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【第4話】

学校でヒカリは図書委員を希望した。

クラスで係員を決めるとき、ひとりだけ図書委員に立候補した。

高校に入る前から決めていたことだった。

ヒカリは子どもの頃から読書好きだった。好きになったきっかけは、小学校の頃、人見知りで無口だったので、ファンタジー系の本を読んでいたら楽しくなったからだった。

自分と同じ立場の主人公がいて、その本にとても感情移入することが出来た。


図書委員の仕事は、曜日ごとに決まった係員が17時まで図書の受付をすることになっている。自分が係りの時、夕方は誰も人が借りに来なかったので、受付でいろんな本を読む時間に当てていた。

宗教の高校なので主に宗教関連だと思っていたのに、好きな文庫本などがたくさん本棚を埋めていた。

村沢先生も最初は怖い先生だと思っていたのに、宿題を忘れたときだけ厳しく叱って、普段は優しくて良い先生だった。

中学の男性教師に当たらなくて本当に良かったと思う。


愛宕嗣織(あたごしおり)は、吹奏楽部に入部してピアノを担当することになった。毎日のように吹奏楽部の教室でピアノの練習をしている。

その為、もし係りの仕事が終わって嗣織と帰宅時間が同じになったら一緒に下校するつもりだった。

その時間潰しというわけでも無いが・・・それくらい仲が良かった。

愛宕のピアノはヒカリも演奏を見たことがあったが、コンクールで入賞するほどの腕前だった。

中学の時、音楽発表会でその演奏を見たことがあった。普通だったら音楽の先生とかなのに、学校の生徒がするのだから、教師の間でも認められているのだと思う。

そんな友を羨ましく思いながら、好きな作家の本などを漁ったり、好きな歴史ものの本を探したりしていた。

(私もピアノ弾けたら良いんだけどなぁ)

そんな絵空事を想像しながらいろんな本棚を巡っているときだった―携帯の着信音がした。

誰もいないと思っていたので、恐る恐る本棚の間を覗き込んで見る。

「―・・・。」

「・・・。」

堀の深い顔だちをした楠木と目が合った。

「あ、ごめんね。」

空気を読んでその場から立ち去ろうとしたが、楠木のスマホには子猫の画像が映っていたので、思わず叫んでしまった。

「わぁあ、かわいい!!」

「おい、やめ―」

立ち去る素振りを見せたが身をひるがえして子猫の画面に釘付けになった。

楠木の制止もきかずに画面を凝視する。携帯の持ち主は驚いてたじろぐ。

(誰にも言わないでくれ・・・。)

楠木には将来の夢が決まっていた。ここで教師に見つかったことがバレれば今までの努力が水の泡になってしまう。

強く願いが通じたのかヒカリはあっけらかんと言った。

「誰にも言わないよ!」

「―え?」

絶対、先生に告げ口をすると踏んでいたのでヒカリの反応が意外だった。ヒカリはポケットから生徒手帳を取り出して、ページを開いた。

「私のも見る?」

ヒカリは生徒手帳の一枚目に飼い猫の写真を貼っていた。それを楠木に見せて反応を伺う。

楠木はそれを反強制的に見せられると心の中で”かわいい”とだけ思った。それを実際に口にすれば、男としての威厳が欠けてしまうと思ったからだった。

「猫を飼ってるのか」

その嬉しそうな返答に、ヒカリは屈託の無い笑顔を向けた。

「そうなの。猫のゴロー君っていうんだよ!やんちゃさんなんだけど、大切に育てていきたいんだよ。」

ヒカリは一度喋り出すと止まらず、先々に話を進める。譲渡会で一匹だけ弱々しく鳴いていたのが今の猫だった。

(いや、聞いてないんだけどな・・・。)

「さっきのは楠木さんの猫?」

「あ、いや・・・猫の動画が好きだから見ていただけなんだ。」

「ふうん・・・猫、かわいいもんね!」

ヒカリは男性は苦手な方だったけれど、楠木は悪い人じゃなさそうだと思った。それに、まともにこうやって話が出来たのも今日が初めてだった。

隣の席とはいえ、いつもは愛宕としかしゃべっていないからだった。猫の話で共通点が見つかったのがヒカリにとっては 一歩前進だった。

ただ、あの日、高校の合格発表で紙を拾ってくれただけなのに・・・相手を意識してしまう。

楠木はヒカリの反応を見て、スマホを学生服のポケットにしまった。

「・・・俺が煙草吸ってるとでも思ったか?」

ヒカリは思ってもみないことを聞かれたのでアホみたいな返事をしてしまう。

「へ?」

「あ、いや・・・なんでもないんだ。」

手毬ヒカリは本当に何も思っていないかのように自分のスマホを元のポケットにしまったが、動揺している相手が気掛かりだった。

楠木が中学の頃、男子同士でいじめ合いなんてよくあったもんだった。せめて女性には優しくしようと思って、あの時、受験番号の紙を拾っただけだった。それが、まさか、同じ高校で隣同士になるなんて思いもよらなかった。

「世間は狭いもんだな。」

ヒカリはそれを聞いて、高校の合否結果を母と見に行ったとき楠木がヒカリの受験番号の紙を持ってきてくれたときの感動を思い出した。

「あの時はありがとう!」

「それな。」

楠木はその場から離れようとしたが、ふと気になったことを聞いてみた。

「ところで、愛宕嗣織とは仲が良いのか?」

普段は愛宕と一緒に何かをすることが多いが、たまにこうやって一人でいることもある。今日はたまたま図書の係りに当たっていた。

楠木も読書はどちらかといえば好きな方だが、あまり周りに知られたくなかった。こうやって誰にも知られずに夕方図書室を訪れたというのに、まんまと手毬の係りの日だったとは迂闊だった。

