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#13 踏み出した一歩





 カース・オブ・ゴッデス。

 通称、COGの世界において、妖精の取り替え児(チェンジリング)はとても稀少で珍しい存在とされている。


 “──夜を梳かしたような黒髪は、彼岸に近いがゆえの呪いであり。

 見えぬものをも見透かす青き双眸は、厄災を招き寄せる兆しである──”


 それがいったい、いつから人の世で囁かれ始めた言説かは定かではない。


 しかし、このCOG世界では、チェンジリングになった子どもは、決まって黒い髪と青い虹彩を持つようになる。

 親や先祖、果ては親戚に至るまで、誰一人としてそんな身体的特徴を持つ者が居らずとも、これは決して変わらない。

 たとえ生まれた時は金髪で、たしかに明るいブラウンの目をしていても。

 妖精に見初められ、一度でもあちら側へかどわかされたなら、もう関係ないのだ。


 一日か、二日か。

 あるいは数週間、数ヶ月、数年というコトもあるだろう。

 とにもかくにも、そうしてしばらくの時間を置いて、いざ戻ってきた時には。


 子どもの髪と瞳は、目を(みは)るようなとても鮮烈な黒と青へ変わっている。


 そして、戻ってきた彼らのもとには、遠からず人ならざるモノどもの手によって、無惨な惨劇が訪れるのだ。


 ある家では、チェンジリングとなった我が子に対して、姿かたちは変われども我が子であることに変わりはない、と。

 そう、受け入れるコトを選んだと云う。


 しかし、その結果。


 その家は三日と経たずして、食人鬼(グール)の群れを村に招き寄せ、自分たちだけでなく村全体を巻き込んだ凄惨な饗宴を開催させるコトになってしまったそうだ。


 また、ある都市では。


 変貌を遂げてしまった我が子を受け入れられず、ある夫婦が子どもを森へと捨てた。

 夫婦は善良な心根の持ち主だったが、恐怖が勝ったのだ。

 とはいえ、人の心は矛盾を孕みしもの。罪悪感が夫婦を苛む。

 そのため、夫婦は都市へ戻るとすぐさま教会へと足を運び、懺悔の祈りを捧げた。


 しかし、森の貴婦人──エルフたちにとって、そんな祈りは毛ほどの意味も持たなかった。


 その日の晩、都市は巨大な樹木によって侵蝕を受け、夫婦どころか都市に暮らしていたすべての者が、強制的に土へ還るコトになる。


 空を覆っていく根。

 後に『都市呑み』と呼ばれる伝承。

 かつて都市があったとされる場所には、今ではとても実り豊かな森が広がっていると云う。幾千もの命を肥料とした、魔の森が。


 ……チェンジリングは稀少で、珍しい。


 しかし、その特性は極めて非凡。

 チェンジリングがその出生数とは裏腹に、この世界の人々の間で忌み子(・・・)として扱われているのは、『チェンジリング=化け物被害』という図式が、半ば常識となっているからだ。


 チェンジリングある所に化け物来たれり。

 最初にその事実に気がついたのは、教会だったと言われる。


 教会は昔から結婚などの祭事を執り行う場所。

 村の牧師や神父は、必然、多くの子どもたちへ神の祝福を祈る。

 汝に幸あれ。時の果てまでも息災であれ。どうかそなたに神の御加護があらんことを。

 村に新たな子どもが生まれれば、彼らは喜んでお祝いをした。


 ゆえにだ。


 自らが祝福したはずの子どもが、ある日突然別人のように姿かたちを変えている。これを異常と思わないはずはない。


 情報は連携され、信仰という揺るがぬ基盤を持つがために、広く膾炙(かいしゃ)して行った。


 そして、たとえ辺境の鄙びた寒村であっても、一人の有識者──牧師や神父──を派遣し、未然に被害を防ごうという意図が生まれる程度には、人々の間でチェンジリングの存在は恐れられるようになった。


