済は無いとさえ思っている人間。


 そんな男が、今回、どうしても許せず、ただ自分ひとりの復讐のためだけに誰かを傷つけようとした。

 僕でも分かる。それが、本来の生き方からは程遠いなんてコトは。


 ゼノギアほどの聖職者が、善人が、たとえそうするだけの十分な免罪符を得たからといって、それで同じ人間を殺そうとするのは通常ならありえない。

 ドウエル村の惨劇は、たしかに黒小人(ドヴェルグ)の全滅という結末によって終息したのだろう。

 しかし、そうさせたのはあくまでゼノギアが怪異になりかけるほどに追い詰められてしまっていたからだ。


 村人から譲り受けたクロスボウには、楽しかった村での日々が染み込んでいる。


 だのに、そうした想い出の品を、ゼノギアはかつて殺戮という手段で穢してしまった。


 普段のゼノギアなら、そんな選択をほんとうに良しとしただろうか?

 狂気の淵に立たされ、怨の一文字に囚われても、ほんとうのゼノギアは胸の奥底で涙を流し続けていたのでは?


 魂が引き裂かれる痛み。


 ──それでも、それでも、殺したくて堪らなかった。


 悲劇の象徴であるカムビヨンの仔ら。

 禁忌の象徴であるホムンクルス。

 片方だけでも心を掻き乱されるには足りている。

 なのに、そのふたつが両方とも、自分の人生に深く影を落とした切っ掛けだったともなれば、その胸に広がる幾重もの想いは、果たしてどんな色をしているのだろうか。


 気持ちは分かるなどとは、到底口が裂けても言えはしない。


 だから、僕は一言シンプルに告げた。


「ゼノギアさん」

「……なんです」

「生きていてくれて、ありがとう(・・・・・)

「────え?」

「告白すれば、僕は最初、貴方が(うと)ましかった」


 ベアトリクスやフェリシアと一緒に、どこか落ち着いた場所で平穏に暮らしたい。

 そのためには、たとえどんなコトをしてでも人間たちからの信頼を得る必要がある。

 力で支配するのは簡単だ。恐怖で願いを通すのも簡単だ。


 けれど、それでは大切な女性(ヒト)たちに、その手を血で染めてくれとどうしたって望まなければならない。


 僕はそれが嫌で、ただでさえ悲しい彼女たちだからこそ、祝福された現在(いま)を届けてあげたいと思っている。


 なのに、城塞都市(リンデン)で突きつけられた条件は、ぶっちゃけお荷物としか思えないというか、なんなら刺客なんじゃとすら思える人間のお守りだった。プラス最厄地への直行便。


 ゼノギアという男がどんな人間かも分からなかったし、人の良さげな笑顔で初めてスープを作ってもらった時には、もしや毒が入っているのではとひそかに疑いもした。

 ベアトリクスやフェリシアなど、実際にかなりキツい視線を送っていたはずだ。


 ──でも。


「貴方は、自分が歓迎されていないコトを理解(わか)っていながら、それでも僕のために他愛のない話……美味しい料理の話なんかをしてくれましたね」


 緊張をほぐすため。互いの人となりを理解するため。

 人が人として人と付き合うために必要な大事な一歩。

 最初に歩み寄ってくれたのは、明らかにゼノギアからだった。

 同じ人間として。同じ男として。

 思えば、僕がこの島でそれなりな関係を築けた同性は、ゼノギアが初めてだ。

 無論、友人というには歳が離れすぎ、父や兄というには立場と境遇が遠すぎる。


「貴方からすれば単なる子ども。チェンジリングというちょっと複雑な事情を抱えた哀れな少年。たぶん、その程度の認識だったかもしれませんが、少なくとも、僕の方は違う」


 悲劇を経験し、苦しみながらも懸命に生きている。

 それは、あまりにも人間として(・・・・・)気高い。

 聖者や英雄とは違う。超人など以っての他だ。

 懊悩(おうのう)と葛藤に満ちたその背中には、泥臭くも芯の通った意地が垣間見える。

 当たり前のように善行を為し、当たり前のように道を踏み外しながら、それでもがむしゃらに生き足掻く。


(なら──そんなもの、尊敬するしか他に選択肢がないじゃないか)


 再三に渡って繰り返しているが、僕は凡俗な臆病者だ。

 ゆえに、お世辞にも高潔な人格者とは言えない。

 基本的に自分さえ良ければそれでいいと考えてしまうエゴイストでもある。

 ハッキリ言って、根っこのところを解剖されてしまえば、割とクズの部類に入るコトが明々白々だ。

 だからこそ、英雄や聖人にはなれないし、完全無欠の超人になんてなれやしない。

 だけど、そんな僕でもひとつだけ、唯一目指せるモノがある。


 ──それが、


(『主人公』であるコトだ)


 主人公は負けない。

 主人公は諦めない。

 主人公はどんな困難にブチ当たっても、最後には必ず前へと進んでいく。

 過去を振り返って物語にした時、最後まで胸を張れる人生でありますように。

 群青の空は、僕には荷が勝ちすぎている名前だけれど、別にCOGに限らずよく言うじゃないか。


 人間誰しも、自分の人生における主人公なのだと。


 ゼノギアはまさに、それ(・・)だ。

 自分の人生を文字通り必死に、命を懸けて歩き続けている。真剣に、ひたむきに、真っ直ぐに!

