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【短編版】青眼の勇者の英雄譚〜魔王を倒したのに王国追放された元天才勇者、他国の魔法学院にて、その圧倒的な力を行使する。正体は隠す、だけど実力は隠さない〜

作者: レビウス

 この大陸には圧倒的な力を持つ者が存在した。


 ──五百年前に突如、出現した魔物の王、魔王である。


 この大陸にあった五つの国は、魔王を討伐するために、それぞれ五百年にわたり、魔王討伐隊を組んでは送った。

 

 一個体で圧倒的な力を持つ人類の英雄、勇者。


 大陸最強の軍力を持つ、騎士団。


 魔法を極限まで極めた、大魔法士。


 終いには世界最強の生物、竜をけしかけたことまであった。



 ──だが、どれも魔王を殺すには至らなかった。




 そして時は経った。魔王が出現してから五百年、遂に時代が変わる瞬間が来ようとしていた。

 バーレンス王国の歴代最強の勇者と言われる男、アレク・ライジェスタとそのパーティーが、人類の希望を一手に担い、魔王城への侵攻を開始したのである。




「俺の勝ちだな」


 全身を返り血で真っ赤にしている男、勇者アレクは、同じく血だらけの魔王に向かって勝利宣言を発した。


「ふっ、最後まで寡黙な奴め。だが──そうだな、今度ばかりは余の敗北だ。青眼の勇者、アレク・ライジェスタよ」


 心臓を剣が貫通しているはずの魔王は、しかし笑って負けを認めた。アレクはそれに少し不信感を抱く。


「そう睨むな、さすがの余とて、負けはしっかり認めるぞ」


「そうか。ならば俺としては、さっさ息絶えてくれるとありがたい」


 勝ちを確信していても、決してアレクは警戒を緩めない。今までの敵から学んだことだ。

 実際、最初の方は油断のせいで窮地に陥りそうになったことが多々ある。


「それとも、もう一箇所くらい剣を突きささないとダメか?」

 

「そう焦るな。余とて不死身なわけではない。どうせもうすぐ死にゆくのだ。少し話の相手をしてくれても良いではないか?」


 苦笑する魔王。今までの魔王の噂からは考えられない提案だ。

 アレクが事前に魔王について知っていたのは、極悪非道で残虐の限りを尽くしてきたということだけ。

 だからこそ、今の魔王は、アレクが抱いていた印象とは大きく異なっていた。


「勇者と魔王が何について話すというのだ?」


「ほう、興味を持ってきたようだな」

 

 一時、戦闘体制を解いたアレクを見て、魔王は笑みを浮かべて言った。


「だがまあ、話というよりは忠告だ」


「忠告? 魔王が勇者にか?」


 世界中で忠告などという言葉が最も似合わないのが魔王だ。

 アレクも、魔王と忠告し合うような間柄になった覚えは無かった。


「必要ない」


「ならば勝手に喋らせてもらおう」


 一蹴したアレクに対し、魔王は勝手に喋り始めた。


「言っておくが、喋っている最中に攻撃をするでないぞ。そのようなことは鬼畜の所業だ」


「──お前が言うか......」


 先ほどの殺気はどこへ行ったのやら、アレクは魔王に呆れの視線を向けていた。


「余計な前置きはいらない。それで? 忠告とはなんだ? 」


 その瞬間、アレクは無意識に戦闘体制に移り直した。魔王の気配が変わったのである。

 ふざけていたようだった魔王の声は一瞬にして重くなった。

 

「では今から余が話すこと、心して聞くが良い」


 そして、魔王は語り出した。

 

