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#1 物語の主人公





 『カース・オブ・ゴッデス』は中世ヨーロッパ風の架空の島国を舞台としたダークファンタジーだ。

 主人公の男の子は、赤ん坊の頃に妖精に攫われたチェンジリング。

 髪と目の色を変えられ、その代わりに魔法の才能を与えられた。

 しかしそれは、普通の人々にとっては気味の悪いもの。

 男の子はまだ赤ん坊だというのに実の両親に捨てられてしまう。

 真冬の寒空の下、幼い命はそうして敢えなく散る定めかと思われた。


 ──しかし、凍死寸前だった男の子のもとに一筋の希望が訪れる。


「愛しい坊や。私がキミの母親になってあげよう」


 現れたのは異形の怪物。

 自らを白嶺の魔女と名乗る得体の知れない妙齢の女性だった。

 魔女によって群青の空(ラズワルド)と名付けられた男の子。

 彼は自身に宿った不思議な才能──魔法について母に教わりながら、十歳になるまで魔女とともに過ごす。


 だが、


「あなたは騙されてる。わたしが助けてあげるから一緒に逃げるわよ」


 ある日、山で出会った少女にそう告げられ、ラズワルドは母親──白嶺の魔女の嘘に気がつく。

 自分たちは本当の親子ではない。

 雪と氷に閉ざされた山だけでなく、外の世界を見てみたい。

 ラズワルドは魔女に訴えた。


「……愛しい坊や。可哀想に、騙されているのね」


 しかし、魔女は微塵も狼狽えることなく、優しい抱擁を以ってラズワルドにこう答えた。


「あなたは私の子。夜を友とし、魔を伴侶とする取り替え児。私がずっと守ってあげますからね」


 長い間ともに暮らした母の言葉。

 親身で愛情深く、悪意なんてカケラも見当たらない。

 その一言に、ラズワルドは出会ったばかりの少女を思わず秤にかけてしまった。

 母と他人。

 信頼を置くべきは果たしてどちらが正しいのだろうか、と。

 ラズワルドは少し悩んだ末、母親を選択した。


 翌日、少女が死んだ。


 雪と氷に熱を奪われ、白き凍死体(・・・・・)となった恐ろしい姿で。

 物言わぬ骸となりながら、忌まわしき死霊術の虜となって安らかに眠ることもできず。

 ラズワルドの母親──否、悍ましき白嶺の魔女の手によって、無残にも。


「見て? ラズワルド。私たち親子を引き裂こうとした悪魔を、ホラ。懲らしめてやったわ。どう?」


 ──母さん偉い?


