002 崇拝者
さて、本当に何も持たないまま異世界転生してしまったわけだが……
まずは情報集めからしないとな、メアリーって奴も探さないといけないし。
辺りを見渡すと、目の前には小さな村と思われるものが一つ。背後には深い森が広がっていて、どこか暗い雰囲気を漂わせている。
……後ろの森はどうも危なそうだし、とりあえず村の入り口あたりまで行ってみるか。
入り口まで行くと、門番をしている大柄の男が一人、槍を持って立っているのが見えた。
「おいお前! 見るからに怪しいやつだ。その服装、行商人ではあるまい。何者だ!」
男は槍を構えて、険しい顔でこちらを睨みながらそう問いかけてきた。どうやら完全に信用されてないらしい。まぁ上下ジャージ姿だし仕方ないが……
「俺は怪しいものじゃない。 どうか話を聞いてくれ!」
「うるさい黙れ! この不届き者め、しらを切るか。ならばここで死ね!」
やばいぞ、この男話が通じない。
このままじゃ殺される!
「やめなさいオーバル!」
突然門の方から女の声が聞こえてきた。そしてその声に合わせて男の動きもピタリと止まる。
門の裏側から一人の女が出てきた。修道服を身に纏い、肩まで伸びた黒髪と青い瞳を持った端正な顔立ちで、とても優しそうな雰囲気を漂わせている。年は俺と同じか少し下といったところか。
女がこちらに向かって歩いてきて、俺の様子を伺っている。
「あなた、名前は?」
「不知火怜だ。信じてもらえないかもしれないが、俺はこの世界の人間じゃない。別の世界から来たんだ」
「「え!?」」
こちらが名乗るのと同時に、二人はとても驚愕した様子で声を合わせた。
「うそ…… まさか本当に来るなんて……」
「真実を知らずに大変無礼な真似を! どうかお許しください。
おい、ちょっと村長に伝えてくる! お前はこの方を聖堂へ連れて行ってくれ!」
「えぇ、もちろん!」
ちょっと待ってくれ、これは一体どういう事だ? さっきまであんなに警戒してたオーバルとかいう奴も、俺の名前を聞いた途端に顔色を変えて村の中へ走っていったぞ。
「先程の者の無礼をお許しください、レイ様。
私の名はメアリー・ベルモンドと申します。どうぞこちらへ、あなた様をこの村の聖堂へと案内させていただきます。こちらへどうぞ」
女の言葉に従うまま、村の中へと入っていく。
メアリー? こいつがドロシーの言ってたメアリーってやつか。とは言っても、まさかこんなに早く出会うことになるとはな。
というよりこの異様な待遇、何か引っかかるのだが……
とは言ってもまだ何も分からないので、とりあえず彼らに従って村長とやらに話を聞いた方が良さそうだ。
「どうかされましたか? それとも、先程の無礼が気になっておられるのでしょうか。どうかお許し下さい。罰ならなんなりとお受けいたします」
「お、おい。ちょっと待て、これは一体どういう状況だ?」
「……? あなた様が、我々をお助けする為にこの地に降り立たれた勇者様なのですよね?」
「……勇者?」
「はい、そうでございます。ヴィクトリアの民から我々の地を取り戻すために舞い降りられた勇者様です」
おいおいまじかよ。俺が勇者だって? その勇者達の戦いを止めるためにこの世界にきたんじゃないのか?
