【第2話】
都心部から離れた田舎に一軒の平屋の家屋があった。
冬のよく晴れた日、温かな日差しが木造建築の屋根を照らしていた。
その平屋には中学3年生と母親が住まいとしていた。その中学生は女性に似つかわしくない大声を上げて飛び起きたのだった。
「おわあああ!!」
髪をぼさぼさに寝癖が付きまくっているのは、ひとりの少女だった。
手毬ヒカリ(てまりひかり)16歳、赤い瞳に、童顔をしていたがその瞳は大きく、活発そうだった。どこか肌が色白く、幸薄い雰囲気も併せ持っているようだった。
「はぁ・・・はぁ・・・夢?」
まるで別世界に取り残されたような悪夢を見たのだった。ヒカリは額の汗を手の甲で拭うと、あたりを見回した。
(―縁起でもない・・・。)
気が動転してお気に入りのパステルカラーのパジャマも汗ばんでしまっている。しばしば息が荒くなったので深呼吸を繰り返して、落ち着こうとしていた。
平屋の廊下を走る音がしたと思うと、母の富悠が心配してヒカリの部屋のドアを強引に開けた。
「どうしたの!?」
実の母の顔を見て、現実に戻って来たことに実感した。安心して思わず安堵のため息が漏れる。
「な、なんでもないよ。」
変な夢を見たなんて、親に言っても理解されないかもしれなかった。
「早く準備なさいよ。今日は合格発表の日なんだから。」
10月中旬頃に宗教の高校の試験・面接を受けて、今日が結果発表の日だった。ヒカリの母は娘の体調を気遣っている素振りを見せる。顔色が昨日よりも悪くて、血相をかいているようだった。
「うん、心配かけてごめんね。」
「お母さんだけ見に行こうか?」
「ううん、ちゃんと自分の目で確かめたいから。」
母の怪訝そうな表情に胸が詰まった。母は女手一つで自分を育ててくれたのだから、将来は役に立ちたいと考えていた。
ヒカリの部屋は粗末ではあったものの、大好きな読書だけは、小学生の頃から欠かさずに続けていた。その一冊には宗教に関する本が残されているが、母から貰って大事に取ってあるものだった。
ヒカリは夢のことは言わずに身支度を整え始める。母はその様子を見て、躊躇ったようだったが、すぐに台所へ戻っていった。
(大丈夫・・・。)
部屋の壁には中学校のセーラー服をかけておいてある。早く支度をして高校に行かないと―
その宗教の高校の結果発表を見に行くと、すでに多くのギャラリーが集まっていた。
中庭には中学の制服を来た同世代の子ども達が合格発表の看板を見ている。
生徒達が所狭しと密集していた。受験番号を見つけるのに苦労した。
受験番号12245
「―あった」
先に見つけたのはヒカリの母親だった。合格発表の看板が3列しているが、真ん中の隅っこに番号を見つけた。
「本当だ!」
高校受験の為に徹夜して勉強した甲斐があった。今までの苦労が報われた瞬間だった。
「良かったわね!今日はお祝いよ!」
母の嬉しそうな顔を見て自分まで嬉しくなった。自分でも嬉しくて照れてしまう。母と談笑して、身をひるがえして返ろうとしたときだった―
「さあ、帰りましょう。」
男性の肩にぶつかって、受験番号の紙が一枚地面に落ちてしまった。
「あっ」
今か今かと中学生が合格発表の看板を見ている最中だったので、地面に落ちてもすれば見つけるは困難だった。せっかく合格したのに、お守りとしてとっておきたかったのに。
「すみません」
男性は一度詫びてからその場から立ち去ると、振り返らずに生徒を掻き分けていってしまった。
「―・・・。」
喜びムードが少し下がってしまったときだった。母に手を引っ張られ、なんとか群衆からかいくぐる。
「受験番号の紙・・・。」
「合格したから、良いのよ。」
ヒカリの母は肩を降ろす娘を励ますように言葉を添える。その時―
「すみません!違いますか!?」
振り返ると、先ほど肩をぶつけた男性が追いかけてきた。男性は堀の深い外国人のような人だった。身長も高くて、非現実的に思えてしまった。
肩を上下させてぜぇぜぇと荒い息を吐く。膝に両手を付いていたが、その右手には一枚の紙を持っていた。それをゆっくりヒカリ達に差した。
ヒカリは驚いた。あんな群衆の中に落ちたのだから見つかるはずがないと踏んでいたからだった。わざわざ拾って追いかけてくれたのだった。
「あ、ありがとうございます。」
戸惑いながらもその受験番号の紙を受け取る。間違いなく自分の番号だった。
「さきほどは急いでいて、すみません。―では。」
用件だけ済ませるとさっさと行こうとするので一旦引き留めた。
「待ってください!」
すると男性は立ち止まって相手の言葉を待っているようだった。
「お、お名前をお伺いしても・・・?」
ゆっくり振り向くと、若干涙目になっていた。その堀の深い顔だちは、本当に映画俳優のように思えた。
「楠木 偉月―では、失礼する。」
楠木と名乗った男性はまた群衆の中に戻っていってしまった。真面目な人柄なんだと思った。
「良かったわね!あんなに親切な人が世の中にいるのね!」
ヒカリの母は自分の事のように喜んでくれた。
悪夢は何かの予兆ではないかと心配していたが、幸先の良いスタートが切れたと感じた。
けれど、この後、待ち受ける運命をまだ知らなかった。
なぜ、あんなことをしてしまったのだろう
どうして、誰にも相談しなかったのだろう
好きなものだけ見つめていれば良かったのに―
※一部修正しました。