 人類は化け物を恐れている。


 その理由は、人類があちら側の存在と比べて遥かに弱いからだ。


 只人は言うに及ばず。

 仮に魔法使いや魔術師、果ては軍事国家の総力を費やしたとしても。


 人間は、たった一頭のドラゴンに敵わない。


 当然である。

 単純な身体能力、カラダの大きさ、物理的な範囲でさえまるで勝つ見込みが皆無であるのに、そのうえ魔法まで使われたら、普通に考えて敗北は必至だろう。


 人間が勝ちを拾えるのは、せいぜいゴブリンやトロールと言った群れる(・・・)習性を持つモノだけだ。

 それだって、最低でも最大限の力を結集させる必要がある。

 ……まったく、返す返すもクソみたいな現実だ。


 前世において、人間は自分たちを霊長と謳った。


 けれど、この世界ではそんなのとてもじゃないが名乗れない。

 食物連鎖の頂点? ──笑止千万。

 この世界に生きる人間は、きっと、下から数えた方が遥かに早い。

 チェンジリングなら尚更そうだ。


 だからこそ──


(僕は、向き合わないといけない)


 ラズワルドとして生きていくこの先を。

 ベアトリクスと共に死ぬまで歩んでいくというコトが、これから先どういう意味を持つのかを。

 ……選び、そして為したからには。


 もう、後戻りなど許されるはずもないのだから──。





 § § §





「消えなさい」


 月の厳かな夜であった。

 煌々と照る月の光。

 星明かりの降り注ぐ閑静な夜道。

 ものみな眠る小夜中に、その一言はまるで氷が水へ溶けるように大気へ消えていく。


「カワイイ、コ。ホシイ!」

「オマエ、ズルイ! アジミ、ダメカ?」

「ヨコセヨコセ。ヨコセヨコセヨコセッ!!」


 耳障りな声。

 人間の金切り声、あるいは虫の断末魔のような音を発して、小さな影が喚き散らす。


「死ね」


 対して、女性の美しいソプラノ。

 高く透き通るような美声を持ったベアトリクスは、喚き散らす怪物たち──ゴブリンの群れに対して、どこまでも冷徹だった。


「“(グラキエース)”」


 問答無用。

 いいや、元より取るに足りないゴミどもと言葉を交わそうと試みたコトが、自らの間違いだったと。

 ベアトリクスはまるでそう言わんばかりの即断で、呪文を唱える。


 パキリ、パキリ。


 肉が凍る音。

 哀れなゴブリンたちは、それでアッサリ事切れた。


「怪我はない? ラズワルド」

「……うん。ないよ」

「ふふふ。よかった。それじゃあ、先へ進みましょうか」

「そうだね」


 にこやかに微笑み、僕はベアトリクスとしっかり手を繋ぐ。

 途端、背後からは畏れの篭った声が幾つも聞こえてきた。


「……ゴブリンとはいえ、百体以上を一瞬でか」

「化け物め」

「……奴が殺した化け物ども、これで何体目だ?」

「下手すりゃ、オレたちの討伐数を余裕で超える……」

「……魔女」


 ヒソヒソ、ヒソヒソ。

 刻印騎士たちは囁き合いながら、僕らの後ろをついてくる。

 これではいったい、どちらが先導しているのか。

 僕は胸の内で小さく溜め息を吐いた。


(……とはいえ)