それに、取り戻すって一体……
「見えてきました。あちらがこの村の聖女が住う聖堂です」
真っ白な建物が一つ、村の真ん中にそびえ立っている。見た目は元いた世界の教会とほとんど同じだ。
「さぁこちらへ」
入り口を開けてもらって中に入る。
中は礼拝堂となっており、木製のベンチがきれいに並べられている。
そして奥の祭壇には老人が一人と女が一人。そしてさっき門前にいたオーバルという男。
老人は似合わない赤いベレー帽を被り口髭を生やしている。隣の女はメアリーと同じ修道服姿だ。
「大変お待ちしておりました、レイ様。私はこの村で聖女を務めさせて頂いております、イレーネ・マラドーナと申します。どうぞイレーネとお呼び下さい」
こいつがこの村の聖女とかいうやつか。
淡い青のロングヘアーに豊満な胸、そして雪のような白い肌。相当な美人だ。
「そして私がこの村の村長をしております、ロイ・ベルモンドです。そしてあなた様の隣にいるのは、私の娘にございます」
ベルモンド…… そうか、確かこの女の名前はメアリー・ベルモンドとか言ってたが、村長の娘だったのか。
「俺の名前は不知火怜だ。大まかな話はここにいるメアリーから伺っている。
そして期待させておいて悪いのだが、俺は自分が勇者であるなどという事実は知らない。……正直あなた方の言ってることに確信が持てないんだ。だから、詳しい事情を聞かせてくれ」
「かしこまりました」
イレーネはうなずいた後、事の詳細を話し始めた。そしてその顔には、どこか神妙な影が見えた。
「私達この村の者達は、古くよりこの地の住人であったセイラの民という一族の血を引いております。そして、かつてここにはエデルガルドというセイラの民のための国があり、一族はそこで平和に暮らしていました。
しかし5年前、北東の大国ヴィクトリアがエデルガルドと侵攻し、ここより北に広がる広大な土地と一族の人間の大半を奪い去っていったのです。
そして残った者たちも分断され四方に散ってしまい、我々に残されたのは一五〇名あまりの同胞とこの村の小さな土地のみ。私達はこれからどうすればいいのかも分からず、途方に暮れていました。そこであなた様が現れたのです。」
「というと?」
「……神託があったのです。神からの神託が。
ちょうど1ヶ月ほど前のことでした。そこにいるメアリーが、夢の中で『レイ』という名前を聞いたというのです。
我々の信じる教えでは、はるか昔にセイラの民が危機に扮した際にも同じことがあったと言われています。ある日民の一人がある者の名前を聞き、その後同名の者が突如現れ世界を救ったという伝説です。
彼はその後、その姿から『赤の勇者』と呼ばれ、今現在まで語り継がれてきました」
「そしてその後にちょうど同じ名前の人物が現れた、ということか」
「その通りです」
なるほど。
その神託(?)と同じ名前だったから、みんな俺が『赤の勇者』だと思ってるわけか……
ドロシーからこの世界について大まかには聞いた。だが『赤の勇者』については何も聞いてないし、そもそも話自体されていない。
それに……
「なるほど、大体の事情は理解した。
だがすまないが、まだ俺は自分自身がその『赤の勇者』かどうかは分からないんだ。だからそれについてはなんとも言えない」
「それなら、いい方法がございます」
村長のロイが割り込んで話始める。
「ちょうど今より一年後、北東の隣国ヴィクトリアにて勇者の仲間を選ぶための勇者選抜試験が行われます。
我々にとっては敵国ではありますが、その日には魔王討伐のため周辺の多くの地域より参加者を募るはずです。なので是非レイ様にも参加していただき、そのお力を我々に示していただきたいのです」
「えぇっと、それはつまり……?」
「勇者選抜試験に生き残る力があれば本物。
無ければ、残念ながらそうではないということでございます」
体中が無意識に力み、緊張が走る。
「俺には剣の心得もなければ魔法の使い方もわからない。それでも一年でどうにかする術があると?」
「はい。勇者様であればその程度のハンデは造作も無いかと」
「……わかった、それでいい。
ただし、この話を呑むにあたって条件が二つある。
一つは、俺に剣と使い方と魔法を教えてくれる師を見繕って欲しいということ」
「もちろんでございます。この村で随一の者をおつけいたします」
「そうしてくれると助かる。
そしてもう一つは……」
「もう一つは?」
「……俺には敬語を使わないこと。俺はあなた方に敬われるような存在じゃない。だから、これからはせめて対等な者同士として扱ってくれないか。
正直今のままじゃ色々と支障が出そうなんだ」
「……わかった、これからは敬語はよしておこう、皆もそうするように」