「圧倒的な力というものは、所持しているだけで敵を作る。今までは余であったが、今この時からこの大陸最強は貴様だ、勇者アレク。故にその力を疎む者も多く現れるだろう」


 アレクは表情を険しくした。


「だが、そんな貴様にそれを解決する方法を教えてやろう。余のように──自らが頂点に立てば良いのだ」


 魔王の言うことにも一理あった。確かにアレクの圧倒的な力をよく思わない者は必然的に現れるだろうし、自らが頂点になれば、それを解決することもできる。


 だが──


「そうはいかない。俺はあくまでも勇者だ。王に仕え、民を守るのが責務だ。お前と違って、王の座なんかに興味はない」


 すると、魔王は血を口からゴボゴボと吐き出しながら笑った。


「はっはっはっ、馬鹿正直なやつだな。だがそれも悪くない。いや、それでこそ余を倒した勇者だ」


 なおも笑い続ける魔王。だが、その魔眼からは、だんだんと生気が失われていく。


「────最後の忠告だ。周りに気をつけろ。敵は貴様が思うよりも近くにいる──」


 そう言い終わると共に、魔王は完全に息だえた。


「──ああ、一応、心に留めておこう」


 アレクは、動かない魔王の亡骸に向かって、そう呟いた。


 長かった。誕生してから五百年、変わらずこの大陸に君臨し続けた覇者、魔王サファイアは遂に、この日、勇者アレクによって倒された。



 アレクは疲労のあまり「はぁ」とため息をつく。思えば、五時間以上、一息もつかずに戦い続けていたのだ。ここまで長く戦っていたのは初めてかもしれない。

 それほど魔王が強かったということだ。


 

 その時、ドカンッと音がして、こちらに走りこんでくる影が見えた。

 三メートルはあろう巨体と、頭に生えている一本の角。

  

 間違えない──


「魔王軍の残党かっ!」


 アレクはすぐさま魔王の亡骸から剣を抜くと、横に一閃する。


「グウウウウゥゥゥゥゥゥ!!!!」

 

 体を上下真っ二つに斬られたその魔物は、しばらく叫び続け、やがて絶命した。


 斬ってからアレクは、あることに不信感を覚えた。

 例外はあるが、魔物にも知能はある。そのため、普通はそのまま突撃してくることなどない。

 だが、この魔物は、アレクが剣を構えたのを見てなお、そのまま突っ込んできた。

 

「......狂っていたのか......それとも......」


 確かに狂っている場合は、知能など存在しない。だが、アレクには、この魔獣が狂っているようになど見えなかった。

 それどころか、何かに怯えているように見えたのだ。


 アレクが魔王城のとてつもなく広い廊下に出ると、またこちらに向かって走ってくる影が見えた。

 

 何か叫んでいる。今度は人間だ。


「ライキか」


 ライキはアレクの勇者パーティーの一員にして、王国最強とも噂されるほどの魔法士だ。

 ちなみに、このパーティーにはアレクとライキの他に、剣聖キリスと、聖女ルナが所属している。全員が各界隈最高峰の者だ。


「お、おお......アレク、終わったのか......?」


「ああ、魔王は完全に死んだ。お前たちこそ、残党は始末したのか?」


 アレクの答えにライキは一瞬残念そうに目を伏せた。


「どうした?」


「いや、俺たちも魔王と戦ってみたかったなあって」


 ライキたちはアレクが一対一で魔王と戦えるよう、魔王の部下たちの相手をしていたのだ。

 