 およそゼノギアほど本気で生きている人間を、僕は見たコトがない。


 だから──


「ありがとうございます。僕はきっと、貴方に出会うことがなければ中途半端に理想を抱き続けて……そしていつか、末期の際に慚愧の海に沈んでいた」


 カルメンタリス島で生きる人間として、その等身大の姿を知るコトができたのは、望外の幸運としか言いようがない。

 この世界で、このカース・オブ・ゴッデスで、僕はゼノギアという男を知れた。

 ならば、この先いつか分厚い壁にブチ当たったとしても、恐らく、膝を屈してしまうコトだけは罷り間違っても起こり得ない。

 苦しみながらも前へと進む。

 窮地に追いやられた時、自分の他にも、この世界にはそういう誰かがいるんだと思い出せる頼もしさ。

 これに、どうして心奮い立たないコトがあるだろうか?


 ──仲間がいる喜びは、勇気の光を灯してくれる。


「だから、ありがとうなんです」

「違うッ!!」


 僕がゼノギアに感謝を告げると、否定の言霊が空気を震わした。


「あ、あなたは……誤解している! わっ、わたくしは、そのような大層な人間ではない……誰かの模範や、精神的支柱になるなど! 絶対に、有ってはならない人間なのです!」

「なぜ?」

「ッ、分かるでしょう! 教えたはずです!」


 突然叫び出したゼノギアに、ベアトリクスとフェリシアが僕の前へと体を挟もうとした。

 それを首を振って制しながら、僕はゼノギアの目を見つめる。


「貴方は頑張っていた。ドウエル村でも、今回の旅でも」

「だから何だと言うのです!? 頑張ったから何だと! その果てが血みどろの惨劇ならば、わたくしの努力は殺人鬼がいかに獲物を痛ぶれるか趣向を凝らしているのと何ら変わらない!」

「そうかもしれない。けど、貴方は真に善かれと思っていたはずだ」

「ッ! そんなモノは! 何の気休めにもなりはしない!」


 ゼノギアの瞳に、剣呑な光が宿り始める。

 長い金髪は独りでに揺蕩い、怪異化の兆候が表れつつあった。


「……わたくしは、人殺しです。ユーリを殺し、皆を殺し、あの子たちを殺した。

 そして、今回の旅では自分勝手にパーティを抜け出して、あともう少しであなた方をも大変な目に遭わせるところでした。リンデンは、王国は……わたくしを生還させなかった厄災の象徴(チェンジリング)を、決して認めはしないでしょう」


 そうなれば、待っているのは迫害と憎悪、負の螺旋だ。


「分かりますよね? わたくしは、つい先ほどまであなた方のコトなど気にも留めてすらいなかった! 

 それどころか、これで地獄に落ちられる。やっと終わりにできるのだと自分のコトばかり! ──つまり! わたくしはまたしてもその罪を上塗りするところだった! そんな人間が、気高い? 馬鹿なコトを!」


 苦しみながらも前へと進む?

 懊悩と葛藤を抱いて、間違えながらも歩き続ける?

 馬鹿を言え。そんなのは咎人として当たり前だ。当然の刑罰だ。

 犯した罪が大きければ大きいだけ。

 積もり積もった過ちの清算には、その重さに相応しいだけの罰と責め苦を味わうのが世の道理。

 人殺しは悪だ。大悪だ。


 ──人間らしい(・・・・・)などと、思い違いも甚だしい!


「わたくしほどの悪人を捕まえて、よりにもよって尊敬? ハハ、ハハハハ、ハハハハハハハハ! 申し訳ないですが、あなたもやはり年相応に子どもだったようですね。世の中の道理をまるで分かっていない……!」


 ゼノギアは憎むような眼差しすら浮かべて哄笑する。

 感謝の言葉など口にするな。

 自分はこの世で最もそれを受けるに値しないゴミである。

 魔力すら微かに滲ませて、驟雨の獣(ゼノギア)は僕を睨んだ。


(……さすが、神父)


 長年神を信じ続けていただけあって、こうと思い込んだらなかなか心の鎖を解こうとしない。いささか辟易としたものを感じてきた。頑固が過ぎる。


 ……だが、それこそがきっと、ゼノギアという人間の素晴らしさを証明してもいるのだろう。


 僕は言った。


「思い違いというのなら、ゼノギアさん。貴方も思い違いをしています」

「なんですって?」

「僕はたしかに、貴方を尊敬できる大人だと思っていますし、貴方ほど本気で人生に臨んでいる人間はいないと思っている。だから、僕は貴方を()()()()()()()()と言いました」


