最後の私
私は朝から身支度に余念がない。早起きして、侍女達に身体の隅々まで磨かれ、櫛とオイルで髪を手入れし、衣装と化粧を施す。
化粧は何度もやり直した。
髪型は着替えてから三回変えて貰った。
コルセットもいつもよりもきつく締めて……本当に頑張った。
今までで、一番綺麗な私で最後に会いたかったから。
今日は卒業パーティー。
私は婚約者たる王太子様に、エスコートもして貰えないと知ったのは前日の夜。
今から誰にエスコートを頼めるというのだろう。義理の弟も知っていたであろうが、もちろん私をエスコートするつもりはないという事だろう。
そう。……やっぱり婚約破棄されるのね。
全て私の侍女の言う通りになった。
八歳の時に、初めて彼女の話を聞いた時は驚いた。そして彼女言った通りに色々な事が起きるので、彼女が何かしているのかとも思った。
「ねぇ、マリーは魔女なの?」
「は? どういう事ですか? お嬢様」
「だって、マリーの言った通りになるんだもの。マリーが何かしてるのかな? って」
「ふふふ、私に何か出来るとしたら、この年まで侍女なんかしてませんよ。とっくに大金持ちですよ」
「そっか~。でも、怖いんだもん。私、王太子様の婚約者も婚約破棄されるのも嫌なんだもん」
「大丈夫ですよ、お嬢様! 学園に入るまで、まだ七年もありますからね! 私もお手伝いしますし、頑張りましょう」
「えーでも、婚約者は避けられなかったよ?」
「それは……すでに決まっていたから、しょうがないですよ! 大丈夫! お嬢様は可愛いらしいお方ですから! 婚約破棄なんてされませんよ!きっと」
幼い頃から私の侍女をしてくれているマリーは笑ってそう言った。彼女は結婚もせずにずっと私のそばにいてくれる。
どうして結婚しないの? と聞くと、恋愛は自分の事として楽しむよりも推して楽しむのが、好きなんだそうだ。いつもマリーはそう熱く語るけれど、ちょっと意味がわからない。
マリー曰くわからなくてもいいんだそうだ。
当時三十代くらいだったマリーは、あれから七年経ってもあまり変わらない。
「ああ! どういう事なの! 何故こんなに可愛いらしいお嬢様より、ヒロインを選ぶの! 強制力か! いや、バカなの? そうか! バカだな!!」
そして最近は毎日、こうやって王太子様に怒っている。
私は、マリーの話す意地悪な婚約者にならない様に気をつけて生きてきた。幼い頃から、マリーの話してくれる物語をたくさん聞いていたから。
マリーの話してくれる物語の中には、意地悪な婚約者を断罪して家ごと取り潰しになる様なものが多くて怖かったからだ。
でも、考えさせられる事も多かった。だって確かにそんな意地悪な女の子よりも、優しい女の子の方が良いと思う。それに、お家が悪い事をしていたら、結局いつか罪に問われてしまうもの。
幼い私はお父様に聞いてみたけれど、お父様は罪に問われる様な事はしていないよと笑ってくれた。私はその答えを聞いて安心していたけれど、マリーはお父様に引きずられて連れて行かれてしまった。
お父様のお部屋から戻ったマリーは少しげっそりしていたが、それでも「憂いが減ったので大丈夫ですよ」と笑ってくれた。減ったのなら、良いのかな?