「魔王は強かったぞ。危うく負けるところだった」


「でもやっぱり、さすがだな。アレクは。今日からお前は大陸中の英雄か。羨ましいぜ!」


「それはお前もだ」


 すると、ライキは「そうか、そうか。俺も英雄か!」と高笑いを始めた。

 ライキに、すぐ調子にのる癖があるのはアレクも知っていたので、何も口に出さない。


「おっと、そうだ。魔物を一体逃してしまったんだ。お前のところに行ってないか?」


 ────なるほどな。それを追いかけてきたのか。


「ああ、俺が倒した」


「お、おう、そうか。悪いな」


 ライキはまたもや目を伏せた。自らの失態のせいでアレクと目が合わせづらいのだろうか。


「構わない。それより、ルナとキリスはどこだ?」


「多分、もうすぐ戻ってくる」


 そうライキが言った直後に、二人は戻ってきた。



 結果としては、一体の魔将とその部下を覗いて、魔王軍をほぼ壊滅させることができた。

 魔将一体を逃したのは、かなり痛いが、目的であった魔王の討伐は果たせたのだ。上々というべきであろう。


 何はともあれ、今ここに人類が長らく続けてきた、魔王討伐戦は終わったのだ。





※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※




 その日、アレクは王城に呼び出されていた。


 魔王を倒し、十分な休養をもらえた上での呼び出しだったので、アレクは褒美だと思っていたのだが──



「こやつを引っ捕えよ!」


 ────あろうことか反逆者にされてしまっていた。




「さあ、もう言い逃れはできぬぞ、勇者アレク」


 『玉座の間』にて王の声が響く。そして、その手には一枚の紙が握り締められていた。


「お言葉ですが、王よ。それは私のあなた様への忠誠を、引き裂くための陰謀かと」


 アレクは冷静を崩さずに答える。だが、王は頷かない。


 王が握り締めている紙は、自分に対しての暗殺計画書だった。王暗殺計画......などというのは特に珍しくもないのだが、これは少し違った。


 決行日時、決行場所、役割分担など、様々なことが記されているのだが、その真下に、計画者アレク・ライジェスタと、でかでかと書いてあったのだ。


 無論、アレクには何の心当たりもない。

 だが、王は完全にこれを鵜呑みにしてしまっていた。


「お前たちからも何か頼む」


 アレクはライキ達、パーティーメンバーの方向を向いて言った。

 自分の言うことは聞かずとも、他のメンバーに諌められれば、王も落ち着くだろうと思ったのだ。


 ルナが立ち上がって、何かを言おうとしたが、ライキがそれを制した。

 そして──


「惨めだぞ、アレク! 証拠はもう完全に上がりきっている! まだ言い逃れを続ける気か!?」


「......何......?」


 あまりに予想だにしなかった状況にアレクは沈黙した。ライキの言ったことを理解するのにも数秒かかった。

  

 ライキはそのまま続ける。


「お前は俺たちと、ここまでよくしてくれた国を裏切っていたんだ! 観念しろ! 反逆者!」


「──お前は──自分で何を言っているのかわかっているのか?」


 アレクの脅しのような問いに一瞬、ライキはビクッとしたが、すぐに立て直した。

 