ずっと図書室にどんな本があるのか気になっていたが、気になるタイトルも無かった。仕方が無いので動画を見て過ごすかと思ってスマホを開いたら親から着信が入った挙句、ただの広告だった猫の動画に手毬が釘付けになったのだ。

(―親から何の着信かは後から電話をすれば良いと思った。)

ヒカリは単純思考そのものだった。楠木から疑いの目をかけられているとも知らずに親友のことを聞かれたので話をした。

「中学の同級生だよ。今、吹奏楽部に入部して、ピアノをやってるよ。」

嗣織の話題に嬉々として話をしだした。中学の時、友達と喧嘩した時、相談によくのってくれたことや、一緒に放課後遊びに行ったことを話しをした。

「お前はピアノやらないのか?」

ヒカリは図星を突かれて意気消沈した。・・・実のところ、嗣織のピアノを見て興味はあったものの、難しくて何度も挫折していたのだった。愛宕以外にはそのことをできれば触れて欲しくなかった。

特にヒカリの母親はピアノが嫌いだった。ヒカリがやろうとすれば、絶対スパルタに変わってガミガミと指摘される。

「やってみようと志したことはあるよ。けど―」

ヒカリの母親も昔はオルガンを趣味としてやっていたようだったが、父親にバカにされたのがショックだったようでもうやっていないという。

「なんでやらないんだ?」

楠木の追及はとことんヒカリ本人を責め立てた。

誰にだって嫌なことのひとつやふたつはあるが、楠木も初めてまともにしゃべれたのが手毬ヒカリだった。―女性からも男性からもいじめに遭っていたのだから、せめて友人のひとりにピアノが出来る奴が欲しいと思っていたところだった。

「う・・・。」

手毬ヒカリは相当に困惑していた。脳内に母親に責められ、父親が母親を責める場面を思い出してしまう。

(誰かいないかな。)

助け船が欲しくて左右を見渡したが、図書室に用事がある者はいない。今は楠木と手毬だけだったので、残念ながら一人で乗り越えるしかない。

楠木はそんな本気であたふたと困り果てる手毬にクスっと笑ってしまった。

「俺は・・・向上心のある奴は好感が持てるんだ。」

ヒカリは笑われたショックで表情が沈む。あからさまに表情がコロコロと変わるのが、あまりにも幼いので呆れてしまった。

遠回しにピアノをやってほしそうに言われ、やっていないことに謙遜してしまった。

(そうだ!自分磨きをすれば、楠木さんは私を見てくれるかもしれない!)

クラスでは席が隣同士になって心の中で小さく喜んだ。楠木さんにとっては普通のことだったかもしれなかったにせよ、ヒカリ本人にとっては偶然が生んだ奇跡のように思えた。

「よし!」

小さくガッツポーズを取った後、楠木に向き直った。猫好きに悪い人にいない。(※持論)

「嗣織ちゃんに聞いてみるね。弾けないけど、聞くのは好きだから。」

「―そうか。」

楠木は納得したように告げるとヒカリの横をすり抜けていった。図書室から出ていく後ろ姿を見ていた。


―最初は好きだったんだ。愛してはいなかったけどな。


***


その週の土曜日、楠木の一件のことが気になって、ピアノの話をしようと思って自宅に嗣織を招いた。平屋の一軒家は立派ではないものの、嗣織なら大目に見てくれそうな気がしたからだった。

飼い猫のゴロー君が喉をゴロゴロと鳴らして嗣織の足元をこする。嗣織が背中を優しく撫でてあげるとさらに体をこすりつけて歓迎していた。

「かわいいね」

嗣織がゴロー君の満足そうな笑みに癒されているのを見るとこっちまで嬉しくなってしまった。

ゴロー君は人懐っこい性格で初対面にも関係なく懐いていた。

「それでね。楠木さんが―」

先日、図書室で係りをしているときに楠木に会ったことを相談した。猫好きなことや好かれたいがためにピアノをやろうかと思っていることさえも・・・。

ピアノをしている人に向かって、不純な動機を伝えたのは失礼に当たる。手毬ヒカリは正直だが、融通が効かなかった。

嗣織はゴロー君の背中を撫でながら、訝し気に考えた。そして、部屋の隅に放置されているオルガンに視線を向ける。

「あれは、お母さんが昔弾いてたみたいなんだけど、今は何もしてないんだよ。たまにホコリが付くから気づいたときに手入れしてはいるんだけど。」

嗣織はゴロー君に『ごめんね』と謝りながらオルガンの方へ行こうとした。

「弾いてみていい?」

そういうと、嗣織はオルガンの椅子に腰かけて、両手を鍵盤に乗せた。それは、吹奏楽部で練習中の曲だった。

「やっぱりすごいね。私には無理かな。」

「ちょっと、心の中でモヤっとしなかった?」

言われてみれば少し悔しい気持ちになったような気もする。友達に対して思う事ではないかもしれないが。

「少し、したかな。」

「私も最初は嫌だったんだよ。ピアノなんか絶対無理って。でも、ピアノの先生や自分より小さな子ががんばってるのを見て、”まだがんばれるかな”って。」

ヒカリは嗣織の意見を静かに聞いていた。

「もし、時間が余ってたら、ピアノ教室行ってみない?」

照れながらも丁寧に人に接するのは品の良さの表れだろう。こういう自分にない部分を持っているところが好きだった。

今度、嗣織が通っているピアノ教室に体験レッスンをしてもらえることになった。


※一部修正しました。

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