 常冬の山を降りて、すでに五日。

 最強の使い魔がいるおかげで、道中つい忘れそうになるが、この世界の常識的見地からすると、彼らの反応こそ本来は正しいのだろう。

 人間は弱く、容易く命を失うのが『常識』の彼らにとって。


 ベアトリクスの強さはきっと、何もかもが規格外だ。


 文献で伝わる情報だけでは分からない生の現実。

 実際に目の当たりにして初めて分かる彼我の実力差。

 そういった厳然たる事実へ理解を抱くには、やはり肌で直接覚える感覚にこそ、説得力というのは宿る。


 僕の場合、前世の記憶や知識、転生してからの生活。

 その他もろもろの事情が祟り、ベアトリクスが今さらゴブリンを鏖殺した程度で驚く感覚は、かなり薄い。

 もちろん、


 うわぁ、とか。

 ひぇっ、とか。

 こわー、とは普通に思う。


 しかし、なん……だと……!? 的な驚きの感情とは、あいにくここ数年無縁と言わざるを得ないのが正直なところだった。


 ──というか、ぶっちゃけ。


 チェンジリングである僕のもとには、刻印騎士団では対処不可能な存在がたくさん訪れてもまるでおかしくない。

 今回の旅行きにおける同伴者──二十五人の戦力が実際どれほどのものなのかは知らないけれど。

 今現在、ベアトリクスという最強の守護者(ガーディアン)が僕にはいる。

 安全性の面で比べてしまえば、いったいどちらに軍配が上がるかなんて。

 そんなのはわざわざ、口に出して言うまでもないほど明らかだ。


 幸いにも、ベアトリクスはここ数日すこぶる機嫌が良い。


 この旅が始まって最初は、後ろを歩く騎士団員たちを普通に殺そうとしていたのだが、僕が慌てて止めに入ると、その殺意を何とか抑えきったほどだ。マジ奇跡である。

 使い魔契約を結ぶ前であれば、とてもにわかには信じられなかっただろう。


「分かったわ。なら、こいつらのコトはいないものとして扱うようにする。

 ──だって、私はもうラズワルドの使い魔だものね? ご主人様には従わなくっちゃ」


 とは、その時のベアトリクスが何故か嬉しそうに言った言葉。


 ……魔法使いと使い魔の関係は、たしかに魔法使いが主人と目されるものではある。


 しかし、へなちょこ魔法使いに過ぎないこの僕が、自分よりも明らかに格上の存在にそんなコトを言われてしまうと……なんというか。


 とても、そう。とても複雑な気分で仕方がない。


 加えて、仮にも長年『母』と呼んで接してきた相手である。


 血の繋がりも無いし、なんなら種族すらも異なるワケだが。

 そんな女性から突然「ご主人様」なんて呼ばれてみろ。

 僕はその瞬間、自分が嬉しいのか照れているのか、それとも普通の母親と同じように考えゾッとしているのか、まるで自分の感情が分からなくなった。


 唯一分かったのは、人間は感情がバグると文字通りの意味で思考が停止するというコト。


 ……いや、アレはどちらかと言うと機能の停止だろうか。

 数分間の記憶断絶。

 まるで眠りから覚めた時みたいに、気がついたら時間が飛んでいた。

 気絶をしたというワケではない。

 ハッと意識を取り戻すと、僕は目を開けて普通に歩いている途中だった。だからこそ、あの時の衝撃が恐ろしい。


 ──ご主人様て。ご主人様て……!


「ラズワルド君」


 僕が再び感情をバグらせかけていると、肩をトンと叩き、フェリシアが声をかけてきた。

 金色の視線がジロリと注がれる(当然だが、やはり全然いないものとしては扱っていない)。

 機嫌を損ねてもアレなので、僕は軽く首だけ振り返らせた。


「なんです? フェリシアさん」


 この五日間、刻印騎士団の面々は誰一人として積極的に僕とベアトリクスに接触しようとはして来なかった。

 それはフェリシアも同じで、てっきり、僕はもう自分は彼らにとっくに嫌われてしまったのだとばかり思っていたのだが……はてさて。


「その……ごめんね? 聞こえてるよね、後ろの声……」

「え?」

「結果的に守ってもらってるのはわたしたちも一緒なのに、失礼だよね。ほんとうにごめん」


 フェリシアは申し訳なさそうに謝罪を口にする。

 僕は思いもしていなかった言葉に、一瞬だけポカンとしてしまった。


(何かと思えば、ああ、そういうことか)


 たしかに、言われてみればこの状況。人によっては不愉快と思うのかもしれない。

 僕からしてみれば、騎士団の行動には彼らなりの理屈が通っているコトを理解できるので、ここまで特段思うところはそれほど無かったのだが。


 (はた)から見れば、僕はつい先日、フェリシアたち騎士団の手によってかなりひどい目(人質とか病の呪いとか)に遭わされたばかりだ。


 騎士団側からすると、僕が彼らにいい感情を抱いていないと考えるのはあまりに自然。


(なるほどね)


 ベアトリクスという武器を持った、自分たちに好感情を持っていない子ども。

 客観的に見て、普通のごく一般的な子どもですら、癇癪を起こせば何をするのか分からないのに、彼らが僕に対して不用意に近づいてこれるワケがなかった。


 もしかすると、こうして大人しく騎士団の本部まで向かって行ってるコトさえ、不気味と思われているかもしれない。


 実際のところ、僕は別にフェリシアたちに関して本気で何とも思っていないのだが。


(──まぁ、それを言ったところで、信じられるはずもないしなぁ)


 フェリシアも恐らく、その辺が不安になって話しかけてきたのだろうし。

 僕は少しだけどう返答するかを考えた。

 そして結論。


「別に気にしてないですよ?