「黙れ反逆者! ルナ、キリス、お前たちからも何か言ってやってくれ。こいつは俺たちパーティーを裏切っていたんだぜ。信じられないだろ!」


 すると、ルナがゆっくりと悲しげに口を開いた。


「......ええ、私も信じられません」


「そうだよな! だからこの反逆者には死刑を──」


 ルナの同意を得て自信を得たのか、ますますライキは調子にのる。

 だが、その自信も、ルナの次の言葉で一瞬にして砕け散った。


「私が信じられないのはあなたです。ライキ様」


 場がシーンと静まり返った。




「お、おい、ちょっと待て......こいつは俺たちを裏切ったんだぜ......」


 ライキは呆気にとられた顔で、慌ててルナに繰り返す。

 だが、ルナはそれを無視して、玉座にどっかりと腰を下ろしている王に向かって進言した。


「私はこの件について、もう一度、調査を願います」



 再度、場が静まり返った。そしてしばらくの沈黙の後──


「なるほど。共に戦ってきた勇者を信じたいというわけか。その気高き精神、さすがは聖女ルナじゃ」


 そのまま、王はわざとらしく残念そうに首を振って続ける。


「じゃがのう、もはや証拠は完全に揃っておる。再調査の必要など微塵もないのじゃ」


「でも陰謀の可能性もあるではありませんか! 王様は、これまでアレク様がどれだけこの国のために尽くしてきたかお忘れですか?」


 憤るルナに王は曖昧な笑みを向け、そして、王座に座り直し沈黙した。


「王様っ!」


 王座に足を進めるルナに対し、衛兵が数人出てきてその道を阻もうとする。だが、ルナはそれを物ともせず突き進む。


「聖女様、お止まりを。これ以上進むことは許されません」


 ついに衛兵がルナに槍を向ける。 


「どいてくださいっ! 私は王様にっ......」


 槍を手で払ったルナは衛兵の方を向いて叫ぶ......がそれは途中でかき消された。

 飛んできた魔法が二人の間を分かち、壁を作ったのである。


「......静まれ、ルナ。王の御前だぞ。そしてお前もだ。いくらなんでも聖女に槍を向けるのはやりすぎだ」


 今まで無言を貫き通してきた剣聖キリスがついに口を開いた。



「キリス様はどっちの味方なんですか?」


 なぜ今まで黙ってた?と言わんばかりにキリスを睨むルナ。それに対してキリスは冷静を崩さずに答える。


「......味方も敵も無い。俺たちは王に仕える身。今ここにあるのは敵味方ではなく、裁く者と裁かれる者だけだ」


「あなたはっ......」


「もういい、ルナ。俺のために言ってくれたことには感謝する。だがそれでお前まで罪を被るなんてことがあれば本末転倒だ」


 このままだと、この場で戦いになりかねないので、アレクはルナを制する。


「ですが、アレク様っ! あなたは......」


「心配ない。俺は必ずこの冤罪を晴らしてみせる」


 なおも必死に庇ってくれようとするルナに心の中で感謝しながらアレクは王に進言する。


「王よ、私にも裁判を受ける権利はあるはずです。そこで必ず無実を証明しましょう。どうかそれまで僅かな猶予を」


「ふむ。お主は自分がどれだけ崖っぷちに立たされているのか、わかっておるのか? これだけの証拠が揃っておるのじゃ。まず勝てるはずがない。それに負けたら死刑は免れんぞ?」


「承知しております。それでは万が一勝てたら......」


 一瞬、アレクに一筋の希望が見えた。だが、それは正に一瞬・・だった。


「などと儂が言うとでも思ったか? お主の判決は今ここで言い渡す。あまりみっともなく足掻くでない」




「それは......王よ、あまりにも暴論です。どんなに重い罪の疑いをかけられている容疑者でも、裁判を受ける権利は必ずあるはずですが?」


 希望を絶たれたアレクはなおも王に反論する。事実、この王国の法律では、誰にでも等しく裁判を受ける権利があると記されている......のだが......


「残念ながら、勇者アレクよ。この国では法は王の下に位置しているのじゃ。お主も知らぬわけではあるまい?」


 確かにアレクはこのことも知っていた。王国では王の方が法律より偉いということは多々ある。しかし、実際に王が法律を覆したという前例は無い。


「法律を....覆すというのですか......?」


「当然じゃ。儂にはそれだけの権限がある」


「なぜそこまでして私を......」


 この時、アレクの心の中で、密かに抱いていた仮説が確信へと変わった。


 ......なるほどな。主犯は思ったよりもずっと近くにいたというわけか。


 王よ。あなたが、なぜ俺をここまで陥れたいかは知らないが......確かにこれは、俺の負けが最初から決まっていたわけだ。


 主犯・・が王では勝てるはずもないからな。





「とにかくお主の罪はどうあがいても変わらん。諦めて受け入れろ」


 理不尽すぎる言い分に、アレクは怒りを通り越して悲しくなった。

 こんな奴の望むままに今まで俺は戦ってきたのか、と考えると自分が情けなくなってくる。


 パーティーメンバーにしてもそうだ。ライキもキリスも事前に、この計画に関わっていたのだろう。

 そう考えれば、先の魔王討伐戦の時に、狂ったように魔物が自分に向かってきたことも納得がいく。

 

 おそらく、ライキに操られていたのだ。狂っているように見えなかったのはそのためだろう。

 自我が残っていたからこそ、怯えているように見えたというのが一番、納得がいく。


 そして、ライキはアレクを殺すために操っていたのだ。


 友人だと思っていたのはアレクだけだったということだ。



 

 王が決めたことだ。今更、冤罪を晴らすことはできないだろう。

 だが、後ろでヒーロー顔をして、会話を眺めているライキを見て、アレクは決めた。


 奴らの思い通りには決してならないと。




「受け入れるかどうかは、どのような罰かによりますね」


「なんじゃ! その口の利き方は!」


 憤慨した王を、付き人が「落ち着いてください」と言ってなだめている。


「......ふむ、すまんのう。このガキのせいで少し気が立ってしまった」


 ガキ......か......