周りのものがうなずく。
「そして最後に一つ、言っておきたいことがある」
「なんだね?」
「この世界に、神なんてものは存在しない。少なくとも今はな」
***
「ここだ」
ロイに連れられてやってきたのは、村の西端にある小さな家。作りは綺麗だが所々に刃物で切ったような傷跡があり、家の隣には大量の木片が積んである。
「メイザースはおるか! いたら返事をせい!」
ロイが大声を張り上げて名前を呼ぶ。しかし家の主は一向に姿を現さない。
「あいつ、こんな時にまで……
勇者レイよ、もう少しついて来てくれぬか?」
「俺は構わないが」
そういうとロイは、家の主に会うために再び歩き出した。
探すというよりは居場所を知っている、という感じの足取りだ。
しばらく歩くと、村の入り口が見えてきた。そこから村を出て、奥に見える広大な森へと向かっていく。
「この森に入るのか?」
「そうだ。何か不満でも?」
「いや、特には。……ただ、初めて見た時からこの森には妙に嫌な気配がするものでな」
「ほぅ、分かるのかお主」
「……?」
俺の言葉を聞くと、ロイは何かを悟ったかのようにそっと笑みを浮かべ、そのまま無言で森へと歩き出した。
森の中をただひたすらに真っ直ぐ進む。
背の高い木々の間を通り抜け、薄暗い道をしばらく進むと、少しひらけた場所が見えてきた。
二人分の男の声と耳を指すような金属音が聞こえてくる。一人は太く低い声。そしてもう一人の声はおそらく俺と同じくらいの歳のものだ。歩き進めるにつれて、だんだんとその声は近くなっていく。
「ほれ! どうした! この程度も受けきれんのか!」
「ぐっ、うぅ……!!」
一方には、剣を両手で構え、重ねた刃を睨みつけながら大地を踏みしめ歯ぎしりする金髪の青年。
そして他方には、キセルを片手に真っ直ぐと振り下ろした剣を見ながらにやりと笑う赤髪の男。
男は身軽な動作で何度か剣を振り下ろすが、青年はその衝撃を受け止めきれずに仰反っていく。
「ほれ!」
男は後方へ引いていた左足を前に出し、青年の足を引っ掛けて転ばせた。
「うわぁ!」
「はっはっは! まだまだだなレオ! 剣ばかりを見てるからそうなるのだ!」
「はぁ……はぁ……くっそ、また負けた……」
青年は息を切らしながら地面に仰向けになるよう倒れ込んだ。
「お前たち、やっぱりここにいたのか」
ロイは呆れた様子を浮かべながら、目の前の二人に言う。
「お、ロイじゃねぇか! よう、今日は何の用だ?」
どうやらやっと俺たちの存在を認知してくれたらしい。男はこちらを見つめながら首を傾げる。
「その横のやつは? この村の人間じゃなさそうだが」
「今日はその件で来た。お前たちに大切な話がある。この者とこれからに関する話だ」
この二人…… いや、正確にはこの男に用があるらしい。ってことは、この男が俺の剣の師匠のメイザースか。
ロイが言葉を続ける。
「紹介しよう、こっちの野蛮そうな男がメイザース。さっき言った通り、これから一年間君の師匠兼世話係を担当する」
メイザースの容姿は紺色の着物を着た中年の男で、服の上からでも分かるほどの筋肉質な体とその凛々しい顔立ちからは彼の強さが見て取れる。腰には剣……いや、刀を一本下げており、長い赤髪を後ろで結っている。
「そしてこっちがレオ・ルクス。君と同じく、勇者選抜試験を受けるためにメイザースの元で修行を積んでいる者だ。ちょうど彼も半年ほど前から修行を始めたばかりなので、君より少しだけ先輩ということになる」
レオ・ルクスは不思議そうな表情でこちらを見つめている。服装は普通の村人と変わらないが、その服はさっきの修行のせいか土で汚れている。
「君たちは年も近いし、何より同じ目標を持っている。仲良くしたまえ」
「おいおい、ちょっと待て。俺が世話係だって?こいつのか?」
「あぁ、そうだ。
この者の名はレイ・シラヌイ。一カ月前にメアリーが夢で聞いた勇者と同じ名を持つ者だ」
「ほぅ…… それじゃあお前の娘が言ってたことはマジだったってわけか!」
メイザースは顎に手を添え、面白そうなものを見る表情でこちらを見つめている。
「ということは、君も勇者選抜試験を?」
レオは突然のことに驚いた様子を見せ、焦りながら問う。
「あぁ、そういうことだ。
確か俺が勇者かどうかはっきりさせるためだとか言ってたな」
「本当かい!? ということは僕たちは仲間ってことだね!」
「仲間?」
「そうさ、仲間さ!」
レオは目を光らせ、嬉しそうな表情でこちらを見つめている。これは下手に答えない方が良さそうだ。
「あ、あぁそうだな。俺達は今日から同じ目的を持った仲間だ。よろしく頼む」
「よろしくね、レイ!」
こうして、俺の修行の日々が幕を開けたのだった。