婚約してから王太子様とは仲良くなれたし、私の気持ちはすぐに恋に変わった。
殿下は素敵だ。優しい笑顔も、真面目で一生懸命な所も、文武両道で完璧な王子様。こんな素敵な婚約者がいて嬉しいと思ったし、私も隣に立つのにふさわしい立派な淑女になろうと努力した。
そんな私を殿下も両陛下も両親も、そしてマリーもいつでも褒めてくれていたから、頑張ってこれた。
その頃には忙しいのもあって、マリーの話す婚約破棄される物語のことは、すっかり忘れていた。
十五歳になって、殿下と揃って学園に入学した。
ことが起きたのは、二学年に上がった年。平民の特待生が編入してきてからだ。
最初に私が彼女を虐めていると噂が流れた。一人娘の私が王家に嫁ぐために、養子として迎えていた遠縁の義理の弟とも顔を会わせなくなった。そして、王太子様ともほとんど会うことが出来なくなった……。
そうして最終学年は、私は殿下や義弟とあまり顔を合わせることもなく過ぎて行った。
友人とマリーだけがいつも心配してくれた。
お父様に相談しても、王家からは特に何も言われていないという答えだけだった。
私はこの一年で、疲れてしまった。
殿下の事が好きだから、余計に色々考えて、一喜一憂して。
でも外ではそんな事を悟られない様に、淑女の仮面をつけて……。最後の半年は、泣いて暮らした様な気がする。
そして、昨日のエスコートの断りのお手紙だ。そして、やっと決心がついた。
だから朝からこんなにも頑張れた。
せめて、みんなの目に映る最後の私が一番綺麗に見える様に。
一番美しい笑顔が記憶に残る様に。
殿下の色を纏った私の姿は、もしかしたら滑稽なのかもしれないけれど、この色を纏うのはこれが最後だと決めたから。
私は王太子妃教育で培った強い意思と淑女の笑顔で、一人卒業パーティーの会場に入る。
美しいシャンデリアに、美しいドレスの花が咲く会場。きらびやかなホールに、一人で入場する私を皆が見ているのがわかる。
私はより一層、美しく見える笑顔を浮かべて会場に入る。
そこからの出来事はマリーの語る物語なのか、現実なのか、もう私にはわからなかった。
ただ、理解しているのは、私は婚約破棄されたこと。
にっこり美しい笑顔で会場を去るつもりだった。
……だって、わかっていたから、心構えが出来ていたから。
でも、涙が……私の意思の通りには出来なくて。
あんなに頑張った王太子妃教育も、なんの役にもたたなくて。
美しい笑顔だけを心に残して貰いたかったのに、それも出来なくて。
涙でぐちゃぐちゃな顔を見せたかもしれない。
みんなが息を呑んだのに気がついて、私は会場を一人後にした。
入口でマリーが待っていた。マリーはひとつ頷いて、一緒に馬車に乗り込む。後ろから、誰かが私を呼ぶ声が聞こえたけれど、もう関係ない。
私はマリーと生きることにしたのだ。
真相はわからない。
王太子様が心変わりしたのか、私の悪い噂を信じたのか、それともそれすら全て何か訳があってなのか。
でも、どうでも良かった。心変わりしたなら、そう言ってくれたら良かった。噂も聞いてくれたら良かった。訳があるなら説明してくれたら良かった。
会いに行っても会えないから私からは聞けないし、お手紙を出しても返信もなかったから連絡も取れなかった。
そんな一年は、私の気持ちを変えた。
戦争や政略があって会えないのではない。同じ学園にいて、会わないのは、説明がないのは、もう信頼がない。王太子妃の試験のひとつだったのかもしれないけれど、こんな試験になんの意味があるのだろう。王太子に嫌われても、私は心変わりしないという試験なのか?
まあ、本当に答えはわからない。例えどんな答えだったとしても、私の出した答えは変わらない。
ここにはいられない。
それだけだ。心変わりなら余計にいられない。何もしてくれなかった父にも失望した。態度を変えた義弟にも、婚約者にも。
だから、もう全て捨てることにした。
最後の私を美しく見せることは出来なかったけれど、あそこで涙と共に私の恋心も貴族としての私も全て流して捨ててきたのだ。
外の流れる景色を見ていたら、化粧も気持ちも何もかも全て涙でぐちゃぐちゃの私の顔がガラスに映って……あんまりにも酷いから笑ってしまった。
この逃亡はマリーが用意してくれた。
「大丈夫ですよ。私がお嬢様のハッピーエンドまでお付き合いしますからね! 任せてください」
という彼女に、いつまでも頼ってばかりはいけないだろう。私は何も出来ないただの娘だろうけれど、彼女に恩返しが出来るように努力するつもりだ。
どれくらい馬車が走ったのか、気がつくと私はマリーにもたれて眠っていた。確かに気を張って疲れていたが、一人で寝てしまって申し訳ない。もう、私は貴族でもなんでもないのだから。
馬車がゆっくり止まり、御者が誰かと会話している。私は不安になってぎゅっとマリーに抱きつくとマリーは「やった、隠しルートが開いた……」と呟いていた。
そして、遠慮がちなノックの後に扉が開き、扉の向こうから現れたのは……………………。
このあと隠しルートのキャラにデロデロに溺愛される。
その様子を見て侍女は大満足。