 ならばそのガキの力を借りないと魔王を倒せなかったお前はなんなんだ?と問いたくなる衝動を、なんとか抑えて冷静を保つ。


「で、俺の罰はなんですか?」


 アレクの口の利き方に王は「むむむ」と顔をしかめるが、付き人のおかげでなんとか立て直して答えた。


「まずはお主と、サリベル・ダグラス令嬢との婚約を、破棄する」


「婚約破棄は互いの合意のもとでなければ、できないはずですが? それもまた王の権力ですか?」


「その通りじゃ」


 最早なんでもありな王の力。ここまで力を行使すると、国民の批判に会うことは間違えないだろう。

 そんな危険を冒してまでアレクを陥れようとする、王の意図がアレクにはつかめなかった。


「それはサリベルに伝えてあるのですか?」


「まだじゃ」


 サリベルは王国の有力貴族の娘で、アレクの婚約相手でもある。気品があり、整った顔立ちと優しい性格を持っている、婚約相手として申し分ない女性だ。互いに魔法を使えるということもあり、かなり話も合う。


 だが、それもこれまでだ。反逆者となったアレクはもう、サリベルと一緒にいることはできない。

 あいにく、政略婚約のようなものだったため、特に愛し合っていたりするわけでもない。


 サリベルなら、また素晴らしい相手が見つかるだろう、とアレクは思った。



「それで? まさか婚約破棄だけだというわけではないでしょう?」


「当然じゃ。 お主がしたことは、ここ百年でも類を見ないほどのこと。当然ながら、お主には死刑を言い渡す」


 死刑という言葉を聞いて、周りがザワザワ騒ぎ出す。


「死刑だと」


「勇者が死刑とはまた前代未聞な」


「当然でしょう。王に牙をむいたのですから」


 王が一喝した。


「皆の者、静まれっ!」


 その声と同時にあんなにもうるさかった貴族共は一瞬で黙った。


「真に残念じゃ。勇者アレク」


 しかし、王の顔は言葉と裏腹に笑っているように見える。今まで、この時のために計画を立ててきたとするならば、仕方のないことだろう。

 まんまとハメってやった、とでも言わんばかりだ。


 だが、その笑みには、アレクが抵抗する可能性というのが含まれてないことがよくわかる。

 それほどに全員が油断仕切っていた。


 ただ唯一、ルナだけが必死に何かを伝えようとしているのだが、その声はアレクにも、王にも届かない。

 キリスが押さえ込んでいるからだ。


「......離......し......て......」


「......黙っていろ」


 抵抗するルナを、キリスがますます強く抑えつける。これ以上は骨が折れるほどなのに、それでもルナは抵抗をやめない。


「このままだと......アレク様が......」


 殺されてしまう......



 アレクの死刑の準備は着々と進んでいた。王の指示でアレクは腕を縛られ、どこからともなくギロチンが運び込まれた。


 ルナの目に映るのは腕を後ろに縛られたアレクの後ろ姿だけ。体を抑えられ、口を塞がれ、目も合わせることができない。

 逃げてください、と伝えることもできないのだ。


 正しい人を助けることができない、その場にいるのに救うことができない。

 

 私は......聖女失格だ......



 

 ギロチンがアレクの前に持ってこられる。衛兵がアレクを引きずって、その首をギロチンの真下にセットする。


 もう負けることはない。作戦の成功は確実じゃ。


 そう判断した王はギロチンの真下で腕を縛られている、見るに堪えない元勇者の元へ歩いていく。

 

「のう、アレクよ。お主のしでかした罪は決して死ぬだけで償えるものではない。だが、一応はお主も魔王サファイアの討伐に貢献したのじゃ。最後の言葉くらいは聞いてやろう」


 お主の負けじゃ。さっさと死ねい。


 アレクの前で王はできるだけ勝ち誇ってみせる。もっとも、うつむいたままのアレクには今の王の顔は見えないだろうが。


「何も言い残すことはないのか?」


 不自然なほどに抵抗も反論もしないアレクに、王は疑念を抱くが、その考えはすぐに消え去った。

 この状況で何もしないということは、心が折れている、に違いないと思ったのだ。


 それもそうだろう。いきなり、全く心当たりがない罪を被せられ、友人にも裏切られ、最後は理不尽に死刑という判決を受けた。

 