 そして。


 そして、ついに明らかとなる十年間の真実。

 深い雪山で暮らしているのに、なぜ自分たちの家には人間の服や道具がたくさんあるのか。

 狩りや農耕をしているわけでもないのに、なぜ一度も食うに困ったことがないのか。

 時折り姿を消す母が、ひとりでいったい何をしていたのか。


 すべてはそう、山に迷い込んだ人間を殺し、死霊術によって従え労働力としていたからだった。


 なぜと問うラズワルドに、魔女は一言。


「だって、キミを育てるにはそうするのが一番だと思ったから」


 ──斯くして、ラズワルドの逃走は始まる。


 親子愛に狂った化け物の魔の手から逃れるため。

 人の命を弄ぶ怪物への純粋なる恐怖から、少年は勇気を振り絞って山からの脱走を図った。


「なん、で? なんで、なの? どうして? なんでよ? ねぇ、分からないわ……愛しているの! 愛しているのよ? ラズワルドッ!」


 十年間の思い出。

 それまで教わってきた魔法を駆使し、ラズワルドは死霊術を使う母親と対決する。


 そして、最後には運よく出し抜くことに成功した。


 白嶺の魔女は雪崩に呑み込まれ、深い谷の底へと落ちる。


 原作の一巻およびドラマ版のシーズン1は、そうして見事終幕となるのだ。


 ……さて。


 ざっとここまで思い返してみたが、なんてダークなストーリーだろうか。

 COGの原作者はきっと生粋の悲劇信奉者に違いない。

 物書きという人種には得てしているらしいが、どうしてこう読者や視聴者にダメージを負わせる物語を嬉々として作るのだろう。

 感情を揺さぶる作品であるのは間違いなくたしかだが、ハッピーエンド至上主義の僕としては非常に思うところばかりだ。

 原作一巻を読んだ時、次の巻を手に取るかすごく迷ったのは今でも覚えている。

 ドラマ版が大ヒットして世界的に人気を集めていなかったら、きっと継続して読むのを諦めていた人は大勢いたのではないだろうか。


 まぁ、COGが絶大的人気を集め始めたのはシーズン2(原作二巻)からで、舞台が魔法と魔術の学校『エルダース』に移ってからだというし。

 シーズン1はまるまる前日譚というかスピンオフ的なものだと思うことで、ファンの間では見解が一致している。


 斯く言う僕もCOGにハマったのはシーズン2からだ。


 美しくも危険を孕んだ魔法の世界。

 胸をワクワクさせる光景に、童心を絶妙にくすぐるフレーズ。

 世界観もステキで、杖を使った戦いや印を刻んだアイテム、魅力的な異形……。


 どれもこれも、あらゆるものが琴線を刺激した。

 もしもこの世界に生まれ変われたなら、自分もカッコいい魔法使いになりたい。

 そんなふうに胸の内で、ひそかに憧れを秘めてしまうくらいには熱中していたものだ。


 だけど。


原作主人公(ラズワルド)はないでしょ……」


 あれから九年。

 自分があのCOG主人公ラズワルドに転生していると知ってから、僕がそう思わない日は一度としてない。


 いやだってね?

 ラズワルドって本当ににしんどい目に遭うんですよ。

 生みの親に捨てられるって時点でかなり相当なのに、育ての親が裏で人間バカスカ殺して、しかもそれ全部「お前を育てるためだったんだよ?」とかね。マトモな神経してたら、そりゃあ吐くでしょ。


 白嶺……いや、もうこの際だからママって呼ぶけど、だいたいママの呼び名だって由来がとんでもないからね。

 雪山に住んでるから白嶺なんじゃないのよ。

 凍った屍の山を築くから白嶺なのよ。ありえないよほんと。いやマジで。


 COG世界での人外ってのは凡そ二種類に分類されて、はじめからそういう存在として生まれてきた化け物と、人間が後天的な理由で化け物になる二パターンがあるんだけども、ママに至っては数少ない例外でそのミックス。


 “子どもを失った哀れな母親の霊が集まって、女の死体と羚羊の頭蓋骨に取り憑いたことで魔女となった”


 っていうバックボーンがある。怖いよ。ホラーだよもう。

 だからまぁ、ママからしたら息子との関係を壊そうとするものは全部呪殺対象。

 そんな存在に拾われて、親子として十年も過ごしたのは……ほんと、マジで一生物のトラウマになっても仕方がない。

 原作でもドラマでも、ラズワルドはたびたび悪夢に魘されていたからね。あれはほんと、読んでても見ててもツラかった……。

 ラズワルドにとっては仮にも母親だったワケだし、母親を直接的ではなかったにしろ谷底に落としてしまったことへの罪悪感とかも、腹の底にズッシリ重たくなるしんどさだった。


 で、そんな感じでラズワルドはかなりキツいトラウマを背負った後、山を降りてから出会った魔法使い──後の師匠ウッドペッカー──の勧めによって、魔法学校エルダースへと入学することになる。


 山の暮らしでは見られなかった様々な光景。

 同年代の友だちや優しい先生なんかとも出会って、ラズワルドは少しずつだけども心の傷を癒していく。


 なのに、そんなラズワルドにまたも更なる悲劇が訪れるワケだ。


 それはラズワルドがチェンジリングであるがゆえ。

 夜に愛された黒髪、魔なるものを時に必要以上に見すぎてしまう青い瞳を巡って、様々なトラブルが巻き起こる。

 具体的に言うと、


 1、チェンジリングは大変稀少で珍しいため、研究したがる邪悪な魔術師がたくさんいる。

 2、チェンジリングはその肉体を食べると、人魔問わず特別な魔法の才能を手にすることができると信じられている。

 3、チェンジリングは妖精の子どもとして、あらゆる人外・異形・怪異から同族として好かれる運命にある。


 以上の三点。

 これらが原因となって──特に三番目がひどい──ラズワルドはしょっちゅう死にそうになる。


 人体実験目的の魔術師に誘拐されたり、食人嗜好のゴブリンやトロールといった比較的低脳の人外に「美味しそう」と迫られたり。

 触手の化け物や呪殺系の怪異に好かれて監禁されたりもする。


 そういった苦難を、魔法や仲間の協力なんかで乗り越えていきながら、どうにかして自身にかけられた呪い──ファン通称『愛されカース』──を解かんとしていくのだ。


 ハッキリ言おう。死亡フラグの塊かな?