 しかし、


「でもね、ゼノギアさん。僕は知っている」


 世の人々が皆、先ほど語ったような者ばかりでないコトは、うんざりするほどに知っている。皆が皆、誰しもに胸を張れる生き方をしているなんて、そんなのは幻想だ。


 正しく在ろうとして間違える。

 些細な切っ掛けで転落する。

 膝を着いたら二度と立ち上がれず、辛い現実から目を背け、ただ周囲を呪うだけの者。

 怠惰で、わがままで、甘ったれ。


 そういう輩が実は世の大半なのだというコトは、分かっているのだ。


 だからこそ、


「ゼノギアさんは気づいてない」


 人生を本気で、常に命を懸けて歩こうとしている人なんて、探してみればきっと数えるほどにしかいない。

 みんな、ほんとうはダラけていたいし甘い蜜だけ啜っていけたら、それでいいのだ。

 だけど、それじゃあダメだから(・・・・・)仕方なく頑張っている。


 何のために? そりゃ、生きるために。


「僕が貴方を認め、人間として尊敬できると考える理由」


 それは、


「貴方が、愚かで弱い人間の権化でありながら、どんな時でもいつだって、自分の信条に胸を張って生きていこうとしている。そんな数少ない本物の善人(愚者)だからです」


 英雄ではない。聖者でもない。

 超人? バカバカしい。なんだそれは。

 僕が親しみを感じ、これならばと奮起できるのは、もっと身近でもっと分かりやすいモノ。

 大抵の人間は、妥協しながら生きている。

 でも、ごく稀に一部の愚か者(バカ野郎)がそれを激しく拒絶しながら分不相応な望みを口にする。

 無茶だ無謀だ諦めろという周囲の声を振り払って、それはときに、物語の主人公のように。


 ゼノギアは、気づいているのだろうか?


 普通の人間は、ゼノギアが体験したような悲劇を少しでも味わえば、そこで歩みを止めてしまう。

 自罰も贖罪も、痛いし辛いし苦しいから嫌だと遠ざけたくて堪らなくなる。

 現実から目を背け、罪悪感に心を犯されながら、それでも立ち上がろうとはしない。できない。

 それが普通だ。弱い人間に備わったどうしようもない心の弱々しさだ。


「貴方は、貴方が思っているよりずっと尊い。その証拠に」


 かつてゼノギアが救った五人の子どもたちは、その最期になんと口にしたのか。


「──ありがとう(・・・・・)と、貴方は言われたはずだ。貴方の行いは、貴方の想いは、誰かから感謝を捧げられるに足る十分な代物だった! ……それを、貴方は自らゴミだと貶めるのか」

「──ッ、なにを……!」

「いい加減、その後ろ向きな物の考え方をやめろ! 変な方向にばっかし思い切りよくなりやがって……!」


 最後に少し、不満が漏れた。

 けれど、構うものかと拳に力を入れる。

 十歳のガキと三十代の男とでは、体格差も筋力差も歴然だ。

 偉そうに講釈垂れたところで、子どもの戯れ言と切って捨てられれば所詮はそれまで。

 ゆえに──!


「フンぬッ!!」

「!? か、ハッ……!」


 膂力もバカにはならない人外の腕を使い、僕はゼノギアの鳩尾に綺麗な鋭角ストレートを叩き込んだ。

 虚を突かれた生成りの男は、それでいとも容易く大地に背をつける。


「貴方が自分を許せないなら、僕がこの先何度だって言ってあげますよ。ありがとう。貴方と出会えて良かったってね」


 世界は残酷で、けれど美しい。

 だって、こんなにもどうしようもない地獄の中でも、懸命に前を向く者がいるのだから。

 弱さゆえの強さを、たとえ他の誰が認めずとも、僕だけは認めてあげなければならない。

 それは、それだけは、あの常冬の山の誓いにかけて譲れない。


 ──罪や罰と云うのなら、この身はすでに数多の業を纏った大罪人だ。


(僕が、忘れたと思うか? 犠牲者たちの怨念を……!)


 それらは今も、耳を澄ませば傍にある。

 彼岸を視透す青き眼は、見たくないモノも捉えるのだから。

 胸ぐらを掴み、そして言う。


「──諦めて、いいのか。村の人たちに、そのクロスボウに、五人の子どもたちに」


 報いてあげなくて、それでほんとうにいいのかよ?


「貴方がここで進むのをやめたら、いったい誰が、彼らの想いに応えてあげられるんです」

「…………っ」

「這って進め。僕はそうする」


 掴んでいた法衣から手を離し、僕は背を向けた。

 言いたいコトは言ったし、これでどうにもならないのであれば、それはもうどうしようもない。

 ただ僕は、僕の宣言通りに、これからも前へと歩み続ける。

 そのためなら……


「……ベアトリクス」

「ええ」

「フェリシアさん」

「うん」


 目の前に立ち塞がるモノが、たとえ何であろうと踏み越えてみせる。




「──いる(・・)な。姿を見せろよ覗き見野郎」

「GRRrrrrrrrrrrrrrrr……」




 喉を鳴らす獣の唸り声。

 精霊の王国に、翠緑の毒光がぽたり滴り落ちた。





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