 いくら勇者といえども、メンタル面は普通の人間と大差ないはずだ。


 ......だが、これもお主が悪いのじゃ。強くなりすぎて、英雄になりすぎたお主が。




 そして王が死刑を執行する合図を送ろうとしたその時、今まで黙り込んでいたアレクが口を開いた。


「言い残すこと......ですか......」


「なんじゃお主? まだ喋れたのか」


 アレクは王の嘲るような軽口を無視して、続けた。


「では一つだけ......」


 その時、いきなり王の背中を悪寒が走った。この一言を言わせてはならない。もし言わせてしまったら何かが起こる。

 ゆえに王はそれを押し切って、短く叫んだ。


「殺れ!」


 その合図と共に、ギロチンの刃がアレクの首元に迫る。刃の切れ味は岩をも切り裂くほど。威力は岩をも砕くほど。


 ルナは思わず目をつぶった。アレクが死ぬ瞬間なんて見たくなかったのだ。目を瞑ることで微かな現実逃避を望んだのだ。


 そして、願わくば、目を開いたときに、何らかの奇跡が起こり、アレクが生きているように。

 

 きっと数秒後には歓声が聞こえ、アレクの命はこの世から消えてしまっているだろう。

 それでもルナは、そのとてつもない絶望の中に、少しだけ......ほんの少しだけの微かな希望を抱いてしまっていた。


 だからこそ、その次に起こった出来事に、ルナは思わず、涙を流さずにはいられなかった。




「待て。まだ俺は一言も喋っていないぞ」


 ギロチンの刃は砕け散り、台は真っ二つになっていた。そして、その場で唯一、無傷で悠然と立っていたのは、ギロチンの刃にかけられたはずのアレクだった。


「なぜ......どういうことじゃ......なぜ死んでない......?」


 まるで幽霊でも見るような目で、アレクを見つめる王に対して、アレクは言い放った。


「では一つ。俺は死刑を断固として拒否する」


 その場に解放されたアレクを、王は引きつった顔で見る。一方、アレクはそのまま王の方を向き、一歩、また一歩と足を踏み出した。


「お、お主ぃ......わ、儂に逆らうか......八つ裂きじゃ! 八つ裂きの刑にしてくれようぞっ!」


「威勢がいいな」


 だが、それも口だけのようだ。実際、アレクが近づいてくるたびに王は一歩、また一歩と後ずさりしていく。

 すでに邪悪な笑みは跡形もなく、その顔は、あまりの恐怖に怯えているようだった。


「わ、儂に近づくなぁっ!」


 だが、アレクからしてみれば、そういうわけにもいかない。周りには自分の敵しかいないのだ。

 ならば人質の一人くらいは取っておかないといけないだろう。


 そして王は、人質としては取りやすく、さらに効果も絶大という、アレクからしてみれば超優良物件のようなものだった。


「安心しろ。殺すわけじゃない。ことが済んだら離してやる」


「ひっ、ひいっ」


 ──今更怯えるな。俺がやりづらくなる。


 そして、アレクが王に向かって手を伸ばしたその時、何処からともなくか剣が飛んできて、それとともに一人の男が、アレクと王の間に割り込んだ。


 剣聖キリスである。


「さすがの反応速度だな、キリス」


「......なんとなく、予想はしていた」


 逆にキリス以外は、ほとんど腰を抜かしていたので、このキリスの行動が無ければ、王の敗北は決定的だっただろう。


「お、おおっ、キリス! よくやった!」


 王はすっかり普段の自信満々な口調に戻り、その高圧的な態度でアレクを罵る。


「さあ、反逆者よ。お前の負けは決定した。せっかくの儂の、一思いに殺してやるという温情を台無しにするからじゃ。お主の罰はどうしようかのう。目をえぐり出して......爪を剥いで......八つ裂きにして......魔獣の餌にでも......」


 だが、王の、その愉快な妄想は途中でキリスに止められた。


「......王よ、早くお逃げください。この場は俺一人では持たない」


 その声に王は戸惑う。


「なぜじゃ? お主がいるからには──」


「早く!」


 その声に驚いた王は、しぶしぶ「わかった」と、つぶやいた。


「......付き人、早く王を連れてここから去れ」


「りょ、了解しました」


 キリスに命じられるがままに、付き人たちは王を支えて『王座の間』から出て行こうとする。


 だが......