 読者や視聴者としてならドキドキワクワク、ハラハラソワソワして楽しめたが、自分が当の本人、主人公であるラズワルドとして生きていかなければいけないなら、正直、もうかなり「チェンジいっすか?」て感じだ。

 何よりしんどいのは、COG世界は基本的にポンポコ人が死んでいくコト。

 モブキャラなんて死ぬためだけに登場しているとしか思えない展開だってある。


 それでもまぁ、世界的に大ヒットしたのは魔法の演出や印といった設定、魅力ある人外キャラのCGが高レベルだったからだし、僕もラズワルドが苦難をひとつひとつ乗り越えていく度にに「うぉー! がんばれぇ! ラズワルドォッ!」と手に汗握って応援していたクチなので、なんだかんだ嫌いにはなれない。


 でもさぁ……


「実際になり代わってみたいとは、普通思わないじゃん……?」


 魔法使いになりたいとは思う。

 呪文を学んで杖を振って、使い魔なんかと契約したりするのは、ファンタジー好きなら一度は憧れる永遠のロマンだ。


 でも、だからといってその代償に死ぬほどしんどい目に遭うのなら、僕は普通でいい。

 普通の、なんの力も持たない一般人でいた方が、はるかに安全(マシ)だ。


 しかし現実は悲しいことに、僕は何の因果かラズワルドとしての運命を押し付けられてしまっている。まったく、やれやれ。さては僕にゲロを吐かせる気だな?


「オッ、ヴォエ!」 


 ストレスからくる吐き気は今日も僕の傍を離れない。

 胃痛と憂鬱とうまく付き合っていくストレスフルライフという本を出したら、たぶん、僕の右に出るものはいないんじゃないだろうか。映画化すればきっと全米も号泣してくれるはず。


 ともあれ。


 あれから九年。

 僕がママに拾われてから、もうそれだけの月日が経ってしまった。

 表向きはどうにか家族ごっこを続けられているが、原作開始の時は刻一刻と近づいている。

 

 このまま一生をママに縛られて人生を送っていくのは……イヤだ。


 ママは僕に優しく、愛情を持って接してくれているが、与えられる食べものや衣服はすべて──すべて被害者から奪い取ったもの。

 あるいは、死してなお働かされる哀れな魂たちが、せっせと狩ってきたりしたものだ。


「お前のせいだ」


 物語の世界とはいえ、罪悪感が僕を苛む。


 それにだいたい、子どもを愛する化け物が、いざ息子が大人へと成長した時どんな行動に出るかわからない。

 逆上? 混乱? それとも嘆き悲しみ?

 どれも十分ありえそうだし、そうなった時の最悪は簡単に想像できる。


 これまでは逃げる力も歯向かう力も無かった。


 だが十歳。

 十歳になれば原作通りあの少女が山へとやってくるはず。

 それを契機にし、僕は必ずやシーズン2へとたどり着いて見せる。


 目指すは最強の魔法使いだ。


 並居る怪物たちを蹴散らし安穏と生きていける楽園を求めて、僕は最強を目指す。


 そのためには、今はまだ何もかも足りていない。


 知恵も力も。

 魔法も武器も。


 使えるものは何でも揃えなければ。

 必要とあらば、誰かを利用することだって覚えていかないといけないだろう。

 恐怖をひた隠しにし、イカれた化け物から教えを乞うことも。

 偽りの笑顔を顔に貼り付けて、甘えた声を出すことだって。


 “──群青の空(ラズワルド)は夜明け前の瑠璃色だ。

 決して、夜に沈む日没ではない……”


 原作の一節。

 主人公に勇気を与え、恐怖に打ち勝つ力をここぞというところでもたらしてくれる魔法の呪文。


 だから、ああ。

 やってやるともさ。

 

 怖くて恐くて、もうほんとに心底ビビってるけど、生きるために。勝つために。

 クソったれな呪いを、運命を、絶対に踏み越えてやる。


 僕、がんばるから。

 だからさ、どうか。どうか世界よ──






 ──ヒロインは、人間で、お願いします……。




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[一言] ハーメルンから読み返しがてら来たよ
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