 僕も僕で、後ろの人たちには思うところがありますし」

「っ」

「フフ」


 否定したところですんなりと信じられない話を、わざわざ労力を割いてまで信じ込ませるのは非常に難儀である。

 加えて、僕はすでにフェリシアたちではなく、ベアトリクスと共にある道を選んでいる。

 率先して距離を置こうとまでは思わないまでも、要所要所で一定の線引きはしておかなければ。


 ──でないと、お互いにとって必ず悪い結果が訪れるコトになる。


 現に、たった今ベアトリクスが勝ち誇ったように微笑を零したコトからも分かるように。

 人とそうでないモノとの間を、無遠慮にどっちつかずに飛び回るマネは、不要なリスクを招きかねない。


 僕はイヤだ。


 朝起きたらベアトリクスがフェリシアを殺していた。

 そういうクソみたいな現実が起きる可能性は、極力抑えておきたい。


 ゆえにこの場は、それとなくこちら側に隔意があることを印象づけておく。


 ……と同時に。


「でも、フェリシアさん」

「な、なに?」

「貴女には感謝を。僕のベアトリクスに、わざわざ謝罪を言いに来てくれるなんて、やっぱり貴女は優しい人だ」


 騎士団側が完全に敵に回ることがないよう、ほんの少しの歩み寄りは見せる。

 これは、刻印騎士団の本部──城塞都市リンデンへ到着した時のための保険だ。


「騎士団は、僕とベアトリクスをどうするか、決めあぐねているんでしょう?」

「それは……うん。ハッキリ言うと、そうなるかな」

「これは僕の憶測ですけど、リンデンに着いたとしても、結論はすぐには出ないと思います」


 ベアトリクス──旧白嶺の魔女は、ハッキリ言って人間がどうこうできるレベルの存在じゃない。

 十中八九、議論は紛糾するだろう。

 頭数が増えれば、それだけ主義主張の異なる人間が大勢増えるコトになる。


「──僕は、ベアトリクスと一緒に生きていきます」


 それはたとえ誰が何と言おうと、決して譲らない決意。


 けれど、同時に。


「もちろん僕は人間で、ベアトリクスは魔女。

 共に生きていく上で、障害は幾つも立ちはだかる」


 たとえば、白嶺の魔女に子どもを奪われた親たち。

 僕の前任とも言える幼子たちの両親は、少なく見積もっても三組くらいは存命中だろう。

 十年単位のサイクルと仮定しても、この世界の人間の寿命は、長ければ六十年ある。

 それに、親でなくてもいい。

 祖父母や叔父叔母、親戚にまで可能性を広げれば、怨嗟は必ず現在(いま)も地上に残っている。


 そこに刻印騎士団や他の組織も含めれば、外から来る障害は数えきれない。


 人間は愚かだ。


 勝てずとも、殺せずとも。

 感情という制御不能の燃料を燃やし、時にとてつもない愚行を犯す。


 そしてそれは、当然、僕自身にも当てはまってしまう。


 大勢の他人から怨嗟の的にされ、罵詈雑言をぶつけられる。

 憎悪や殺意といった負の感情を常に向けられ、実際に命を狙われるコトもあるだろう。

 ベアトリクスと共に生きるというのは、そういう意味だ。


 僕の心にヒビが入り、イヤだと叫び出す未来。


 誰からも憎まれ続ける生活が長続きすれば、いつかはそうなってしまう可能性が否定できない。

 というより、まず間違いなくそうなるだろう。

 僕は僕を信頼していない。

 いや、ある意味ではとても信頼しているが、それはいつだって最悪な方に傾いている。

 もしも僕がベアトリクスに、


 使い魔になんかしなければ良かった!


 なんて言ってしまえば。

 そこから先は、想像すらしたくない絶望だ。


 ──だからこそ。


「僕とベアトリクスが、平穏に暮らせる未来のために、僕は証明してみせます」


 妖精の取り替え児と白嶺の魔女。

 共に人々から忌み嫌われるモノ同士、ただ平和に暮らせる居場所が欲しいと望むのは決して悪ではないはずだ。


 そのためにも。


「人々を救う。嘆きも怨みも憎しみも、背負(しょ)った分だけ光へ変えるんだ」


 罪の所在も。

 罰の重さも。

 僕には分からない。


 ──それでも。


 向き合うコトだけは、きっとできると信じている。



















 刻印騎士団崩壊まで、残り三十日。


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