「そう簡単には逃がさないぞ」


 アレクはそう言うと、王の進路を断とうと走り出す。そしてその前に立ちふさがるのはキリスだ。


「......お前の相手は俺だ」


 そう言うと同時に、キリスは閃光のように動き、一気にアレクに接近すると、剣を振り下ろす。

 一方、アレクはその動きに合わせ、手を剣の前にかざして詠唱した。


「〈原初の盾シールド・オブ・ワン〉」

 

 ガキンッと音がして、キリスの剣が突如アレクの前に現れた、半透明の盾に防がれる。

 その時、キリスが叫んだ。


「今だ! ライキ!」


「任せろっ!」


 剣聖の声に呼応して、王国最強の魔法士とも言われた男、ライキが、〈原初の盾シールド・オブ・ワン〉の裏側から、アレクに向かって〈魔弾〉を五発も放った。


 アレクも魔弾を放ち、それを相殺すると、再び接近してきたキリスに向かって、魔力を込めた蹴りを放つ。もちろん、蹴りごときではキリスを倒すことはできない。そんなことを百も承知でやってのけたアレクの意図がわかったキリスは、全力で止めようと、思い切り剣を投げた。


 だが、アレクはそれを軽々とかわし、詠唱に入ろうとする。


「......まずい。ライキ、妨害しろ!」


「やってやるぜっ! 〈森羅円ネイン〉!」


 自然の生命力を少し分けてもらい、それを魔力に変換する大魔法、〈森羅円ネイン〉。

 まばゆい光と共に放たれたその魔法は、しかしアレクに到達することはなかった。

 横から放たれた、また別の魔法によって相殺されたのである。


「......ルナ......」


 相殺したのは、ルナの魔法だった。キリスに押さえつけられていたため、内臓を圧迫され、骨も数本おられる直前まで行き、息も絶え絶えになりながらも、〈森羅円ネイン〉を相殺するほどの魔法を使ったのだ。


「......なんでだ......ルナ。この裏切り者に洗脳されてしまっているのか......」


「......洗脳....されて....いるのは....あなたたちの方です......」


 痛みを抑えて、ルナはライキにそう言い放つ。そして直後に、その場にバタッと倒れた。


「......まずい。来るぞ」


 ずっとルナを見ていたライキは、キリスのその一言で我に返る。

 だが、それももう遅かった。


 

 

 アレクは深い眠りに入るかのように、ゆっくりと目を閉じる。同時に周りの温度が急激に低下していく。それはすでに0度を下回り、アレクの周りに、氷の塊が作られ始めていた。


 そして、やがてその塊は、しっかりとした氷柱の形を持ち始め、アレクの周りにバランスよく浮かんで、ある方向・・・・を向いた。


 逃げている途中の王の方向だ。



 魔法の発動を止められないと判断したキリスは、王を守るべく全力で駆け、詠唱した。

 

 

「〈原初の盾シールド・オブ・ワン〉!」


 キリスと王たちを守るように半透明の盾が展開された。


 一方、アレクもそれをめがけて、氷柱を撃ち放つ。


「〈百ノ氷柱〉」


 合計百本もの氷柱が全て、キリスと王たちの方向に飛ぶ。〈原初の盾シールド・オブ・ワン〉は、そのうち約十本もの氷柱を防ぐが、その後、ザンッと音がして氷柱に貫通され、砕け散った。


「伏せろ!」


 キリスは王たちを無理やり地面に伏せさせてから、剣を抜き、向かってくる氷柱を打ち払う。


「......くっ......」


 払った氷柱の破片により、キリスの体は、あちこちが傷だらけになっていた。


 ......まさか....これほどまでとは....

