001 死後の世界
人は必ずいつか死ぬ。これは変えられない運命であり、その境遇もさまざまである。
かく言う俺もそうだ。幼少期から体が弱く、突然発症した原因不明の病で二十歳の誕生日に死んだ。
はずだった。
「やぁ、不知火怜君。初めましてだね。
僕の名前はドロシー、ただのしがない魔法使いさ」
二度と開くことはないと思っていた目は、眼前に一人の女の子とその周囲に広がる小宇宙のような空間を捉えていた。
腰の辺りまで伸びた青みがかった銀色の髪。先の折れ曲がったとんがり帽と、ほっそりとした身体には似合わない大きな紫色のローブ。容姿はいかにも魔法が得意そうな美少女という感じだが、胸はあまりないらしい。
確かに俺は一度死んだはずだった。でも現に今ここに立っている。
「色々と物言いたげな顔をしているね。
気持ちはわかるよ。なんせ死んだと思ったらいつの間にか知らない場所に立っていて、目の前に謎の美少女が座っているんだから」
ドロシーは全てを見通してるかのような笑みを浮かべながら、大きな椅子に肘をついてこちらを見つめている。
視認できる情報だけで現状を把握するのは難しい。ただ、いまはっきりさせておかなければならない事項がいくつかある。状況をある程度把握していなければパニックに陥ってしまい正常な思考ができないからだ。
「あぁ、その通りだ。
単刀直入に言わせてもらう。アンタが一体何者で、なぜ俺をここに呼び出したのか、その目的を教えてくれ」
「ほぅ、いきなりグイグイ来るね。僕が君を呼び出した目的か……
ねぇ、君は自分の住んでいた世界がどんな風にして今のようになったのか知ってるかい?」
肘をついた方と逆の手を伸ばし、広げたてのひらを見つめながら問う。
質問したのはこちら側のはずなのだが……
なんだかはがゆい気分だが、ここは素直に相手の問いに答えることにしよう。
「あぁ、もちろん知っている。地球が生まれて、そこから生物が誕生して、その後現れた人類が文明を創った。それが今の俺たちの社会だ」
「そうだね、それはある意味では正しい。しかしその答えには重大な部分が欠けている。それが何か分かるかな?」
重大な部分……?
この女の意図が読めない。義務教育で習った浅い知識だが、質問に沿った回答はできたはずだ。
「……分からん。なんだそれは?」
「運命さ」
ドロシーは椅子に腰掛けながらも前のめりになって俺の方を見る。
「運命……?」
「そう、運命。もっと正確にいうならば、神の意思とでもいったところかな」
「……つまり、ありとあらゆる出来事は全て神が決めたことで、俺たちの意思とは無関係に起こっていると?」
「そう、秩序のある世界を維持し、無秩序にならないように運命を操る。神はそうやって自分の創造した世界を守ってきた
……でも例外もあった。僕が元いた世界では神は存在せず、運命の矯正力もなかった。いつからそうなのか、なぜそうなったのかの詳しい事情は僕にも分からない。だけどそれでも世界は秩序を保っていたんだ。五〇〇年に一度現れるといわれる勇者達によってね。」
さっきまで見透かしたような素振りをしていたが、突然悲しそうな表情を見せた。
「勇者、か。
ということは、その世界は俺が元いた世界とは随分違うみたいだな」
「そうだね。その世界は魔法の概念も存在するし、恐ろしい魔物だっている。君たちには馴染みないでしょ?」
つまり、決められた運命がない不安定な世界で、秩序を保つための役目を勇者が負い魔物から人々を守ってきたということか。
「いつもはそれで上手くいっていたんだ。でも今回は事情が違う。不幸なことに、今回選ばれた勇者達には重大な欠陥があるんだ」
「そいつらが弱すぎたとか?」
「いや違う、その逆だよ。彼らは余りにも強すぎた。そして同時に、勇者と呼ぶには程遠い歪んだ性格の持ち主だったのさ。このままだったら次代の魔王を倒すどころか世界中を巻き込むような泥沼の戦いが起きてしまう。そうなれば全部終わり、ジ・エンドってわけ」
「だからその勇者達の戦いを止めるために俺が呼ばれたというわけか」
「ご明察」
なるほど、大体の話が見えてきた。
「言っておくが、俺には魔法の経験もなければ剣の心得もない。他の人間と何も違わない。いや、むしろ弱いくらいだ。なにか力になれるようなことがあるとは到底思えないが」
「そうだね、きっと今の君が僕のいた世界に行ったって、何もできずに終わってしまうかもしれない。でももしかするとそうじゃないかもしれない。それにさっきも話したけど、その世界には神なんて存在しないんだ。君は自分の力で運命を変えられる。
それに、君には他の人にはない力がある。今はまだ教えてあげてられないけど、いづれ分かるはずさ」
運命、か……
もしドロシーの言っている事が本当だったとしたら、俺はそうなるべき運命として死に、病気の原因も分からないまま一生を終えることになっていたということになる。そんなのたまったもんじゃない。
「……わかった。
正直アンタがどういう意図で俺を呼んだのかは分からない。他にもっと使える人間がいたはずだ。だがアンタは俺を選んだ、これはきっと何か意味があるんだろ。それに、俺は運命なんてくだらないものに従って死ぬのは絶対にいやだ。
だから引き受けてやる。どんな世界だろうと生き抜いて、自分の運命は自分で決めてやる!」
「よく言った! 君は僕にとっての、いや、僕たちにとっての希望だ。よろしく頼むよ
そうだ、ちゃんと君に向こうの世界のことを説明しておかないとね。」
俺はドロシーから彼女の世界についての話を聞いた。それはあまりにも自分の常識とかけ離れており、全て理解するのにかなりの時間を要した。
「そうそう、最後にこれは伝えとかなきゃいけないんだけど、向こうに飛んだらまずはメアリーという人物を探すといい。彼女ならきっと君の力になってくれるはずさ」
「分かった、探してみる。」
ドロシーはそっと笑みを浮かべるが、どこか寂しさの影がある。別れを惜しんでくれている……ということなのだろうか。
椅子から立ち上がり、目の前まできて俺の胸に手を当て、全く耳に新しい言語で魔法の詠唱を始める。すると、体から途端に光の粒子が飛び出し、体全体を包み込んだ。
「では、あとは頼んだよ」
「あぁ」
意識が何か優しいものに包まれていくような気がした。
目を覚ますと、何もない丘の中央で仰向けになって寝ている状態だった。見慣れない空だ。青い
ことは以前と変わりはないが、少し色が薄い気がする。
とうとう俺は異世界に来たんだ。
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