 圧倒的劣勢の中で、キリスは思った。


 今までは共闘してきた相手だからこそ、その実力は十分に理解した気でいたのだが、そうでもなかったらしい。


「......いや、これが勇者を敵に回すということか」


 それほどまでに今のアレクは桁外れだった。



 ガキン、ガキンと、ひたすらに剣を振り、氷柱を打ち払うキリス。もはや、音速ほどの速さで飛んでくる氷柱に対し、キリスも段々と速度を上げていく。


「......早く。 もっと早く!」


 血だらけになったキリスだが、後ろで震え上がっている王には傷一つ無い。

 これだけの数の氷柱を相手に、キリスは剣一本でしっかりと役目を果たしていた。


「......これで......百!」


 ついに百本目の氷柱を粉砕したキリスは、即座に〈原初の盾シールド・オブ・ワン〉を展開して、叫んだ。


「殺れ! ライキ!」


「任せろっ!」


 キリスの意図をよみとったライキは即座にそれに呼応し、アレクにめがけて手を構え、詠唱を始めた。


「──星の宝たる聖なる水よ。今こそ、その力を我に貸し与えん」


 ライキの周りに魔力が集まり、凝縮される。その周りを満たすのは、全てを飲み込む巨大な水の塊だ。


「〈星水天上セイント・ウォルボード〉!」


 ライキはそれを、アレクにめがけて一気にはなった。




 〈森羅円ネイン〉を超える、圧倒的な大魔法、〈星水天上セイント・ウォルボード〉。

 これを放った瞬間、ライキもキリスも自分たちの勝利を確信した。


 すでにキリスは、自らと王たちを守るために、〈原初の盾シールド・オブ・ワン〉を展開している。無論、いくらそれを展開していても、〈星水天上セイント・ウォルボード〉をまともに食らえば持つはずがない。だが、直撃を避ければ、命まで失うことはないだろう。


 一方、アレクはまだ何も手を打っていない。いや、もう何かをする時間さえ残っていない。

 広範囲の魔法なので、かわすことはできないし、今から〈星水天上セイント・ウォルボード〉を相殺できるほどの魔法など、使えるはずもない。



 そして、その巨大な水の塊は、今まさに、アレクの頭上に迫っていた。


 

「いっけええええ!!!!」


 魔力を使い果たしたライキは、最後の力を振り絞って、思い切り叫ぶ。

 王は狂喜の表情で、それ・・を見つめる。

 傷だらけで意識が朦朧としているキリスはそれ・・を静かに見守る。

 

 ──だが......


 それ・・がまさにアレクを飲み込もうとした時────



 アレクの、その青色の眼がカッと開かれ、光を放った。


 そして、それと同時に、今にもアレクを飲み込もうとしていた〈星水天上セイント・ウォルボード〉は、一瞬でただの氷の塊へと化してしまっていた。

 


「......お、おい....なんだ....それは....?」


 目の前で起こったことが信じられず、ただただ、氷の塊を見つめるライキ。それはキリスも王も同様だ。


「....何をした......?」


 呻くようなキリスの問いに、アレクは静かに答える。


「キリス、お前には理解できないことだ」


 この瞬間、キリスは初めて、アレクという人間を理解した。

 思えば今まで理解できていなかったことがおかしいのだ。



 約2年前から、剣聖として、そして勇者パーティーの一員として、魔物をことごとく殲滅していたキリスは、苦戦というものになかなか出会わなかった。


 今思えば、それは勇者アレクと一緒に行動していたからというのもあるだろう。


 そして、そのキリスが初めて本当の苦戦というものに出会ったのは、本当の恐怖というものを知ったのは、約1年前。

 ──相手は魔王だった。


 それからずっと、キリスにとって、最強とは魔王を指す言葉だった。

 だが、アレクはその魔王を、一騎打ちで破った。

 今、最強なのは魔王ではなくなっていたのだ。

 

 

 キリスは、王を人質にとって堂々と『玉座の間』から出て行くアレクを、目の端に捉えながら、静かにつぶやいた。


「......アレク──お前はまだ力を隠しているのか......? 俺たちはお前の足元にも及ばないのか......? 教えてくれ、お前はどうしてそんなに強いんだ......?」


 ──いや、そもそも、お前は本当に人間なのか?






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